推しの子の異母兄   作:もこもこ@

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068 カナちゃんはそっけない

 

 うまくいかない。

 

 黒川あかねにとって誇るべきは役になったときの自分であり、元々自分自身をどんくさい子であると思っているように、黒川あかね自身への自己肯定感はとても低かった。

 なにせ自分はグズでダメダメな子であるし、それこそカナちゃんから嫌われてしまうくらいの人間だからだ。

 嫌われたのはあかねではないと知っても、じゃあ何だ誤解だったんだねひとあんしーん! と切り替えられる人間ならそもそも悩んでいない。

 

 そのせいか、同じ劇団ララライで役者として共演するときはうまくいくのに、舞台から降りた後はほとんどうまく話せていない。

 かなちゃんは共演者の役者たちと笑顔でたくさん話しているのにだ。

 

 ああ、羨ましい。そこを替わってほしい。

 役者の演技についての議論とか私もしたい……! 

 

 なのに私はちょっと離れたところでかなちゃんたちに聞き耳を立てることしかできないのだ。

 かなちゃんが笑うたびにその笑顔の向き先が自分じゃないことに胸が勝手に痛みだすのだ。

 

 はあ……。

 

 本日も役柄ではうまく行ったはずなのに碌に話せず1日が終わってしまった。

 昨日も今日もそうなのだ。このままでは明日も明後日もそうだ。

 舞台の上では仲良くできてもこのままでは一切距離が変わらないままだ。

 

 役者は舞台の後に飲み会をすることも多くてあかねもアルコール抜きで一緒に行くことも多い。

 だが、かなちゃんはだいたい姫川大輝さんと近くにいることが多いし、姫川大輝さんは生まれたときから劇団ララライと関係が深いらしくていつも周りに誰かがいる。

 壁が厚いのである。

 

 新人としてあれこれと……例えば焼肉屋に行けば肉や野菜を焼いたりと新人らしくあれこれ忙しく働いているせいもあるが、何にせよ全く駄目である。

 

「私が姫川大輝さんならかなちゃんに話しかけられるのになあ」

 

 一瞬姫川さんを演じればと思ったが、姫川さんの性格の黒川あかねがいたところで滑稽なだけだろう。

 ため息をついた。

 

「あ~、羨ましい」

 

 状況が変わったのは出先でのことだった。

 

 まだまだ新米の身としてララライ以外の舞台をお給料を使って見に行くのがあかねの趣味の一つだが、本日は二本ぶっ続けで見たせいで帰りが遅くなった。

 役者としての仕事で遅くなる分には母はゆるいが遊びで遅くなる場合は食事の際にちょっと小言が出るようになる。

 家族が自分が思っているからだというのはわかっているが、小言を楽しめる領域には至っていない。

 

 早めに急いで帰ろう。

 

 そう思って夕方段々と暗くなりだしている中、早足で歩いていたのだが視線の先に見たことのある人たちが歩いていたのである。

 

 かなちゃんと……大輝さんだ。

 

 舞台ではなく外でも仲がいいようだ。

 腕を組んでいるわけではないが触れ合うくらいにすぐ近くで歩いている。

 

「やっぱ仲がいいなあ……」

 

 羨ましい。

 いいなあいいなあと視線は二人を映し続け、映し続けたいと思う頭の指令で体はゾンビのように勝手に彼らを追い出した。

 思考はぼんやりと羨ましいなあ、間に入りたいなあ、姫川さんと代われないかなあという気持ちでいっぱいだった。

 

 無意識になった黒川あかねはだからこそ状況に合わせた動きをしていた。

 すなわちバレないように動いていた。

 足音は近くにいても静か(estinto)であった。

 状況や役柄に合わせて動くのが癖になっていて無意識だからこそ舞台に上がらないと入らないはずのスイッチが入っていた。

 

 状況の変化は人気のない公園に彼らが入っていってからだ。

 向こうから見えづらい壁から顔を出して観察しているとどうやら公園で休憩するつもりなのかもしれない。

 何を話すんだろう。

 二人の様子を凝視して耳を済ませている。

 

 彼らはキスをし始めたのだ。

 

(えええ──ーっ!!)

 

 まだカナちゃん中学生なのに!! 私と同じ中学生なのに! 

 有馬かなと同じく子役をしており、大人と接することの多かった黒川あかねであったが、同時に所属していた芸能事務所によって教育や空気はそれなりに違いがあり、その事務所は塾のような”お子様をしっかりお預かりして芸事を学ばせる”場所でもあり、いうなれば結構お行儀が良かった。

 ララライ所属に合わせて移った芸能事務所も先輩は役者に全力タイプであり、色恋してる暇があるなら練習しようという質実剛健なタイプが多かった。

 潰しが利くように学生には勉学もしっかりやらせる事務所ではあったので逆に言うと遊びの隙間が小さかった。

 さらに言えば色恋に目覚めだす中学生の友人とは空気の違いでうまく付き合いができず、学校ではやや孤立気味になっていることもあり、その手のことにはものすごい疎い状態になってしまっていた。

 

「き、キスなんて高校生になってからすることだよっ……!」

 

 有馬かなはアイドルではないので、助けてくれたお礼! と言ってヒーロー役の頬にキスをするシーンくらいならあったが、今目の前で二人がしているのはどう見ても恋人のキスだ。漫画の世界といってもいい。

 

 ネットリしている! 

 

 キスを見ただけだが、あれは妊娠してしまうだろうとあかねは確信した。

 

「今日は激しいね、かなちゃん」

「だって今日の私ヒロインだったし」

「あー、役すると気持ち高まるよね」

「しかも宣伝用のイケメン顔だけ大根だったからストレス溜まっちゃったわけ」

「それじゃあしょうがないかな」

 

 会話の間もねっとり舌同士がまぐわっており、会話のたびに離れた瞬間が恋しいとばかりに再開される。

 カナちゃんは姫川さんの腰をぐっと掴んでキスしていたが、姫川さんの手はカナちゃんのスカートの中に入り込んでいるように見える。

 段々とキスからの音とは別のところから水音のようなものが聞こえてくる。

 

(あわわわわ)

 

 無意識だった動作モードはもはや出歯亀。

 一瞬すら見逃すまいと二人をじっと見つめていた。

 

 かなちゃんを理解したいあかねの性がここで邪魔をしてしまう。

 かなちゃんの理解を深めたせいで自分がされているように感じだしたのだ。

 人の思い込みの力は結構強い。

 タバコの火を押し付けると言ったあとに目隠しをして火のついていないものを押し付けたのにやけどをしてしまうくらいに。

 

 かなちゃんになりきってしまった黒川あかねはすなわち、異性に触れられたこともないファーストキスすらまだの身でありながら女に慣れた技と人並み外れた精力がある恋人を持つ女になりきってしまったのだ。

 

 簡単に体はとろけだし、女性器からはこんこんと愛液が湧き出した。

 興奮にゆだってしまい、その場で"一人遊び"を始めてしまっていた。

 視線だけは二人に釘付けのまま、手が勝手に彼らの性欲にあぶられ、かなちゃんがされていることを再現するように自分を慰め始めてしまったのだ。

 

 

「あんたなにしてんの?」

 

 自慰で一人絶頂した黒川あかねは自分を貫く快感に視界が真っ白になり、地面に経たり落ちてしまい……当然虫の声くらいしか響いていなかった公園で二人はあかねに気づいた。逃げるのではなく確認を優先したのは彼らが有名人だからだろうか。

 なんにせよ正体はバレた。

 

 それどころか三人の中で一番最初に我に返った有馬かなはポケットからスマホを取り出すと黒川あかねを撮りだした。

 

「さて、わかってるわね?」

「はひ」

 

 あかねはかなちゃんのあくどい顔も可愛いなあとぼんやり考えていた。

 

 

 ***

 

 

「ほら、新入り! さっさと荷物運びなさいよ!」

「はい!」

 

 後日、なぜか有馬かなの荷物を運ばされている黒川あかねがいて劇団ララライのメンバーは首をかしげながらその様子を見ていた。

 止める人が誰もいなかったのは黒川あかねのほうがとても嬉しそうだったからだ。

 

 





あかねちゃんカナちゃんの舎弟に……?
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