季節の変わり目には台風が近づいてくる。
今年もその例に漏れず、中々に巨大な台風が天気予報を外れて関東へ直撃するみたいだ。
「お〜い!全員注目!!今日は台風の影響で帰宅が困難になりそうな為、今やってる練習が終わり次第、各自速やかに帰宅するように!!」
マネージャーのよく通る声が体育館中に響き、練習中の何人かの部員は合法的に帰れるとガッツポーズをとる。
俺は態度には出さないが、内心でひとりのライブを観れるとそいつらと同じように、心の中でガッツポーズをとった。
「なあ、零士!せっかく早く帰れるんだしよ、ちょっとだけ寄り道して帰らねえか?」
「ええですね。ワイも零士君とはもっと交流を深めたいし、是非、ワイもご一緒出来ればありがたいですわ」
暁先輩と市丸先輩は入部初日の2on1以降、こうして度々交流を深めようとしてくれる。
ひとりのライブがあるとはいえ、今の時間は午後2時を少し過ぎた頃、まだ時間的猶予はある。
多少の寄り道くらいならば、俺も構わない。
「まあいいっすよ。っで、何処に寄り道するんすか?」
「おっ!話が分かんじゃねえか」
「なら飯にしいへんか?ワイ、いい店知っとんねん」
部活を終えて、市丸先輩の言うオススメの店へ行ってみると、流石は自信満々にオススメしてきただけはあって中々にいい店であった。
特に市丸先輩のオススメするメニューはボリュームもあり、味も申し分なく暁先輩と俺は思わず舌鼓を打ちながら出された料理を堪能した。
食事を終えた俺たちは食後のコーヒーを楽しみながらバスケの話題で盛り上がっていると、既に時刻は4時を過ぎており、そろそろ下北沢へ行く電車でも調べようとスマホを点けると、そこには電車が台風の影響で止まっており、復旧は未定との表示があった。
「っち!」
……やってしまった。こうなることを予想しておくべきだった。
普段なら電車が止まっていなくても、ここから下北沢までならば俺ならダッシュで行ける距離ではあるが、今は台風のせいで風も雨もやばい状況だ。
「っま、それでも行かないって選択肢はねえわな……」
「うん?どったん、零士君?」
「おっ、もう帰んのか?でも今は台風で外やべぇし、夜んなったら落ち着くらしいから、もうちょい店に居た方がいいんじゃねえか?」
俺が帰宅しようと椅子から立ち上がると、外の様子を見て暁先輩が止めてこようとするが、俺はすぐに頭を振って否定する。
「悪いけど、先輩。実は今日、用事があってな。もう帰りますわ……」
確かにこの台風の中を歩いて下北沢まで行くのはきついが、それでも俺は行かねえとなんねえ。
「あっそ、ならもう止めねえよ」
「なんでもええけど、部活に支障が出えへんように、怪我だけには気を付けて帰えんな~」
「うっす」
会計を済まして店の外へ出ると、豪雨風が顔どころか全身に襲い掛かる。
この嵐の中を通って下北沢まで走って行くとなると、やっぱり俺でもかなりしんどいな。
「だとしても、惚れた女の晴れ舞台を見に行くのは、彼氏の当然の義務だしな」
ってか、嵐の日に晴れ舞台とか、やっぱりあいつどこかズレてるんだよな。
「けど、そういうあいつのズレたようなところ見ると、逆に気合い入るけどな!」
俺は自分を鼓舞し、この嵐を突っ切って下北沢へと走って行った。
♦
ライブハウスSTARRYも今のこの嵐の影響をモロに受けており、普段以上に客の集まりが悪くなっている。
結束バンドの初のちゃんとしたライブを前に、この状況を見て全員がライブまでに悪い方の緊張をしてしまっている。
「やっぱり、今日の嵐のせいで、私の友達もライブ来れないって連絡が……」
「そっか~……、こっちも似たようなものだよ。リョウの方も同じで、今日は来れないって。ぼっちちゃんの方は?」
「あっ、私の方は両親が妹の面倒を見なきゃってことで来れなくなって、零士君の方は、練習が早く終わったって連絡がきたけど、それ以降は……」
今も外で激しい雨が降っているこの状況で連絡がこないことに、一抹の不安を感じながらスマホをギュッと握る。
彼なら大丈夫。そう信じているが、万が一のことがあったかもしれない。そんな言いようのない不安がずっと襲い続けてくる。
そんなひとりの不安を吹き飛ばすように、STARRYの入り口からびしょ濡れになったあの人が入ってきた。
「ぼっちちゃん、きたよぉお~~~~~」
……ベロベロに酔ったきくりお姉さんがやって来た。
最初は零士君でも来てくれたのかと期待したのだが、お酒片手にやって来たお姉さんを見て、零士君への心配よりも、この人が来たことにより、ライブの成功云々が言えなくなるトラブルが発生するのではないかという不安が勝った。
「あ、今日は来てくれてありがとうございます」
「やだな~、ちゃんと来るって約束したでしょ。それに、今日は連れもいるんだよ~!」
きくりお姉さんの連れ?と頭の中で勝手に同じようなアル中のベーシストを想像するが、その連れて来た人の姿を見て、違う意味でビックリすることになった。
「ちょっと、ひとり!アンタ、ライブがあるなら連絡くらいしなさいよ!」
「え?え?眞妃お姉さん!?なんで……?」
きくりお姉さんが連れて来たのは、私とも面識のある道端で号泣していた眞妃お姉さんだった。
あの日以降、お礼として少々お高めのレストランで食事を奢ってもらったのを切っ掛けに、時折休日になると女子会と称したお姉さんの愚痴を聞くという仲に、半ば強制的にさせられてしまった。
まあ、その際はいつも女子高生じゃ入れないような店で奢ってもらえてるので、美味しい料理の代償として我慢している。
「もう、なんでライブがあるって教えてくれなかった訳?」
「えっ、いやだって、今まで眞妃お姉さんから音楽の話とかしてなかったので、興味もないのに誘うのは悪いと思って、その……」
水臭いと言わんばかりの怒り顔で詰め寄ってくる眞妃お姉さん。
その理由をたどたどしく説明すると、今度は若干涙目になってハグしてきた。
「うぅ~、別にそんなこと気にしなくていいわよバカぁ!アンタと私の仲でしょ!迷惑くらいいくら掛けなさいよ~~~!!!内心で嫌われたかと思って焦ったじゃない!!」
しまいには、いつも通りの号泣をかまし、私に抱き着いたままワンワンと泣き出す眞妃お姉さん。
それを見て結束バンドのみんなが困惑しており、きくりお姉さんはお酒を飲みながらほろりと涙を流している。
このままではいけないと思い、急いで眞妃お姉さんの意識を変えようと別の話題を探す。
「えっ、あっ、そうだ!なんで眞妃お姉さんはきくりお姉さんと一緒に?っていうか、知り合いだったんですか?」
「グスッ、知り合いもなにも、きくり先輩は私の大学の仲の良かった先輩で、大学を卒業した今でも付き合いのある人よ。昔はもっと真面目だったのに、今じゃアル中だけどね……」
意外な関係にビックリしつつも、話題を切り替えたことで眞妃お姉さんもそっちに意識がいって泣き止み、私から離れてくれた。
「ってか、濡れた状態のまま抱き着いたりしてごめんなさいね」
大雨の中で来てくれたから眞妃お姉さんの服とか髪とか濡れていて、その状態のまま抱き着かれた私も多少ぐちょりと濡れてしまったが、まあこの嵐の中を来てくれたのだからと、あはは……と苦笑いで我慢する。
濡れたままじゃ風邪ひくよ!と虹夏ちゃんが3人分のタオルを用意して持ってきてくれた。
私はお礼を言って受け取ったタオルで濡れた箇所を拭いていると、またお客さんがやって来た。
「あ!ひとりちゃん」
「あっ、えっ、来てくれたんですね」
現れたのは路上ライブで演奏を聴いてチケットを購入してくれた大学生の2人だった。
この嵐の中で来てくれただけでもありがたいのに、更にありがたいことに、この私のファンであると言ってくれて、嬉しさのあまりに先程の眞妃お姉さんのように感涙の涙を流してしまう。(なお、感涙と呼ぶには少々不気味である)
そんな私のファンからの期待のこもった応援も受け、さっきまでのどんよりとした雰囲気を吹き飛ばす気持ちで、以前に喜多ちゃんとリョウさんが作ってくれたマンゴー戦士の甲冑を着てステージに挑もうとした。
「ら、ライブ頑張りましょう!」
「絶対やめてぇ──!!!」
前回は許してくれた虹夏ちゃんが脱がしに掛かってくる。これがないとステージに上がれないと抵抗するが、非力な私じゃドラマーである虹夏ちゃんの腕力に抗えるわけもなく、抵抗虚しくマンゴー戦士の甲冑は没収されてしまった。
そんな茶番をしているなか、喜多ちゃんがちらりとステージ裏からフロア内に集まったお客さんを見るが、いつもバイトしている時に比べて明らかに少ないお客さんの数に不安の声を出す。
「もう本番直前ですけど、お客さんの数少ないですね……」
「平気平気!他のバンドのファンの人達もいるし、演奏が始まればみんな聴いてくれるよ……」
でも、そんな虹夏ちゃんの励ましを打ち砕くように、壁際にいる別のバンドのファンであろう2人組の女の人らの会話が耳に入る。
「ねえ、一番目の結束バンドって知ってる?」
「知らない。興味なーい」
「観とくのたるいね」
彼女たちは悪意を持って口にした訳ではないだろう。しかし、その言葉は今の結束バンドのメンバー全員の心に深く突き刺さる。
まるで、誰もお前たちに興味なんてない。そう言われたような気がして、全員の表情が曇り始める。
勿論、ちゃんとフロアにいるお客さんの中には結束バンドの演奏を聴きに来てくれた人達がいることは理解してくれているのだろう。
それでも、沢山の称賛よりもたった一つのアンチコメントが心に刺さるというのはどの業界でも同じこと。
それを理解してリーダーである虹夏ちゃんが努めて明るい声でフォローするが、それが強がりであるという事は誰の目から見ても明らかだった。
そんな最悪に近しいコンディションの状態でステージに移動する結束バンドのメンバー。
そんな状態で上手くいく筈もなく、演奏前のMCでも思いっきりスベってしまい、会場内の空気は最悪なものになっている。
ここからどうやって挽回すればと不安に駆られていると、このタイミングで新しいお客さんが入ってきた。
「ふぅ~、なんとか始まる前に来れたな……」
「あっ!」
全身がびしょ濡れになった零士君が息を切らして入って来た。
その姿を見た瞬間、私はあっ!と声を出して先程まであった不安が薄れていき、ちゃんと来てくれたんだと嬉しい気持ちになる。
本当ならステージを降りて近づきたいけど、今は演奏直前のタイミングの為、その気持ちをグッと押さえて楽器を握る。
そして、短いMCが終わり、虹夏ちゃんの掛け声で演奏が始まる。
♦
激しい雨の中、傘もささずに無理矢理走って来た為に、STARRYに辿り着いた頃には服がびっちょりと水を吸っており、入る前に軽く絞ると、ザバーと滝のように大量の水が流れ落ちる。
少しはマシになったと思い、この濡れた状態のまま店に入ると、思ったよりも少ない客の数に驚きながらドリンクを購入しフロアに入ると、ステージを見れば既にひとりの奴が楽器を持って立っていた。
まだ誰も楽器を弾いていないところを見るに、まだ演奏前だったのだろう。ギリギリではあるが、なんとか演奏する前に辿り着けて安堵の息を吐きながら、このびしょ濡れの状態では他の客に迷惑が掛かると考え、誰もいない壁際の空間に移動して結束バンドの演奏を聴くことにした。
そうして始まった演奏を聴いて、俺は表情に出さないまでも内心でガッカリといった感情を抱いていた。
「っ……」
これは酷い。そんな感想が浮かんでくるほど、今の結束バンドの演奏は勢いもリズムもパッとしない出来の悪いものだった。
正直、ここまで走って来た疲れもあって思わずあくびをしそうになってしまう。
だが、それは流石にしちゃダメだろうと我慢しているが、それでもこの演奏の前ではつい思わず出そうになってしまう。
そうしてようやく1曲目が終了する。
この頃になると、身内と思われる客以外は全員が結束バンドから興味を無くしていた。
そんな興味を無くした客の1人である女性が壁際で演奏を退屈そうに聴いていた俺に詰め寄ってきた。
「あれ~、そこのお兄さん、もしかして1人なの?」
「ん?ああ、そうだが」
そう言って女性は俺のそばに近寄って距離を詰める。
よくある逆ナンのパターンだ。これまで何度も経験したこともあり、その女性からの誘いを断ろうと口を開く。
「ねえ、このバンドつまんないし~、あたしの推しの出番くるまで、一緒にダベらない~?」
「いや別に興味ない。俺はそういうのとかいいから、他をあt──―」
ギュギュイィィ──ーン!!!!
「──―っ!!?」
フロアの空気が……変わった!?
「え?なになに!?」
「こいつは……」
ステージを見ればひとりの奴がギターソロで演奏していた。それは先程までとは別次元であると断言できる腕前だった。
周りを見れば、このライブハウスという箱の中に蔓延していた無関心という名の雰囲気が全て、後藤ひとりという女のギターをかき鳴らす音で塗替えられていた。
先程まで見向きもしていなかった客の全員がステージに釘付けになり、誰もがひとりのかき鳴らすギターの音色に魅了されていた。
それは、あの舞台上に立つ結束バンドの少女らも同じで、誰しもがひとりに視線を向ける。
そして、その気迫が
そしてひとりのギターソロが終わり、突入した2曲目では1曲目とは違って、今度は生き生きとした彼女ら本来の演奏を披露しだした。
もう
「ははっ……、最近慣れ過ぎて忘れかけてたけど、やっぱしあいつ!最っ高に面白れぇ女じゃねえか!!」
最近ずっと忘れていた。普段のデートやからかいの時も、俺が好きだと思って見ていたのはひとりの顔や反応なんかの表面上だけのものだった。
でも、中学のあの頃、俺とひとりが初めて出会って……いや、俺が動画でギターヒーローという女に出会って一番最初に感じたもの。
それは俺の興味を全力で搔き立てちまうような。そんな最高におもしれぇところが、俺があいつに……、
♦
なんか……、虹夏ちゃん、さっきからドラムもたついてるな……。喜多ちゃんもリハで出来てたのにずっとミスってるし、リョウさんも虹夏ちゃんと息が合ってない……。
みんないつもと全然違う……。いつもの勢いが全くなくなっている。
このままじゃダメだ……。そんな思いを抱えたまま1曲目は終了してしまった。
フロアは一切盛り上がっておらず、私のファンの2人以外は全員がこちらへの興味を無くしていた。
この空気が嫌で、私は思わず零士君を探してしまう。そして見つける壁際でもたれかかっている零士君を……。
でも、そんな私の視界の先では零士君が横にいる知らない女性と喋っていた。
「──―あっ!?」
分かっている。別に零士君から女の人に話しかけに行ってはいないってことは。
前々から零士君はよく女の人にナンパされることが多かった。だから今回も、あの女の人の方から声を掛けに行ったんだと頭ではちゃんと理解している。
でも!私は今ここにいる。だから、隣にいるその女の人よりもこっちをちゃんと見て!!
そういった負の感情がモヤモヤと心の中に蓄積していっている。
「……やってやる」
そして喜多ちゃんが2曲目の紹介を終えようとしたその時だ。私はエフェクターを踏んでギターを掻き鳴らす。
突然の予定のない私の行動に誰もが驚いているが、私は胸に溜まったこの嫌な思いを全て吐き出すように、ただ衝動のままにギターをかき鳴らした。
この急に始めたギターソロに結束バンドのみんながどんな視線を向けているかは分からない。
だって、今の私の視線はあの壁にもたれ掛かっている零士君の方にだけ向いているのだから。
そんな私の激情に気づいてか、零士君は目を見開いて驚いたような顔をする。
「──―っ!!?」
あはっ!やっとこっちを見てくれた。
そして、更に私はこの感情を零士君にぶつけるかのようにギターをかき鳴らした。
もう見なくても分かる。さっきまで漂っていた嫌な空気はもうどこにもない。
だから今はただひたすらに私の全てを零士君へ、そしてこのライブハウスにいる全員に向けて私の
そんな私の激情を音に乗せて、嵐のように!雷鳴のように!!私は120%の私の音楽を披露してみせた。
「「「っっ!!」」」
それに続くように、2曲目に突入した結束バンドの演奏はいつも通り。いや、それ以上の完成度をみせた。
気が付けば2曲目は終わっており、1曲目とは違って客の少なさゆえにまばらではあるが、私達の演奏に感動してくれたお客さんの拍手が聞こえてくる。
そして、我に返った私は思わず零士君の方を見てしまう。
(よ・く・が・ん・ば・った!)
声は聞こえなくとも、その口の動きから褒められたことは確かだった。
そのことが嬉しくて、私は思わずステージ上から零士君に向けて笑みを浮かべてしまうのだった。
もう心の中に負の感情は残っていない。先程の演奏で全て吹き飛ばしたのだから。
この勢いに乗ったまま、最後の3曲目を演奏し終わり、結束バンドの初のライブは最初こそつまづいたものの、結果的には大成功を納めたのだった。
ぼっちでヤンデレな子って可愛いよね?
愛情激重な子に(音楽で)刺されたい人生だった。
あとついでに、精神的NTRダメ絶対!