推しの子の異母兄   作:もこもこ@

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072 妹と家族への挨拶に

 

 ルビーちゃんとのセンセトークは鉄板トークだったが、なんだかんだでお互い仲良くなっていた。授業やアイドルの仕事のたびにラインは飛んでくるし、お互いの休日にちょこちょこ一緒に出かけるようになった。

 外出時の変装姿はゴロー先生スタイルで、ルビーは元気なさりなちゃん姿である。

 

 ルビーちゃんは現在ブレイクし始めたアイドルグループではあるものの、若い子に人気が出始めている。

 それに、最近どうやらアクアも頑張りだしているらしくクール系のイケメンとして人気が出始めているらしい。

 弟妹の活躍に頬がゆるくなるのは仕方がないだろう。

 

「ねえねえ、せんせ! 今日はどこにデートに行くの!?」

「デートじゃないぞ、さりなちゃん。今日は半分プライベートで半分仕事かな」

「どゆこと?」

 

 お互いのなりきり……片方は本物だが、なりきりのお出かけはもう何回目になるだろうか。

 今日はドラマの関係者と会うためにやってきた。

 

「今日はスポンサーの広告代理店さんと会う約束をしてるんだよ。実はね。代理店さんの心の傷を癒やすために協力してほしいんだ」

「癒やす? 歌う感じ?」

「それもありだけど、一緒に話して愚痴を聞いてくれれば大丈夫かな」

 

 俺はルビーちゃんにノートを渡す。

 

 ノートには部屋に入ったあとにそう演技してほしいと設定が書かれていた。

 ルビーちゃんは不思議そうにしながらノートを読み終え、それを確認してから

 

 二人で訪ねた場所は何度も利用されたドラマの一室。

 さりなの病室にとても似た部屋だった。

 

「……本当にそっくりね、あなた達」

「えっ!」

 

 連絡を送ると病室に入ってきたのはドラマである推しのカルテのスポンサーであり、最後にシローが救う少女の名前を『さりな』にしてほしいとオーダーをしてきた女性。

 その名前は──

 

「はじめまして、天童寺まりなです。今日はよろしくね」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 一拍遅れて慌ててルビーちゃんが頭をさげる。

 そう、彼女こそがルビーに会わせたかった人である。

 

「え、えっと、せんせ? 状況がわからないんだけど」

 

 困惑、けれどその表情にはどこか不安と期待が混ざっている。

 眼の前にいるスポンサーさんは天童寺まりな。

 天童寺さりなのお母さんである。

 

 作中では娘を見舞いに来ず、新しく生まれた子どもたちに愛を注ぎ『子供なんてね、健康でいてくれればなんでもいいのよ』と語った。

 

 それを聞いたアクアは『さりなという病気の娘』など最初からいなかったかのように振る舞い、健康な子供たちだけに愛情を注いでると受け取った。

 まりなの毒親ぶりにアクアはショックを受けてさりなが病床で味わっていた地獄だと語った。

 

 ──そうだろうか? 

 

 本当に彼女はさりなを愛していなかったのだろうか。

 その存在を自分の中から消していたのだろうか。

 

「彼女は天童寺まりなさん。雨宮先生と親しかったルビーちゃんならよく知っているかもしれないけど、天童寺さりなのお母さんだ」

「……あの先生、まだあの子のことを覚えて大切に想ってくれていたのね。あの子も天国で喜んでくれているのかしら……」

 

 ポツリと漏れた一言にルビーがギョッとする。

 思っていたのとは異なる言葉だったからだ。

 

「ええきっと。携帯にずっと写真を残しているくらいですから」

「そう、あの子にはいい先生だったものね」

「あ、あの? せんせ、状況がわからないんだけど……?」

 

 おっと、ルビーちゃんを置いてきぼりにしてしまった。

 ドラマではシロ―先生がさりなちゃんと話す際に座る丸椅子に天童寺さんをすわらせ、俺達はベッドに腰掛ける。

 

「二人で話を進めちゃってごめん。これからのドラマでだけど、シロ―はかつてマリヤちゃんを救えなかったけど、最終編では医者になったシローが同じ病の少女に挑み、病気を完治させ、治った少女は元気になってアイドルになり最後B小町としてライブをするまで回復する、という話になるだろ?」

「うん」

「その少女の名前をさりなにしてほしいとスポンサー様から要望があってね。名前や容姿のイメージくらい問題ないってことでOKでたんだけど、そこで先生とさりなちゃんを知っている俺は彼女に会って色々話を聞いてね」

 

 監督に詳細を話したときはボロボロ涙をこぼしいいじゃないかとGOサインをくれた。リアルドラマだな! ってある程度話を聞いた俺の裁量で色々いじってくれることになったので小物なんかは記憶に合わせている。

 お陰でこの部屋と俺とルビーちゃんのコンボは天童寺さんに当時を思い出させるには十分なものだっただろう。

 

 まあその縁で俺は彼女と何回か会っているし、彼女の家にも招待されている。

 子どもたちには大人になる18歳になったら彼らの姉の話をするつもりだとも聞いた。

 だから、彼らはまだ何も知らないでいる。

 

 そんな中で彼女には俺とさりなちゃんのデート写真を見せたのだが、あまりにも本人すぎるその写真を見て彼女からもらった提案が──

 

「さりなちゃんに気質が似ているルビーちゃんにはさりなちゃんになりきってもらって、まりなさんには死んだ娘さんに会って言えなかったことを言ってもらおうってこと」

「若いアイドルにごめんなさいね。元々は娘の医者に姫川さんがあんまりにもそっくりで、マリヤが娘みたいだったからってことでスポンサーになったんだけど……最後は病気が治る女の子が出るって聞いてしまって。空想の中だけでも、娘の病を治してほしいって娘の名前にさせてもらったの。姫川さんからせっかくだからと最後まで会えないでいた娘に会ってみないかって。あの子の話を誰かにできるなんて久しぶりで。いっぱい、いっぱいお話させてもらったけど、まさかこんなにそっくりなんて思わなかった。まるで元気になった娘がいるみたいで、まるで病気が治った娘を見てるみたいで、ええ。とても、ええ、ええ……嬉しいわ」

 

 最後には声が滲んでいた。

 

 彼女は娘を愛していないわけではなかったのだ。

 彼女が家族を大切にしていることは弟妹を見てもわかることだった。

 

【子供なんてね。健康でいてくれればなんでもいいのよ】

 

 この言葉はさりなちゃんの地獄を生んだ呪いではない。

 彼女は確かに娘に最後まで寄り添えなかった親ではある。

 しかし、娘に愛がない親ではなかったということだ。

 

 もちろん娘に寄り添わない親にさりなちゃんもゴローも思うところがあったろう。

 吾郎先生は俺達から見れば捨てたと何が違うというかも知れない。

 そう言われても反論はできない。

 

 原作では親に捨てられたという事実を受け入れることでルビーはよりアイと一体化できた。

 しかし、この世界ではルビーはアイになる必要なんてない。

 天童寺まりなは弱い母であった。

 

 けれどすれちがっていたというなら母の愛は確かにあったと知れたほうがきっといい。

 

 この母親の気持ちを知らずに【母親に捨てられた自分を受け入れた】原作のようにするのは残酷だ。

 

「え、えと……おか、……まりなさんは、まりなさんは、さりなのことをどう思っていたの?」

「愛していたわ。お母さんみたいになりたいと将来はスケート選手になるんだなんて言ってくれて。自慢の娘だった。でも、私はあの子を健康に生んであげることができなかった……。子供なんて、健康でいてくれればなんでもいいのに。私の夢なんてついでくれなくていい。ただ、元気でいてくれればなんでもいい。でも私は元気をあげれなかった……あの子はあんなに若くて死んでしまった。星野ルビーさん、あなたと彼の写真を見ると、まるで元気になった娘が生きているみたいで」

「じゃあ、なんで……なんで会いにきてくれなかったの? ずっと、ずっと待っていたのに……いいこで、待ってたのに……」

 

 天童寺さんがこちらを見る。俺はうなづいた。

 彼女にはさりなになりきって接することを言っている。そうしたら本音を、伝えたかった言葉を伝えてほしいと伝えている。

 建前としては彼女がより上手にさりなちゃんを演じられるようにだ。

 

「ごめんなさい。雨宮先生からも何度もお願いされていたわ。さりなに会いにきてほしいと。あなたの笑顔がさりなには必要なんですって」

「じゃあ!」

「でも、でもね、毎日少しずつ体が悪くなって、毎日少しずつ死んでいくあなたのことを見続けるのが辛かった。放射線治療や強い薬で髪の毛も全部抜けてしまって。元気に歩くこともできなくなって。何度治療しても全く良くならない。電話がなるたびにそれが娘の危篤連絡かもしれないと怯えたわ。あなたに会うたびに少しずつ死が近づいているのがわかったわ。眠って起きるたびに良かったまだ死んでないって思ったわ。葬式をする夢を何度も見た。そしたらある日、私が全く笑えなくなったことに気付いたの。鏡に写った私は、私こそが病人みたいな顔になって。その時私はなんて思ったと思う? ああ、娘に会いに行かない理由ができた。だって笑えないんだもの。でもこれで私の記憶の中のさりなはこれ以上悪くならない。弱ったさりなで記憶を上書きしないですむ……って……」

「笑顔じゃなくてもいいから、会いにきてほしかったよ……」

 

 ポロリとルビーちゃんは涙を流した。

 それが歯止めていたなにかを壊してしまったように天童寺さんもまたボロボロと涙をこぼし続けた。

 

「ごめんなさい、弱り続けるあなたに向き合うことから逃げてしまってごめんなさい」

「お母さんは私を愛していたの?」

「ええ、ええ! 愛していたわ」

「じゃあ嫌いになっちゃったの?」

「いいえ、いいえ、いいえ! 嫌いになんて一生ならないわ! 私の娘なんだから!」

「そっか……嫌われては……いなかったんだ……」

 

 ルビーはベッドから腰を上げ、ゆっくり一歩一歩歩いて天童寺さんをそっと抱きしめた。

 

「ならいいよ、お母さん。来てくれなくて寂しかったけど、今日は会いに来てくれたもんね?」

「さりな、ああ! さりな! ごめんなさい! ごめんなさい!! 弱くてダメなお母さんでごめんなさい!!」

 

 泣きながら抱きしめ合う二人を見る。

 まあ、これならこれ以上は俺が聞くのもなんだろう。

 病室をそっと出る。

 もし、さりなのままだったら治ったあとにこんなことを言われても見捨てられた痛みを背負っていたかも知れない。

 でも、今はさりなであってもルビーでもある。

 

 セットでしかないその部屋の外は病院の白い廊下ではなかったが、それだけに別世界に移動したかのようだ。

 

 背中に聞こえる彼女たちの声。

 

 少しは彼女の痛み(前世)を癒せただろうか。

 

 




アイ「元気に育ってください。母の願いとしては、それだけだよ」
天童寺まりな「子供は元気でいてくれればそれでいいのよ」

ふたりとも自分の夢を同じように目指してくれる娘をもった二人の子どもへ期待する言葉。別の意味を差しているんだと理解したアクアや読者。
でも本当に別の言葉だったのでしょうか?

娘のための入院費や穏やかな環境、広い個室。
願いであるアイドルのライブへ行くためのお金。

愛していることと愛されていることへの実感はイコールではないけど、まりなさんが娘を愛していなかったというのは厳しすぎる意見ではないでしょうか?
少なくともさりなちゃんの妹と弟は幸せそうだったのですから。

もちろん会いに来てくれなかったのは事実ですが。
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