黒川あかねはステージを降りた。
といっても引退というわけではなく、単純に出番が終わっただけの話だ。
ふうと大きく息を吐く。
舞台の上は強くライトアップされていることもあり、結構暑い。
派手なアクションも追加されれば負担は倍増である。
今回は水やお湯をかけると性別やら種族が変わるハチャメチャな物語の中で格闘技が主題になっているため、普通より更にめちゃくちゃに運動量が多い。
油断すると稽古だけでガッツリ体重が落ちるのでこういう舞台のときはいつもより食べるようにしないといけないのでそれはそれで大変である。
(舞台後のご飯今日もついていこ……)
舞台を降り、息を吐いたことでスイッチが切れる。
演者から観客に。
舞台を舞う役者たちの技を盗まんと演技を見つめる。
「(あァ゙~かわいいよ、カナちゃん、カナちゃん、かわいいよ、カナちゃん!)」
カナちゃんは今日もかわいい! 100点満点!
……共演者として舞台に上がった時はバチバチやり合っているのに、舞台を降りた途端にファンの自分が顔を出してしまってちゃんと見れないのが問題だ。
舞台の上のカナちゃんは体にぴっちりと張り付くレオタード姿。
格闘新体操とは一体どこの世界の催しなのだろうか。
それもプロの殺陣で武術だって模倣して見せる演技界の女王が演じれば話は別だ。
迫真でありがながらどこか魅惑的な眼を奪われる動作が観客の眼を奪っている。
(すごいなあ、カナちゃんは最強だよ……‼️)
今回は別に主役ではないがエピソードのメインキャラではある。だから目立つのは正しい。でも、カナちゃんの太陽のような存在感は本人だけではなく周りも強く照らす。
誰もが輝く。
新人もカナちゃんの出演したドラマに出ると人気が上がるなんてジンクスが生まれるくらいには自分以外も心の中に何かを残させる。
共演すると熱に浮かされるようにいつもの自分よりよく動く。
さすが年齢=芸歴。子役の仕事を根こそぎ持っていってたカナちゃんだ。
「昔のかなちゃんと違って一人が輝くカナちゃんじゃない」
わがままでかわいくて、『いいから私だけを見なさい!』と訴えかけてくるカナちゃんのファン勢としてはあのときのカナちゃんも捨てがたい。
演技のできるパートナーがついたときの主役をするカナちゃんは割と遠慮がなくなるので、そういう時は身勝手に輝くカナちゃんを見れるのだが。
「また有馬の観察か。好きだな」
「あ、アクアくん、おつかれ」
やれやれと近づいてきたのは星野アクア。アクアくんだ。
カナちゃんから複雑な視線を送られている変わった男の子である。
見た目はとても良く輝く王子様のような男の子だが、ふと年上っぽいというかおじさんぽさも漏れてくる。
カナちゃんと同じく早くから芸能界に関わっているせいか、話題が結構ずれるのだ。
10年くらいの前のドラマを最近のことみたいに話したり、生まれる前のドラマに詳しかったり。いと不思議な男の子である。
「アクアくんは今日の打ち上げいく?」
「みたさんがいるから行く」
「みたさんが?」
三田のりお。みたさんは名脇役で舞台を降りた彼は没個性のお兄さんに見えるが、舞台に上がった瞬間に全く別人に変わる。世が世なら忍者とかスパイがいくらでもできそうな変身スキルのプロだ。あれほど別人になりきれる相手は知らない。
「有馬は技術論とか好きだろ。めっちゃ語るし。きらいじゃないけど、飯食いづらくなるじゃん。酒のんだおっさんたちも集まってくるし」
「あ~、ねー」
カナちゃんと語り明かせるならお金を払ってもいいと思うのだが、確かに成長期の彼としてはいいから飯を食わせろ飯をとなるのもわかる。
それにカナちゃんはどうにもアクアくんを見ているとあれこれ言いたくなるらしく、アクアくんも言われると結構殴り返すタイプなので言葉でバコバコやり合うことになる。
酔っているメンバーはそれが面白いらしく永遠に囃し立てるのでまあ、ご飯が食べれないことにはなる。
その辺、みたさんは名脇役なのだが、本人的には主役をやりたいそうで主役肌のカナちゃんとはよく議論をしており、割と仲が良い。
「でも、カナちゃんの言うことも一理あると思うよ? アクアくんはもっと前にでてもいいと思うな」
「いや、だから……」
「監督の100点をもらえる演技だっけ? でも、私達は観客の予想を超えてかなきゃいけないんだもん。監督の100点だって超えてかなきゃ。それに一度100点を超えれば監督だってそれを元に配置するんだから別に100点だけがいいことじゃないと思うな」
「俺は有馬みたいな天才じゃないぞ」
「というか、そもそも、アクアくんは脇役するには存在が目立ちすぎるもん」
絵本からでてきた王子様みたいな見た目をしておいてよく言う。
もちろん脇役ができないわけじゃない。彼の演技力は高いし、演技の幅も広い。
頭がいいんだろうな。監督の少ない言葉ですぐに理解して現場に、状況に合わせた演技をできる。
NGが少なく卒なくこなすこともあり、現場受けがいい。
監督たちおじさんと仲がいい人が多いみたいで、だからよく現場に呼ばれる。
名前を知らないイケメンよりアクアに声を掛けるぞ、なんて肩を叩かれ笑い合っていた。
ああいう知らない大人と仲良くできるところすごいなって思う。
どうしても何度か現場を一緒にしないとそこまで打ち解けられない。
けど、アクアくんを見ていると少しもどかしい。
どこか無意識なのか全力を抑えているようなところのある彼。
ただ、それ以上にアクアくんには色々秘密がありそうだ。
苺プロの社長と副社長の息子ってなっているけど二人とは似ていない。
そういうことはよくあるが、双子の妹とはとても似ている。
それに、アクアくんは……姫川さんに
何よりも彼の眼が、とてもとても似て感じるのだ。
「……まあ、カナちゃんがそこ気にしてないからいいか」
「どうした?」
こちらを不思議そうに見るアクアくんはやはりどこか彼を思い出させる。
「なんでもない」
知りたい欲はめちゃくちゃ出てきているが、カナちゃんには嫌われたくないからな~……。
いや、でもやっぱり気になるな?
でもなー……。
いつの間にか百面相しているあかねをアクアは何だこいつと一歩下がって見つめていた。