「あっゔぅ……」
「後藤さん。まだ文化祭まで時間があるのに、こんな風になるなんて……」
迫り来る文化祭ライブへの不安のせいで、後藤ひとりは現在棺桶の中で瀕死の状態になっている。
ちなみに、現在ひとりが棺桶の中で眠っている場所は学校の廊下であり、周りの人から何事かと視線が集中している。
「こんな時、彼氏さんでもいたら起こしてくれるんでしょうけども……」
生憎と彼は他校の人間、流石にこんなことで呼び出す訳にはいかない。
「はぁ〜、私ももっと後藤さんと仲良くなれたら、彼氏さんみたいにもっと後藤さんの助けになれるのになぁ……」
思い返してみれば、私は後藤さんのことをあまり詳しくは知らない。
知っている事と言えば、人見知りでギターが上手な事と頼れる彼氏がいる事のみ。
何が好きとか、どんな曲を聴いてるだとか、学校での成績だとか……!?
あれ待って、確か文化祭ライブの前に中間テストがあったはず!?
「後藤さん、起きて!!!」
「あっ、はい!」
突然叩き起こされたひとりは何事かと驚いているが、それを無視して今は重要なことを聞く。
「後藤さんって勉強できるのかしら!?」
「あっ、出来ません!」
「いい返事ね!」
何処から取り出したのか、僅か23点のテスト用紙を見せる後藤さんに、ヤケクソ気味に叫ぶ。
このままでは文化祭ライブどころか補習で練習もロクに出来ないハメになってしまう。
学校が終わり次第、STARRYに直行して先輩に助けを求める。
するとタイミング良くテスト勉強している先輩らの姿があった。
「おはようございます!あっ先輩たちもテスト勉強ですか!」
「おはよ〜、そうだよ〜!」
勉強の手を止めて挨拶を返してくれる伊地知先輩の後ろに立つと、店長さんが先輩らの現状を教えてくれた。
「次に赤点取ったらやばいから、勉強教えてやってんだって」
「あはは、伊地知先輩頑張ってくださいね」
そう頭を撫でてあげると、驚いたように顔を上げて勉強を教えてあげている側だと否定する。
だとすると……!?
「まさか、リョウ先輩がバカなんですか!?」
「できません!!」
なんだかデジャヴを感じるバツだらけのテスト用紙を自慢げに見せびらかしてくる。
更に次々と発覚する私のリョウ先輩のイメージを壊す新事実に驚愕していると、伊地知先輩が後藤さんの分まで手が回らないということで、教師役を増やすべく店長さんに助けを求めた。
「……なんだこれ?お前分かる?」
「私、高校すぐ辞めたんで勉強できません……」
なんとも非常に頼りない言葉を吐く大人たちに冷ややかな視線を送る伊地知先輩を横目に、今日配られた宿題のプリントに挑む後藤さんの様子を見る。
「えっと、う〜ん……」
内容としては今日の授業で習った範囲の復習程度の問題なのだが、必死になって解こうとする姿はどことなく小動物的な可愛さを放っており、ワンコの癒し動画を見ている気分になってくる。
「で、できました……」
少し時間が掛かったが全部解き終わった後藤さんのプリントの答え合わせをすると、先程までのほのぼのとした気持ちは吹っ飛び、バツの多いプリントに絶句する。
基礎問題はケアレスミスを除けばちゃんと解けている。しかし、応用やひっかけ問題となると途端に解けないようになってしまっている。
「これは……少々深刻ですね……」
「あっ、ご迷惑お掛けしてすいません!」
「いや、後藤さんは悪くないですよ!」
プリントには必死に解いた形跡もあることから、適当に書いた訳ではないのだろう。
近くに置いてある今日の授業内容をとったノートを拝借して見てみると、ラクガキ1つないちゃんと真面目に授業を受けていたと分かるぐらい綺麗に纏められている。
「あっ、テスト前はちゃんと勉強しているですけど……」
それを聞いた伊地知先輩が抱き着いて涙を流してる。
なんか養うとか呟いてるけど、後藤さんが普通に彼氏さんがいるから結構ですって断ってる。
「あ……諦めないで頑張りましょう!後藤さんはどこが分からないの?」
「あっ、えっと、色んなとこ頑張って覚えたりするんですけど、その度に分からないところが増えていって、今じゃどこがどう分からないのかも……」
教える上で最も難しいのは教わる相手が分からない部分さえも分からないということだ。
所詮は学生の身分で、自分のテストの点数を上げるのも困難だというのに、教師の真似事など出来るはずがない。
「後藤さん。学年変わっても先輩なんて呼ばなくていいからね……」
「秒で諦めた!!」
もう開き直ってしまった方が楽かもしれない。そもそもバンドマンに学歴なんて必要なんかない!こうなったら、私も一緒に学校を辞めてバンドマンに……!? いやいや、流石にそれはダメでしょ。でも、学校辞めても後藤さんと一緒にいられるなら……。
「そうだよぉ。ぜーんぜん必要ない。現に勉強できなくてもちゃんと生活できてるし」
「そうそう、学校なんてやめましょ。毎日が夏休みですよ」
「だめな大人たちは黙ってて!!」
あ……危ない。一歩間違えれば私も後藤さんもあっち側へ落ちるところだった。
何処かの誰かが言っていた気がする。
……いや、誰よ?でも、なんか説得力があるようなないような……。
「と、とにかく!ぼっちちゃんも学校だけは絶対に卒業しなくちゃダメよ!!」
「あっはい、そのつもりです……」
「え~、ぼっちちゃんの性格なら絶対にバンドで売れたら中途退学するって思ってたのに~」
きくりさんのその何気ない一言に内心で確かにと同意する。
後藤さんは学校が苦手だから、きっと売れたら迷わずに学校を辞めるに違いないだろうし、そして生活の心配なんて無くなってしまえばバンドに没頭することだろう。
「わ、私もつい最近まではそんな風に考えてたんですけど、零士君に言われたんです。『高校ぐらい卒業しとかねえと、将来産んだ子供に馬鹿にされるぞ』って……」
あ~、なるほど。結局は彼氏さんのアドバイスってことか。
「「グフッ!!?」」
あっ、きくりさんとPAさんが血を吐いて倒れた。よく見れば奥で店長さんも同じように吐血してテーブルに倒れ伏している。
「もう既に将来設計に子供が存在するとか、女として完敗してます」
「ぼっちちゃんが将来の不安から一抜けとかずるいよ~~~!」
「がふっ!かひゅ~、かっはっっっ!!!」
PAさんときくりさんは悔し涙を流しており、店長さんに至っては吐血しすぎて痙攣してまともに喋れないですらいる。
屍山血河を体現したこの惨劇の現場を見てしまうと、今後は後藤さんと彼氏さんの関係をこのやさぐれた大人たちに見せないように努力しようと心に誓う。
数日後、モールス信号でカンニングさせようとしたが断念し、まっとうに勉強を教えることで赤点の回避に成功した。
「これで文化祭ライブのための練習が出来るわね!」
「新曲つくる?」
とりあえずテストを乗り切ったことに喜んでいたら、急に後藤さんが固まったかと思えば、今度は急に期末テストの勉強をすると言って逃げ出してしまった。
STARRYを飛び出る前になんとか伊地知先輩が羽交い絞めして動きを止めることが出来たが、何やらうわ言で「文化祭ライブ、大勢の人、私はハンバーグに添えられたパセリ」とか意味不明なことをずっと呟いている。
どうすれば後藤さんの文化祭ライブへの不安を取り除けるのかと悩んでいると、後藤さんのポケットからスマホの着信音が鳴り響いた。
慌てて後藤さんが電話に出ると、慌てたり驚いたりと色んな表情をして、最後には誰がどう見ても嬉しそうな顔でニヤついて電話を切ると、ギターを抱えて恥ずかしさに顔を赤らめながら「みっ、皆さん、文化祭ライブに向けて練習しましょう!」と言ってきた時点で、この場の全員が彼氏さんが文化祭に来るんだなと理解した。
けど後藤さん、これだけは言わして欲しいの……、
「リア充爆発しろ!!」
その心からの叫びにSTARRYにいる全員がそっと心の中で同意した。
もっと小説を書ける才能に目覚めたら……。
みんな!オラに才能の代わりに感想という名の元気をくれぇぇぇ!!!