「おー」
アクアの演技がなにか変わった。
今までは場の調和を第一に、役者をやっている監督のように演じる側というよりは作る側の目をしていた。
それが今は人の目を引く演技をしている。
俺の演技を、俺を見ろと訴えかけてくる。
いい。
今までが模範的な役柄を演じる演者になっていた分、見る人間に驚きと深い印象付けを行えている。
見終わったあとにも客の脳裏には彼が残るに違いない。
星野アクアを知らない客も、パンフレットで、客同士の談話でその名前を覚えるはずだ。
役柄の名前じゃなく、役者の名前を覚えて帰って行くはずだ。
今までは監督の思い描くシーンを一緒に作る助手だったが、想像を超える一歩を歩き始めた。
兄弟の目覚めが何故かとても嬉しい。
**
アクアは舞台が壊れてしまっても知るものかと全力で演技をしてみることにした。
今までは監督の望みを誰よりも正確に読み取り、求められる通りに演じていた。
要は観客は監督だけだった。
彼を満足させる演技をしていた。
教師に百点の答案を返してもらえるように、監督が点数をつけやすい演技をしてしまっていた。
ある意味で、都合の良い役者になっていた。
だが、いい子より手間がかかるこのほうが記憶に残るように、アクの強さは旨さにもつながる。
100点は取れても101点が取れない。
その壁を今壊してしまった。
もしかしたら90点に、80点になってしまうかも知れない。でも、110点や200点を取れる世界に足を踏み入れた。
「ああ、くそ、楽しいな……!!」
誰かに見てもらうってことが楽しかった。
思えば吾郎の人生は人の目に従う人生だった。
誰とも知らない男と子どもを作った母は、吾郎を産むと同時に死んでしまった。
引き取った祖母は大切に育ててくれたとは思うが、同時に産婦人科という医師になっていた母親がやったバカの汚点でもあった。
晒される視線にできの良い孫になることでそれに耐えていた。
祖母思いの優秀な孫。
だから、ホントは外科医になりたかったけど、産婦人科医になった。
さりなちゃんという自分で治したい患者と一緒にいても、期待を裏切ることはできなかった。
「なあ、アイは俺に役者になってほしい?」
「ん? う~~~ん」
初出演の映画を一緒に見た日に、再び役者として活動するようになったときに、アイは「アクアの将来は役者かな~」と嬉しそうに頭を撫でられた。
アイの望みが知りたかった。
役者になってほしいと言って背中を押してほしかった。
やりたいように演じてしまえと、アイが入ってくれるならなんの迷いもないから。
「……別に、役者にならなくてもいいんだよ?」
「え?」
「アクア、お医者さんにも興味があるんじゃない? 別に、私やルビーに合わせて芸能界で活躍する必要ってないと思う」
「でも、アイは役者になってほしいんだろ?」
「まあ、また共演できたら嬉しいよ。でも、やりたい夢を目指してほしいってお母さんとしては思うんだ。向いてなくても、あんまり褒められたことじゃなくても、夢があるなら、応援したい。アクアは優しいし、賢いからね! 子供の頃から難しい本たくさん読んで! だから、お医者さんでもいいんじゃないかな」
よしよしと、今はもう、俺のほうが身長が高くなったのに、頭を撫でる。
年なんて取っていないかのように若いママのアイは、でも、あの日病院で出会った少女のままじゃなくて、……子どもの夢を応援するお母さんだった。
「俺、外科医になりたい」
「うんうん」
「でも、役者として全力を出しても見たいんだ」
「いいんじゃない! 欲張りになっても!」
あのときと逆だった。
あの冬の夜。星の海のしたで、欲張りなアイドルが教えてくれた。
『りょうほう!』
きっと同じ気持ちなんだ。
俺もそうしたい。推しのように輝いた人生を生きたい。
推しの子として、全力で生きてやろうと心に火がつくのが感じられる。
「ああ、俺も、欲張ってみる!」
「うんうん。かっこいいぞー、アクア☆」
どこまでも可愛い母だな。
アクアはアクアとして、全力で生きることにした。