あれから人生初となる彼女を作ったことで俺の人生は大きく……は変わらなかったが、小さな変化ならあった。
「おお、ひとりか!って、……ん?」
朝の登校中、通学路の先でつい昨日できたばかりの彼女の姿が見えた。
長いピンク色の髪に加えて、同じく制服ではないピンクジャージ姿の女なんてウチの学校じゃ後藤ひとり以外にありえない。
そんな俺の彼女だが、俺が声を掛けたのに気づいていないのか、体が妙に震えていて、学校へ行く足が産まれたての小鹿のように情けなくガクついていた。
昨日もそうだが、俺の彼女はマジで常人とは下回る意味で違う。音楽以外は小学生かそれ以下の能力しかないのだ。
動画じゃギラッギラのプロ並みのギター演奏をかます癖に、現実じゃ挨拶1つロクに出来ないコミュ障なのがまた面白れぇ。
そう思いながら、笑みを浮かべて未だ俺の存在に気づかぬひとりに、後ろからそっと近づくと、前からふわりと風が吹いて通り過ぎ、ひとりの髪が俺の前で揺れる。
その瞬間、俺の鼻孔にひとりの独特の匂いが届いた。
それはまるで、ラブコメで恋が始まる1ページ目のように、傍から見れば気の弱そうな美少女とスポーツマンの出逢いを祝福するような1シーン。
だから俺はたまらず、目の前を歩くひとりに胸の内に湧いた言葉を素直に口にした。
「ひとり、お前めっちゃ芳香剤の臭いがするぞ!」
「うへぇ!?れ……零士君さん!!?」
「なんだよ、君さんって?っていうか、ひとりお前マジで田舎のババアん家かってくらいにヤバイ臭いがするぞ!」
耐えられないとばかりに鼻を摘まんでいる俺にようやっと気が付いたひとりは、酷く慌てたように取り乱す。
そして、次の瞬間にはひとりの顔はカァッと真っ赤に染まるではなく、子供のラクガキのように顔面崩壊するという女子らしからぬ反応で答えた。
「えっ、ちょ……ええぇぇぇ~~!!?」
「うるせーよ!!」
早朝で人が少ないとはいえ、あまりの声量に思わず耳を抑えてしまった。
こいつホントにバグると声デケェし、何より煩いんだよ。聴覚が優れている俺にとっちゃ耳元でクラクションを鳴らされたみたいに耳が痛くなる。
まあ、声は普通の女らしく可愛いらしい声なのでストレスには感じないがな。
俺はひとりのほっぺたを軽く抓って元の顔へ戻すと、先程の挙動不審な態度の理由を問うと、え?マジでそれを聞いてくるの?君が……!?みたいな反応で返された。
どうやら、昨日の教室での告白?の後、俺が教室から出ていったのと同時にクラスメイトから質問攻めにあったそうだ。
それがトラウマになったのか、今から学校に行くのが億劫になっているようだ。
俺からすれば周りが
まあ、このまま亀みたくノロノロと歩いてたら遅刻するだろうし、何よりも俺はひとりの彼氏だからな、無理矢理だとしても手を繋いで不味いことはないだろう。
「うひぇっ!?」
「どうした?俺達は付き合ってんだ、恋人つなぎぐらいはするだろ普通」
「や……でも、っていうか、歩くのが速いです!!」
「ちゃんとひとりの歩幅に合わせて歩いてるだろ。速いと感じんのはひとりがノロノロ歩いてるからだ」
でもでもと言い訳を並べるひとりの言葉を無視して、恋人つなぎのまま学校に到着する。
その際、周りの通学する他の学生がこっちを見て驚いたような顔をする奴や、昨日の告白を見ていたあるいは知っていた連中はニヤニヤした表情で微笑んでいた。
その後、俺とひとりはクラスが違うので途中で別れたが、俺が自分の席に座ると同時にひとりの悲鳴がここまで届いた。
恐らく、ひとりのクラスの誰かが恋バナでも聞きたくてひとりに話し掛けにいったのだろう。
いったいひとりがどんな風に対応しているのか興味はあるが、ちょうどタイミング悪く教師がやって来て朝のホームルームを始めたので、しょうがねえと諦めた。
朝の連絡を終えてホームルームが終わると、俺はクラスを出てひとりの元へ行こうかと悩んだが、ここで俺が行ったらまたひとりのクラス連中の起爆剤になりそうだし、今日は昼休みまでお預けにしておくか。
キーンコーンカーンコーン!と学校のチャイムが鳴り、授業が始まる。
俺はこの顔に風貌だからよく授業をサボるか寝ているかのイメージがあるが、そんなことはない。
別に勉強が好きだとかではないが、それでもテストで情けない点を取るのは嫌というだけの理由だ。
まあ、中学レベルの問題など授業を流しで聞いていても充分に理解できるので、それだけでテストの順位は余裕で上位に入るがな。
そのまま時間は過ぎ、昼休みに突入する。
俺は基本的に弁当持参だが、大食漢な俺からすれば弁当なんぞ昼休みまでのつなぎでしかなく、大抵は購買で買って来る惣菜が昼飯になる。
なので、俺は購買に行って惣菜を買い込んでからひとりのクラスに乗り込んだ。
「あれ?なあ、そこのお前。ひとりの奴がどこにいるか知ってるか?」
「ん?後藤さんはいつも昼休みになると何処かに消えるから、居場所はちょっと……」
「あっそ、悪かったな」
俺は購買で買った焼きそばパンとコロッケサンドを片手に持ちながら、ひとりを探す為に校舎をぶらつき歩く。
まだ少ない付き合いだが、あいつが人の出入りが多そうな場所にはいないという事は簡単に予想がつく。
なら逆に人の出入りが少なそうな場所を手当たり次第に探して回る。
校舎裏や屋上にはいない、なら残るあいつが居そうな場所は……。
「……はぁ、いきなり私に彼氏なんて無理だよ」
誰も来ない空き教室の隅っこで、誰も使っていない机の上に弁当を広げてモソモソと食事をしながら、あのネットに流した虚言が真実になってしまったことに後悔している。
いや、別に零士君が悪いという訳では断じてなく、私が彼に全く!まるで!!天と地以上に釣り合っていないというのが問題なだけで……。
昨日からクラスのみんなの視線が痛いというか熱いというか、反射的にこんな私がバスケ部エースとお付き合いなんかして申し訳ありません!と謝罪してしまいたくなってしまう。
「はぁ……、本当になんで零士君は私みたいな陰キャを彼女なんかにしたんだろ?」
「なんでって、そりゃお前が面白くて可愛いからってのが理由じゃダメなのか?」
「っっっ!!?」
思わず口から零れ出た独り言にまさか返事が来るとは思わなかった私は驚きのあまり口から心臓が飛び出しそうになった。
しかも、振り返って誰なのか確認すると、そこには今の私の悩みの原因でもある零士君が立っていた。
「探したぜ。教室に行ってもいねえし、捕まえた奴に聞いても知らねえって言うもんな」
「な、なな、な、なんでここが!?」
「だから言ったろ、探したって。付き合ってまだ2日ぐらいだけどな、お前が居そうな場所は大体予想がつく」
そう言って彼は壁際に置かれていた椅子を持って来て私の前に座り、手に持っていた総菜パンやらおにぎりやらが入った袋を置く。
その様子から、どうやら一緒に食べるつもりのようだ。
私があのバスケ部エースというトップオブ陽キャがこんな陰キャの住処みたいなところで食事なんてと恐れ慄いていると、零士君は頬杖を突いておにぎりを食べながら私に喋りかけてくる。
「なあひとり、こうやってすれ違うのも面倒だしよ、連絡先ぐらいは交換しとこうぜ」
サッとスマホを机の上に置き、私じゃ家族のスマホ以外では見たことないLINEの友達追加画面を表示して出してきた。
初めての家族以外との連絡先交換に数瞬フリーズする。
そして、彼が待っていると気が付いた瞬間には慌てて自分のスマホを手に取ってQRコードを読み取った。
ピコンッ♪ と音が鳴ったので、恐る恐る通知欄を見ると、そこには新しい連絡先が登録されていた。
これまでの人生で友達なんてものを作れたことのないひとりにとって、それは他人からすれば小さな一歩であるが、ひとりからすれば大きな一歩であった。
実際には友達ではなく恋人なのだが、それを深く考えるとショートしてしまいそうなので一旦忘れることにしよう。
「これでいつでも連絡が取れるな」
「あっ、そうですね。でも、こんな私なんかに連絡なんて……」
「なんだ、夜寝る前のラブコールでもして欲しいって前振りか?」
「ら、ラブコール!?」
リア充の中のリア充のみが許されし、伝説の電話をまさか自分が経験できると思っていなかったひとりは、その言葉を聞いて頭がオーバーヒートしそうになる。
しかし、そこでふと冷静になった。こんな私なんかがそれをして、もし下手なラブコールなんてした暁には……。
『後藤ひとり!お前、俺の彼女の癖にこんなラブコールするとかマジであり得ねえわ。罰としてさらし首の刑な』
『ひえええ~~!!ご…ご勘弁を!!』
(な、なんてことになったら……!!?)
いつものネガティブな妄想に青ざめていると、何時の間にか買い込んだ惣菜を食べ終えた零士君がこっちを覗き込でいた。
「やっぱお前面倒くさいけど面白れぇわ。けどさ、もっと肩の力を抜けよ。俺は別にお前を騙すつもりも傷つけるつもりもないんだぜ」
勝手にへこんで下ばかり見ている私の顔を無理矢理に持ち上げて、真っ直ぐに瞳を見つめてそう言ってくる零士君の言葉に、私はなんだか自然と心が落ち着いてくるのを感じた。
そして、それと同時に彼の優しさがじんわりと胸に染み渡る。
だからこそ、そんな彼に私がまるで相応しくないと余計に落ち込んでしまう。
「まあ、俺は他の奴らより優れているし、気後れするのは分るつもりでいるけどよ。だからって、今更別れましょうだなんて早すぎるだろ」
ガタッと椅子を倒して身を乗り出し、私の顎を掴んで強引にキスが出来そうな距離まで顔を近づけてきた。
こ、こんな少女漫画みたいな展開が私の人生で起きるなんて!?っていうか、よくよく考えてみれば零士君と出会ってお付き合いしてから結構そういうような展開に会っているような!?
キーンコーンカーンコーン!
「あぁん、もう昼休み終わりかよ。授業サボってここでイチャイチャしててもいいが、ひとりはどうする?」
「あ、あの!じゅじゅじゅ授業は大切なので、ちゃんと受けていた方が……」
「了解、ならさっさと弁当食って教室戻れよ」
あっさりと離れていく零士君に白昼夢でも見せられたのかと呆けてしまう。
そのまま教室に戻っていく零士君の背中を眺めて、私は現実に引き戻された。
「あっ、お弁当全然食べれてないや」
授業開始を告げるチャイムの音が聞こえたのはそのすぐ後だった。
ぼっちちゃんの反応を書くのメッチャ難しい!