ルビーはこの日ウッキウキで家に帰ってきた。
なにせ、前世からの強い心の重しであった母との関係が解消されたのだ。
母はさりなを愛していた。
さりなが悪い子だから来なかったんじゃなかった。
さりなだったらもしかしたらそれでも不満に思っていたかも知れない。
けれど、ルビーになった今、母の弱さを受け入れることができた。
ある意味別人として生まれ変わり、健康になったことで変化していた。
アイに赤ん坊として育てられてその苦労を見てきたことで母の大変さにも理解が及ぶようになった。
さりなの世界はあの狭い病室だけだった。
さりながいて、せんせがいてそれで完結していた。
けど、今は違う。
憧れのアイドルだったアイがいて、優しい兄弟の兄がいて、B小町の仲間がいて、学校の友達がいて。
世界は日々広がりつつ合った。
母親というのが万能で絶対の存在じゃなくて、裏でたくさんの苦労があり、愛情を注いでくれていたことも知った。
アイドルのアイは確かに完全無欠だった。でも、ママの顔があった。
だから、ルビーは受け入れた。
抱きしめた母の体がとても小さく感じたから。
弱く、他者の助けを借りなければ生きていけないさりなではなく、元気で幸せなルビーとしてお母さんを抱きしめて弱さを受け入れた。
せんせはお母さんと会わせてくれた。
ルビーだけではもしかしたら一生会いに行く勇気がでなかったかもしれない。
勇気を出して会いに行っても他人として扱われたに決まっている。
だけど、お母さんはさりなとしてルビーを抱きしめてくれた。
やっぱりせんせは最高だね。
「おっとっと。シロ―せんせだ」
見た目も感じも匂いも似ているせいか、なんだか本当に同一視してしまう。
先生の甥っ子だというのはわかっているけど。
そんなうまく行っている関係とは別に最近うまくいかないこともある。
「おかえり」
「ただいま。ママは?」
「もうすぐ帰ってくるって」
最近口うるさくなったアクアである。
同じ転生者同士、同じアイのファン同士。
最初こそ見知らぬ年上っぽい男性として怖いと思った部分もあったが、オタ芸を一緒にしたり推し活を一緒にしたりするうちに仲良くなったし、いまでは信頼してもいいと思っている。
問題はせんせに恋をしていると勘違いをしていることだ。
いやま? ゴローせんせを愛しているのはそうだが、シロ―せんせには……こい、こいは、たぶんしてない。うん。あれもお礼だもんね!!
なのに恋をしているだろうと悪い事のように責められるとムッとしてしまう。
「またあいつと会ってきたのか」
「ハー。私アクアと喧嘩したくないんだけど」
「お前アイドルだろ?」
「だからー、変装してるってば! ほらっ!」
せんせと変装しながらランドに一緒に行ったときの写真だ。
色んな味が食べたいとわがままを言ったせいでせんせは両手にアイスをもっている。
三種類のアイスが食べれておいしかったなー。
「こ、……れ、は……」
「完璧でしょー? 絶対バレないって」
今まで前世のことはお互いいいっこなしって感じで幼い頃からあまり追求しない暗黙のルールができている。
年下だと思われてあれこれ言われたくない気持ちでいい出したことだけど、おかげでちゃんと兄妹できてるところがある気がする。
だから前世の姿をしているところはアクアにはあんまり見せたくなかったが流石に煩わしい。
家族であってもせんせが悪いみたいに言われるのは気分が悪くなってしまう。
「さりな……ちゃん?」
「うん? なに、なに、えー? アクアもしかして関係者だった?」
「る、ルビーこそさりなちゃんの関係者なのか!?」
「苦しいってばっ!」
「あ、す、すまん……」
掴みかかってくるアクアを突き飛ばすとようやく冷静になったようだ。
すーはーすーはーと大きく息をするアクア。
「関係者っていうか、本人。前世はさりなだった」
これこれとスマホの画面にいるさりなを指で指す。
しかしだれかなー? 地元の病院だった頃は見舞いに来てくれる友達がいないわけじゃなかったし、でもこの姿でピンと来るなら宮崎かなあ?
病院の関係者とか? 先生や掃除員のおじさんとかせんせほどじゃないけど話をするくらいの相手ならいたし。
「さりなちゃん……!!」
「ほぎゃー! なになになに!?」
突き飛ばしたはずのアクアは再び抱きしめてくる。
あんまりにもいきなりなその行為はしかしどこか優しくて、すがりつくような必死さもあって、ついつい受け入れてしまった。
せんせ、浮気じゃないよせんせ。アクアだかんね。
「ああ、ごめん、まさか、さりなちゃんだなんて思わなかった。似てるところは多かったけど、もしかしたらなんて思ったこともあるけど、そんな都合がいい話はあるはずないって思ってた」
「……え、えっと、えっと~……」
兄妹と言っても、生まれたときから自意識のある同士である。
おむつを替えるところだって見られたことがない。
一緒にお風呂には入ったこともなければちゅーもしたことない。
幼稚園や小学生低学年の頃に一緒に通学したときは手つなぎ登校したことがあるし、遊び疲れて一緒に寝たこともまあある。
寝落ちして気づけばソファーに二人毛布をかけられて一緒だったこともある。
とはいえ、こんなふうにハグされたことはなかった。
困惑が大きいが、なんとなく安心する感じがする。
これも家族だからだろうか。
「俺の前世は雨宮吾郎だったんだ」
これこれとスマホの画面にいるせんせを指で指す。
え、まじで?
「え、マジ?」
「マジだ!」
え、せんせってば行方不明だったんじゃないの!?
やっぱり女の人に刺されて死んでたとか!?
いや、マジで本物なの!?
「じゃ、じゃあ、私がせんせにあげたキーホルダーは?」
「アイ無限恒久永遠推し!!!」
「く、食い気味! でーすーが! 私はなんて言って渡したでしょう!」
「私だと思って大切にしてね、だよね?」
せんせだ! 私は目の前にいるのがせんせであると私は確信した。
「せ、せんせー!!」
「さりなちゃん!!」
がばりと今度はお互いに抱きしめ合う。
さっきと同じく優しい気持ちが伝わってくる。嬉しさが心に溢れそうだ。
「こんな近くにいたんだ」
「ああ。ホントだね……」
アクアの体温、自分に近い匂いが妙に安心感を与えてくれる。
あれ、ということはファーストライブに来てくれたのはやっぱりシローせんせのほうだったか。
いや、アクアはアクアでファーストライブを関係席で見てくれてたからゴローせんせも見てくれてたってことだ。
Wせんせに見守られていたという事実!
「アイの家族にさりなちゃんといっしょになれるなんて夢みたいだ」
「……かぞく?」
「ああ、家族だ。兄妹は何があったって家族。俺達はもうずっと家族だよ、さりなちゃん」
本当にうれしそうに笑うアクアを見つめる。
心から嬉しいと笑うアクア……せんせ……いや、アクアなんだろうか。
でもせんせであるとわかってでもそれと同じくらいアクアであると思っている自分がいた。
同じ転生者で、同じアイのファンで、同じ兄妹で、せんせとさりなで、でも、アクアとルビーで。
せんせには見せなかったわがままなところもかわいくないところだってたくさん見せてきた。
でもそれは家族のアクアだからで。
せんせは男女の関係にあまり信頼がないのかもしれない。
せんせは誰かとよく付き合っても別れていた。
せんせのお父さんはお母さんを捨てていた。
夫婦は家族だけど別れれば家族じゃなくなる。
「……うん」
兄妹だから結婚もできない。
でも、そもそも、兄妹だ。
ママは純粋に私を愛してくれていたのに、私には不純な気持ちがあった。
……せんせへの気持ちはどうだっただろうか。
付き合って、恋人になって。
そうじゃなくて結婚にこだわる私にせんせに家族になってほしい気持ちはなかっただろうか。
母に捨てられたと心のなかで思っている私は、家族がいないと嘆いていた私は、親の代わり・理想の家族として一緒にいてほしいと願っていなかっただろうか。
「……うん。私もせんせと家族になれて嬉しい」
私は失恋した。
そのくせ、そこまで悲しいわけじゃないのがアクアがもうとっくにルビーの家族だったということかもしれない。
ゴローせんせならともかく、アクアと抱き合ってちゅーしている姿は思い描けなかった。そういうことなのかな。
思えばアクアとはもう十年以上の付き合いなのだ。
せんせとの時間よりずっと長い時間一緒に生きてきた仲なのだ。
いろんな気持ちがぐるぐるしながらもアクアの体温に心地よいものを感じながらとりあえず再会を喜ぶことにした。
これからも家族としてよろしくね、アクア。
さりなちゃんと家族か恋人かどっちになりたいかといえばせんせは家族になりたい気がする。さりなちゃん死後に携帯のロック画面にしていたのも死んだ家族の写真って感じの扱いな気がしますし。