いきなり始まった路上ライブ。最初は路上というライブハウスと違って人の数もこっちに興味を持つ人も少なかった。
何よりも違うのは、暗くて圧迫感のある、まるで実家のような存在感のライブハウスとは真逆で、明るく開放感のある路上は人の数が多く、まばらな見物人が私達を取り囲むようにして見に来るという、圧倒的にアウェー感の強い環境だった。
「がんばれ~!」
観客の声援を受けて私はきくりお姉さんのアドバイスを思い出し、しっかりと目を開けてギターのネックを握り、きくりお姉さんと目を合わせてから大きく息を吸う。
先程までと違って安定感のある演奏を披露する。
すると、先程までまばらに聞いていた通行人の人達が足を止めて演奏に耳を傾けてくれる。
そのままの勢いで演奏を1曲終えると、聞いてくれていた皆が笑顔で拍手をしてくれる。
「あの~、チケット買ってもいいですか?」
「えっあっはい!」
私に声援を送ってくれたお客さんの2人がチケットを買ってくれてノルマ達成。
そこで警備員らしき人の注意勧告で、ライブは中止となって終了となった。
「いや~、チケットノルマ達成できてよかったね!」
「あっ、はい……」
きくりお姉さんは満足顔で、隣に立つひとりは初めての路上ライブにぐったりしている。
「それでさ、ひとりちゃんは何処でライブするの?もしよかったら私も当日のライブ見に行こうか?」
「え?それは嬉しいですけど……」
安酒片手によれよれの服を着たお姉さんを見れば、ライブ代を支払えるか不安になる。
そんなこちらの視線の意味に気づいたきくりお姉さんは呆気からんと笑って親指を立てる。
「大丈夫、大丈夫!ライブの日は24日でしょ。こう見えても、私はインディーズでは結構人気のバンドでね。物販でも稼げるから、24日までにお金は工面するって!」
だったらなんで安酒とそんな服装なんですか?と聞きたいが、きくりお姉さんに面と向かって聞く勇気もないので口を閉ざす。
「それじゃ~ね~、今度のライブ!楽しみにしてるから~!!」
バイバイ!と手を振って別れるきくりお姉さんに、力なく手を振り返して見送る。
そして、結束バンドのみんなにLINEでチケットノルマ達成の報告を入れておく。
すると、ドドォーン!と花火の音が響く。ふと空を見上げてみると花火が打ち上げっており、私は花火に向かって今度のライブの成功を願う。
っと同時に、ピロン!とスマホのLINEに零士君からメッセージが届く。
その内容は部活の練習も終わったから、近くで花火大会が開催されてるので、一緒にデートしようぜ!との誘いだった。
私は慌ててデートすると返事を返して、急いで家へ帰ってお母さんに花火デートに誘われたと説明すると、慌てた勢いで奥のタンスからピンクの浴衣を取り出して渡された。
「花火大会行くなら、浴衣ぐらいは着ていかないとね」
「あ、ありがとう。お母さん……」
ウィンクと共に着付けをしてくれるお母さんに感謝しつつ、零士君にメッセージで中学生の頃によく合流場所にしていた公園で待ち合わせする。
浴衣の着付けが終えて髪を団子に纏めると、私は急いで家を出て公園へと向かう。
「ん、お~い!こっちだこっち!!」
先に公園で待っていた零士君が私を見つけると、手を挙げて大きな声で呼んでくれる。
その声のする方へ目を向けると、私は声を失った。
「…………っ!」
「あぁん?なんだ、ひとり?」
見た目は怖いながらも整った顔立ちで、運動部として鍛えられた肉体をこれでもかと周囲に晒すように着崩した甚兵衛羽織を着る零士の姿は、まさにひとりにとってのマリア~~ジュ!!!
その威力たるや、どこぞの白髪でロリっぽい大魔法使いのエルフのとてもエッチな投げキッスを喰らった勇者のダメージに匹敵するとかしないとか。
そんな男性フェロモンの過剰排出だろう!と言いたくなるようなその格好を前に、ひとりは鼻を押さえて鼻血が出ないように深呼吸で昂る気持ちを落ち着かせる。
「おいおい、どうした、ひとり。まさか、俺のこの格好に興奮してるのか?」
「~~~~っ!!?」
ニヤニヤと分かっていながら、わざとグイっと乱暴に近寄ってくる零士君から慌てて距離を取ろうと一歩下がるが、それよりも速く手を掴まれて更に距離を詰められる。
その際に、着崩した甚兵衛の隙間からチラ見する鎖骨と夏の暑さで流れる汗が合わさって、ぶっちゃけエッチすぎる!とひとりの脳内で内心身悶えていた。
「あ~、すまん。これならマシになるか?」
「あ…ひゃい……」
ただでさえ練習終わりと遅い時間に待ち合わせしたのだ、これ以上遅くなれば1発も花火を共に見ることも出来ずに終わってしまう可能性がある。
流石にそれは嫌なため、わざと着崩した甚兵衛をしっかりと着込んでから、言葉にならない声を垂れ流してメンダコになりかけるひとりを落ち着かせる。
「……ごめんなさい。落ち着きました」
「よし、ならさっさと会場に行くぞ。早くしねえと花火が終わっちまうからな」
俺が手を差し出すと、それを恥ずかしそうにしながらもひとりはしっかりと握る。
2年程前の付き合ったばかりの中学の頃では、こちらから無理矢理に繋ごうとしないと手を繋げなかったひとりが、こうして自分から手を取ってくれることに嬉しく思う。
もう既に花火もだいぶ打ち上がっており、会場内は人でごった返しになっている。こうして手を繋いでいなければ今頃、俺とひとりはこの人ごみの中で離れ離れになっていただろう。
空を見上げると、何発もの花火が暗い夜空のキャンバスを明るい色で彩る。
それはとても綺麗で、周囲は感嘆の声を漏らす。
ふと隣を見れば、周りと同じように花火に目を奪われながらも、周囲の人ごみの気配にビクついて若干震えているひとりの様子に、俺はそっと耳元でここから離れるかと聞いてみると、ひとりは遠慮がちに無言で頷いた。
そうして、人ごみを抜けて俺とひとりは人気のない場所へ出る。そこは会場から少々距離が離れているため、空へと打ち上がる花火もとても小さく見えて、耳に届いてくる音もとてもか細く聞こえる。
穴場というには、些か花火の迫力が無さすぎるが、誰にも邪魔されずに彼女と花火を見れるというのならば充分に穴場と言えるだろう。
「そういえば知ってるか、ひとり。ここの花火を見ながら恋人とキスすれば一生涯の愛が約束されるんだってよ」
「へ、へぇ~~……そ、そそそそ、そうなんでしゅか……しっ知りましぇんでした」
いきなりそんな話を聞かされ、顔を真っ赤にさせて挙動不審になるひとりに小さく笑う。
そして同時に、こんな作り話を口にする自分のふがいなさにため息が出る。
「あ~、すまん。今のは噓だ」
「う、噓なんですか!?」
俺がそう言うと、ひとりは驚いたように何でそんな噓を?と聞き返してくる。
「んなの、俺がお前とキスしたい口実作りにきまってんだろ……」
「…………はへぇ??」
一瞬、言われた言葉を理解できなかったのか、ひとりは気の抜けたような返事をする。
そりゃそうだ、いきなりこんな告白に平然としてられるほど、ひとりの恋愛レベルは高くない。
「俺たち、中学の頃から付き合ってもう2年は経つんだ。お互いもう高校生なんだ、少しくらい大人な行為をしたいってのは間違いか?」
「そ……それは……」
そっとひとりの頬に手を当てて正面で向き合う。慌てて横を向いて逃げようとするひとりに、俺は逃がさないとばかりに顔を近づけていく。
こっちはひとりの浴衣姿を見てからずっと我慢しまくってんだ、いい加減もう限界だ。
「こういう時はなんて言ってやればいいかなんて知らねえ。好きな女の好きなところを並べ立てまくって、自分がどれくらいそいつの事が好きだなんて証明なんざ、俺は小っ恥ずかしくてできやしねえ。でもな、自分のそんな気持ちを言葉にできなくても行動することなら俺は出来る。だから、ひとり。嫌なら、突き飛ばして逃げろ」
「…………っ」
ひとりが想像していた未来の光景。いつか訪れるだろうと覚悟あるいは期待していたその行為が今、現実になろうとしている。
だんだんと近づいてくる零士の顔に内心でドキマギしながら、ひとりはその瞳に戸惑いを浮かべながら、体を硬直させている。
およそ一秒、キスを拒むには充分な時間だ。
突き飛ばすにしろ、振りほどくにしろ、ひとりからキスを拒まれる覚悟をしていた。
「れ……零士君……」
「っ!?」
でも、ひとりは目を閉じて少々ぶさいくなキス顔で受け入れようとしてくれた。
言葉を無くして衝動のままにひとりの唇に重ね合わせたい思いを押さえ込んで、俺はガラス細工を扱うように優しくひとりの肩を掴んで引き寄せる。
「……ひとり」
「……っ!」
そして互いの息遣いが顔に当たるほどに近づき、零士からひとりの唇に己の唇を重ね合わせる。
遠くで打ち上がる花火のかすかな音だけが支配するこの場所で、2人の男女は互いの唇の柔らかな感触のみに集中する。
交際をして約2年が経ち、ようやくのキス。それを味わい嚙み締めるかのように、2人は長々とキスを交わし続ける。
そして、1分か2分ほどの長いキスを終えると、互いに静かに離れていく。
「ひとり……」
「零士君……」
お互いの名を呟きながら、自然と2人は顔を見合わせる。
すると、ひとりは目から薄っすらと涙を流して立ち尽くす。
「っ、悪い、急…過ぎたよな……」
「ち……違っ!」
突然泣き出したひとりを見て、零士は歯切れが悪そうに謝罪するが、ひとりは勘違いをさせてはいけないと慌てて否定する。
「わ…わ゛だじ、零士君とキスがしたかった!けど、それはもっとずっと先のことで……。こんなコミ症でネクラで人と目を合わせて会話もできない。ギターしか取り柄のない女が、零士君とキスなんて嬉しくて……」
「ああ、ひとりの言いたいことは分かった。ありがとな、それだけ俺のことを好きでいてくれて」
流れる涙を拭っても拭いきれないひとりを優しく抱き寄せて、零士はありがとうと感謝を伝える。
「けどな、ひとり。これくらいで涙を流されちゃ困るぜ。古い言い方だけどよ、恋のABCでAまでは済ませたんだ。今年中にはBもCも終わらせるつもりだからな……」
「えっあっ、はい……?」
恋のABCを理解出来ていないひとりは、それがどういうものかよくわからずに返事を返す。
零士もそれを理解した上で、これ以上のことを説明してもパンクして四散するだろうと判断して口には出さないでいた。
もうとっくに花火が打ち上がる音も聞こえないでいる。花火大会も終わったのだろう。
空を彩る明かりも消えた夜道を零士とひとりは恋人繋ぎで帰る。
俺の好きなアニメのキスシーンを参考にして書き上げました!
そして、最後にクリスマス回への伏線!必ず書ききって見せんぞオラァァァ!!!