あれやこれやと手を出した弊害が今ここに!!?
文化祭ライブが刻一刻と近づくたびに、ライブの練習を頑張ろうとしながらも、それでも学校というハコとはまるで違う空間、それも失敗したら卒業までずっと後ろ指をさされるであろう環境。そんなある意味戦場に赴くようなプレッシャーはどうしても拭えなかった。
「ん~、どうしたの~、ぼっちちゃん。元気なさそうだニャン」
謎に猫耳を装備したきくりお姉さんが話しかけてくる。
「あっ、いや、その、文化祭ライブがもう近くって……」
頑張る為のモチベーションはある。だがそれでも、見知った場所で、見知った人達の前で演奏するというプレッシャーを払拭出来ないでいることを素直に白状すると、きくりお姉さんは少し考え込むような表情をした後、懐から1枚のチケットを手渡してきた。
「それ、今日の私のライブチケット。よかったら見に来なよ、この間のライブのおかえしみたいなもんだからさ」
ついでとばかしに、きくりお姉さんは他の皆にもチケットをタダで配る。
それを皆が遠慮がちに財布から千円札を取り出すので、私もと財布を出そうとする。
「いやいや、それ本当にあげるよ」
ぜっ……絶対に無理してる!?いつも安酒ばかりのお姉さんが物をタダで渡すなんて、きっと大人の威厳を見せる為になけなしのお金を削ってるんだ。
「お……お姉さん。私、そんなことしなくてもお姉さんのこと大好きですからね」
「ちょ、ちょ、ちょ〜い!えっ、ぼっちちゃんは私のことを学生から金を巻き上げる貧乏バンドマンだと思ってる?」
れ……零士君も昔言ってました。優しい嘘は生きてくうえで必ず必要となる時があるって。
「お〜い、ぼっちちゃん?そんな優しい微笑みと涙浮かべないで!あっちで先輩が鬼のような顔でこっち睨んでるから!?」
奥の方を見れば、確かに鬼も慄くような恐ろしい顔で睨みつけている店長さんの姿があった。
「も〜、こう見えてねぇ〜、私インディーズでは結構人気なバンドなんだよ」
「じゃあなんでいつも安酒なんですか?最近じゃシャワーもうちで借りてくし」
「家賃払え」
信用してもらおうと頑張れば頑張る程、虹夏ちゃんと店長さんに追い込まれてる。
「う〜、こうなったら実際に私の演奏を見せつけて証明してやるんだから!さあ、新宿にレッツゴ〜!!へぶっ!?」
そう勢いづきながら外へ出ようとするが、酔いのせいでドアではなく壁は突進していた。
本当にあの調子でライブだなんて大丈夫なのだろうか?
なにはともあれ、結束バンドメンバー全員で新宿へと電車で行くと、駅は人でごった返しになっており、人見知りであるひとりは完全に縮み上がってしまう。
「あっ、今日のライブ凄くよかった……です……」
「まだ会場にすらついてないでしょ!?」
人混みに気押されて動けないひとりを引っ張って新宿FOLTを目指して歩く。
「っていうか、後藤さんはデートする時は人混みはどうしてるの?」
「えっと、零士君はデートじゃなるべく人混みのない場所を選んでくれますし、零士君と一緒なら他は気にならないっていうか……」
「は〜い!この話題はやめようか!!お姉さんショックで倒れちゃいそうになるからね!」
やさぐれた大人には眩しすぎるこの話題はNGらしい。
駅から少しばかし歩くと、道の先で見覚えのある人が見覚えのない人と一緒にいた。
「これとかどうかな、零士君?」
「いいんじゃねえか?お前にお似合いだと思うぜ」
私と同じピンク色の髪をした女の人と一緒にガラス越しに商品を眺めている。
その距離感や立ち振る舞いは何処からどう見ても彼氏彼女の関係を想わせる。
誰もがその光景に絶句している。まさか、あの男が!?と驚きを隠せないでいるのだ。
だが、自分の目を疑った喜多ちゃんが切り込んできた。
「えっ?あれって後藤さんの彼氏さんじゃ……?」
「……見なかったことにしよう。それがいい、多分……」
いつもは能天気で空気の読めないリョウであるが、流石にこの場に居続ける選択肢を取るほど愚かではなかったようだ。
なにより、彼氏の浮気現場を意図せず直接見てしまったぼっちの反応を確認するのが怖かった。
「そう……ですね……。あはは、いつか……こうなるんじゃないかって……あれ?なんでだろ?覚悟……してたんだけどな……」
自己肯定感の低いひとりにとって、あまりにも理想的過ぎる彼氏である零士に自分では釣り合っていないと常日頃から感じていたし、いずれ自分に飽きて誰か別の人のところへ行ってしまうのだろうと覚悟もしていた。
けれど、これはあまりにも突然過ぎてひとりの未だ幼い恋愛感情では到底受け止められないでいた。
いや、本当は違う。何処にも行って欲しくなかった。ずっと一緒にいて欲しかった。
高校が違うとなった時も酷く苦しい思いをしたが、恋人という繋がりが断たれようとする苦しみに比べたら……。
「うっ……、ひっく……、やだ、やだよぉ……!」
ポロポロと声もなく泣いてしまったひとりを見て、皆が悲しみを覚えた。
その場で膝をついて静かに泣き崩れる彼女の姿を前に怒りに燃えぬ程、人でなしの者はここにはいない。
「許せねぇ……!!」
廣井きくりに学生恋愛の知識や経験はない。ましてや男女の色恋の関係性など無縁の世界で生きており、人が付き合う別れるの話の理由やら動機なんて分かる筈もない。
しかし、大切な音楽の後輩が目の前でクズな男に泣かされている。
これだけで拳を握る理由には充分だ!
気付けば一歩足を踏み出し、その勢いのまま、未だこちらに気づいていない零士へと飛び掛かった。
「っ死ね!この最低2股浮気野郎めぇ!!!」
「はぁ?」
きくりの怒りのドロップキック。ミス!零士はひらりと避けてきくりを抱き抱えてしまった。
「こんのっ!は〜な〜せ〜!!!」
「あんた、確かひとりの知り合いだったか……?」
地面に倒れて怪我しないようにと、急にドロップキックしてきたきくりを零士は空中で脇挟んでキャッチするという神業を見せる。
「ふぇ!?なんですかあなたは!?」
「そこの君!騙されるなよ!この男は彼女持ちの浮気野郎だ!」
零士の脇に挟まれる酒気帯びした女性に話し掛けると割かし度胸のあるピンク髪の女性に、きくりが大声で警告する。
「えっと、零士君が彼女持ちなのは知ってるけど、浮気というのは?」
「ふへぇ?」
「???」
「あ~、なんか誤解してねえか……?」
状況を理解出来ていない零士は取り敢えずきくりを降ろすと、人混みに紛れて泣き崩れているひとりの存在にようやく気がつく。
「っ!?おい、どうした、ひとり?」
慌てて駆け寄ると、周りにいたひとりのバンドメンバーに困惑した様子で今のひとりに零士を近寄らせまいと立ち塞がって止められる。
「おい、これは一体どういうつもりで……、いや待て?」
ここで少し冷静になった零士の脳裏に先程のきくりの発言と行動、そして今まで自分が誰といたかを客観的視点で一瞬で整理する。
つまり、俺はひとりに黙って別の女とデートをしていた風に見られてしまったということだろう。
あちゃ~とばかしに顔を覆う。あまりにタイミングの悪い出会い方に、思わず存在しない神様に恨み言を零す。
けれど、これは誤解を解かねばならない。壁として立ち塞がる彼女らを普通に押し退けて泣いているひとりに近づく。
「ひっぐ、ぐすっ……」
「お~い、ひとり」
「っ!れ、零士君……」
泣きじゃくっていたひとりは声を掛けられて、ようやく近づかれたことに気がつき、急いで離れようと立ち上がって逃げようとする。
しかし、運動神経のないひとりがいくら慌てて逃げようとしても、運動神経抜群の零士からは逃れられる訳もなく、腕を掴まれて止められてしまう。
そのまま決して逃げられないようにと腰を抱かれて拘束されてしまう。
「どう……して……?」
後ろから抱きつく態勢になっているのでひとりの顔は確認できないが、声からして泣いているのは分かる。
ここまで泣かれていることに酷く胸が痛んだが、それでも誤解だけは解かねばならないと言葉を続ける。
「あ~、そのどうしてって意味がよくわからねえけど、一つだけちゃんとお前に言っておかなきゃならない言葉がある」
「……聞きたく……ありません……!」
多分というか、十中八九別れ話の類だと勘違いしてるんだろうな。ここまで強くひとりに拒絶されるのは初めての経験だが、俺はそんなひとりの拒絶の声を無視して言葉を続ける。
「……ひとり、俺はお前が大好きだ」
「っっっ!?……嘘」
耳元で優しく囁かれたその言葉に動揺を隠せないひとり、だけどまだ信じきれない。
だって、今さっきまで別の女の人といたもん。しかも凄く綺麗な人。自分と似たような髪の女の人。
こんな陰キャと違って、明るい太陽みたいな人の方が誰だっていいに決まっている。
「だってあの人の方が零士君にお似合いでっ──!?」
「ひとり、そういう嘘は嫌いだぞ……。いいか、俺は……!」
そう言ってひとりの身体を正面に向かせると、その綺麗な瞳に俺を……俺だけを映し出させる。
「変なところでポジティブな癖に、一度ネガティブになるとお前は人の言う事を信じないからな。これ以上駄々をこねるなら、その口を子供に聞かせられねえ方法で塞ぐぞ!」
「あ……あぁ……、あぅ……!」
いつもよりも真面目なトーンでそう告げると、ひとりは先程の泣き顔から一変して真っ赤に染めた顔を両手で塞いでしまった。
完全に2人きりの空間、その甘い雰囲気に周りが耐えられず、2人の間に割って入る。
「あの~、私達はいつまで君らのラブコメを見せられていればいいのかな?」
なんかよくわからんままに一先ず一件落着の雰囲気が出来たと判断した虹夏が呆れたような顔で割り込んできた。
その隣には、先程まで零士と一緒にいたピンク髪の女の子の姿もあった。
「えっと、初めまして!私、小野寺なでしこって言います。零士君とは別にそういう関係とかじゃなくて、部活の繋がりでここにいます!」
そう言って、なでしこはひとりにペコリと頭を下げる。
「あっ、その、変な誤解してすみませんでした!えっと、それで、部活の繋がりっていうのは?」
「ん~とね、私はバスケ部じゃなくて登山部の部員なんだけど、それで登山用の靴を買いにきたら零士君とばったり会ってね。零士君も部活でのシューズがボロボロになったって言うから、ついでだから一緒に買い物しよって私から誘ったの!って、今回の原因作ったの私じゃん!?ご……ごめんね~~!!」
「いえ、ちゃんと零士君を信じられなかった私が悪かったんです」
なでしことひとりが互いにペコペコと謝り合っているのを見て、零士はホッと安堵の息をつく。
「ったく、俺がひとり以外の女と付き合うかっての……」
「いや~、モテる男は言う事が違うね~」
「……はぁ~、いきなり蹴り込まれたのは文句言いたいとこだが、姉さんが逃げない選択してくれたおかげで助かった……」
マジであのままこっちが気が付かずにこの場から逃げられてたら、2流の恋愛漫画みたく面倒臭いすれ違い生活が始まってたかもしれないから、この酔いどれの姉さんには一応は礼だけは言っておく。
「っていうか、お前らはなんで新宿に来てんだ?」
「そりゃ~、私のライブを見に来てもらおうと誘って……、ヤバッ!?皆、急いでFOLTに行くよ。もういつの間にか時間がヤバイよ!」
「それはマズイ!せっかくタダで貰ったのに、遅れて見れないのはもったいない」
そう言って、ドタバタと慌ただしく走り去ってしまった。
去ってゆく背中を見送りながら、なでしこがニヤニヤした顔でこっちをからかってくる。
「……ねえ、あの彼女さん。零士君が言った通り可愛い子だったね」
「だろ、中学の頃はもっと面倒だったけどよ、今じゃ肉体関係持ちなんだぜ」
「に……肉……ぴゃあっ!?」
どんな想像をしているのか手に取るように分かるが、違うぞと意趣返しも込めて否定する。
グダグダと勘違いを引き伸ばして話数を稼ぐ手法は俺は大嫌いや!こういうのは速攻で決めるのが漢だぜ!!!
あと、感想でヤンデレひとりが好きって人がおるんやけれど、皆はどう思う?
ちなみに、俺も目のハイライト消したひとりちゃんは好きだよ。