これからもこの調子で続けばいいな。
文化祭初日、ひとりのクラスではメイド喫茶をするらしい。
すなわち、ひとりのメイド服を見れるチャンスということ。
あいつはいつもおどおどしたり、普段の奇行のせいで勘違いされているが、前髪をどかしてしっかり前を向いていればアイドルになれるレベルの素質は持っている。
それがメイド服を着て奉仕するとか。
「結構、ワクワクするな!」
どんなご奉仕をしてもらおうかと妄想していると、ひとりが通う秀華高校が見えてくる。
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「あ、皆さん。ど、どうも……」
一般的なメイド服を着たひとりが教室にやって来た結束バンドの皆を迎え入れる。
「「か、かっわいい~~!!」」
「お~、やはりぼっちはダイヤの原石!!」
いつものピンクジャージと違う、清楚なエプロンタイプのメイド服に皆、驚きと興奮を隠せない。
「あ、あんまりジロジロ見ないでください……恥ずかしいです……」
もじもじとスカートの裾を引っ張るひとり。
その仕草がとても可愛い。
「なあ、あれって確か、呉ナントカさんじゃね?」
「服装1つで雰囲気が滅茶苦茶変わるな」
「俺、ちょっと文化祭一緒に周らないって声掛けようかな?」
裏方で働いている男子がひとりをチラチラ見ながら下心満載で相談する。
「あの、その、れ、零士君は……?」
「う~ん、まだ見てないな?」
「どうせ来る。あの男がこんなレアなぼっちの姿を見逃す筈がない」
「ですね!」
「え、えと……、そうですか……」
まだ来ないのかと不安そうな顔をするひとりに、もう1人のメイド服を着た女子がやって来る。
「あ!いたいた!ちょっとこっち来て!」
「あ、は、はい」
その女子はひとりの手を引いて教室を出ていく。
「はいこれ!」
「えっと、これは……?」
渡されたのはメイド喫茶と書かれた看板だった。
「後藤さんって接客は難しいんだよね。それにメイド服もすっごく似合ってるし、教室前で看板持ってお客さんを呼んで欲しいの!」
ねっ!と頼まれれば断ることが出来ないのがコミ症だ。
流されるままに看板を持たされて教室前で客寄せ人形として立ち尽くす。
彼氏である零士も来るだろうからと、変な風に見られないようにと精一杯の笑顔で看板を持つ。
「へ~、メイド喫茶か……」
「あの子、結構可愛いくね?」
「なんかおどおどしてるのが庇護欲誘うよな」
「あ、あわわわ~~!」
とはいえ、メンタルが蠟燭のように折れやすいひとりの気合いは長くは続かなかった。
道行く人に見られ続けたことで、ひとりは恥ずかしさのあまり現実逃避として意識をこの世から遠ざけ、魂を離脱させることによってこの苦行から逃げおおせた。(つまり気絶したってこと)
「後藤さん、大丈夫かしら?」
「う~ん、大丈夫なんじゃない?なんだかんだ、零士君が来ればすぐにイチャコラするだろうしね」
「そうそう、大丈夫大丈夫。あっ!世紀末的風貌の輩が……!」
どうせ零士が来れば元に戻るだろうと楽観して見ていたら、ひとりの前に世紀末的風貌のふたり組が現れた。
「お譲ちゃーん、看板持ちしてるぐらいなら俺らと遊ばなーい?」
典型的なナンパの誘い文句でふたり組のうちの片方がひとりに触れようとする。
その瞬間、ふたり組の体に異変が訪れる。
「な、なんだ?体がブルっちまってきやがる?」
「お、お前もか……!?」
寒いという訳ではない。今日は晴天で少し暑いくらいの気温だ。
ならば原因は何か?それは彼らの才能が感じ取ったからだ、強者の存在を!!
不良であるがゆえに持ち合わせた才能──、それは野生の世界とよく似る。
「わからねえ?わからねえが1つ確かなことがある!?」
「ああ……」
俺達の背後に何かとてつもなくヤバい奴が迫ってきている!?
彼ら不良の才能が──、否、細胞が視界に納めずとも見抜いた。
未だかつて出逢ったことのない、超規格外の爆薬!!!
それが自分達の後ろに迫っているということに!?
「「っっっ!!?」」
意を決して振り向いた先にいたのは、まさに巨人だった。
「よお、人の女になにしてんの?」
違う!人だ!?その身に纏う雰囲気、オーラともいえる圧倒的な威圧感に目が錯覚を起こしていたのだ!!
だが、目の錯覚を抜きにしてもデカイ!普通の一般男性の頭1つや2つ分は上であろうか!?
「「あ、あぁ……」」
眼の前にいる相手の戦力を瞬時に見抜く才能、それは時として喧嘩の強さ以上に重要になり得る。
ゆえにふたりの脳内にはチワワとライオンが相対するイメージが湧き、喧嘩を売るという愚行を犯さないで済んだ。
「わりぃな。こいつは俺のなんだ、ナンパは他所でやってきなボウズ共!」
「「は、はいぃ!!!」」
未だ呑気に気絶しているひとりの肩に手を回して抱き寄せる。
この2人の間に割り込める隙はないと周囲にアピールしてみせる。
「じゃ、じゃあ俺らはこの辺で……」
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!!」
脱兎のごとき逃走で逃げるふたり組を見送ると、ひとりに向き直る。
「お~い、しっかりしろ」
「ぼ~~っ、んはっ!!ふぇあっ!?れ、零士君!?」
気を失っていたらいつの間にか零士が唇が触れそうなくらいの距離で顔を近付けており、よくよく気が付けば肩に手を回された状態で、ひとりはあっという間に茹で上がってしまった。
「あぴゃぴゃぴゃ~~~!!?」
軟体動物のようにヌルリと零士の腕の中から素早く抜け出すと、そのまま教室にいる結束バンドの皆の陰に隠れてしまう。
「きゅ~~!」
「あちゃ~、ぼっちちゃんがメンダコになっちゃったよ」
「気絶から覚めてあれじゃ刺激が強すぎたんですね」
「ぼっちは零士と絡ませるとより面白い」
その間に、零士も結束バンドの皆と同席する形で席に座る。
「んじゃま、ここにお邪魔させてもらうぜ」
「うん、いいよ!」
「ふっ、傍から見ればハーレムだな」
このモテ男め!と隣に座る零士をからかうリョウだが、その程度で動じるほど甘いメンタルをしている零士ではない。
即座に自分の顔の良さを利用して、とてもいい笑みで「なら、俺とお前は男女の仲に見えるくらいお似合いってことだな」と返し、リョウを撃沈させた。
「ぐぅっ!こ、このタラシめ!」
「お前が先に仕掛けてきたんだろ」
普段はダウナー系のリョウだが、やはり女の子ということか、顔を赤くしてプイッとそっぽを向いてしまう。
それを見ていた虹夏は頼むから。男女の色恋沙汰でバンド解散だけは起こさないでくれ!と静かに心の中で願った。
「あっ、ご、ご注文は何にしますか?」
幸い、今のシーンを目撃していなかったひとりが仕事をすべく注文の確認にやってきた。
「ああ、ちょっと待ってね。えっと、ふわ☆ぴゅあとろける魔法のオムライスってのは?」
「あっ、ただのオムライスです」
「他のメニューも写真を見る限り一緒のように見えるが、中の具材が違うとかか?」
「いえ、全部メニュー名が違うだけで全部一緒なんです。その、メイド服で予算がなくなっちゃって……」
「ふ~ん、なら許すか」
「自分に正直か!?」
ひとりの説明を聞いて零士がひとりの服装を頭から足のつま先まで穴が開くレベルで見つめる。
結果、この雑なメニュー表へのクレームはせずに許しを出し、欲望に素直なその態度に虹夏ちゃんがツッコミを入れる。
その後改めてオムライスを4つ注文し、ひとりが注文を届けに裏方の方へ回る。
「あ、あの、オムライス4つお願いします」
「了解!……っで、あの悪人顔だけどカッコイイ人は後藤さんの何なのかな~?」
ひとりに看板を持たせた同級生が注文を受け取り、裏で働く男子に注文を回し終えると、料理が出来上がるまでの時間の間、先程の不良とのやり取りを見て気になっていた2人の関係を遠慮なく聞いてくる。
「あ、あの人はその……えと」
「ふ~ん、後藤さんってあまり人との付き合いが無い人かと思ってたけれど。どうやら違ったみたいね!」
同級生の質問に照れながらも言葉を濁して有耶無耶にしようとするが、そんな彼女の思いを見透かした様子で彼女はひとりに告げる。
「ねえ、後藤さん。同じクラスになってそこそこ経つけれど、私、貴方と仲良くしたいと思ったの。だから、これから私と仲良くしてくれる?」
「ふぇっ!?あ、あ、はい!こ、こちらこそよろしくです!」
距離を詰めて上目遣いで可愛く仲良くしたいと頼み込んでくる同級生に、ひとりは頬を赤らめてテンパリながらも承諾する。
「お~い!注文のオムライス4つ完成したぞ!」
「は~い!ほら、後藤さん。彼氏さんに持っていってあげなさいよ!」
出来上がったオムライスを受け渡すと、いい笑顔で背中を押してくれた。
「あっ……ふわ☆ぴゅあとろける魔法のオムライスです」
名前のわりにいかにも普通のオムライス。それを4つテーブルに置くと、すかさず虹夏ちゃんがメニュー表に書かれているメイド喫茶でありがちな美味しくな~れの呪文を注文してきた。
当然、そんな陽キャがノリでやるような恥ずかしい呪文をひとりが嬉々としてやるはずもなく、普通に嫌がったが、リョウもそのノリに加わってお客様は神様だと一昔前のクレーマーの常套句を口にした。
「俺としてもひとりに呪文を唱えて美味い飯が食いてえな」
ニヤニヤと意地の悪い笑みで頼んでくる零士に、ひとりはついに根負けして仕方なしに注文された呪文を料理にふりかける。
「あっ……ふわふわ……ぴゅあぴゅあ、みらくるきゅん……オムライス美味しくなれ……へっ」
ハートに形作った手から怨霊のようなものが料理に当たる。
「……パサついてる」
「あっ、冷凍食品なので……」
呪文のせいで余計に味が落ちたのでは?と疑問に思う。
この場合、ひとりの彼氏はどういった対応をするのかと、口に運んだスプーンを皿の上に置いて様子を見る。
「……不味いな」
遠慮容赦なくバッサリと残念な物を見る目で皿の上に置かれたオムライスを睨む。
そして、次の瞬間には、やけに楽しそうなニヤけ顔へと変貌し、席を立ち上がってひとりに近づく。
「客から金を取ってこんな物を食わせる悪いメイドがいるとはな。これはお仕置きが必要か?」
「あぅ……、ちょ、こんな人のいるところで……!?」
「人がいなけりゃいいのか?」
「そ、そういう意味じゃ……」
子猫を撫でるように下顎を擽られ、もじもじと内股になって恥ずかしそうにするひとりの耳元で囁く。
もはや完全に2人だけの世界に入っており、年頃のJKにとってこんな面白い展開を見逃すはずもなく、周りで接客していたメイド達は完全に手を止めて邪魔にならない声量でキャー!キャー!と黄色い声を上げる。
「ぐっ!あのクソイケメン野郎ぅ!!」
「イタイイタイ!現実で少女漫画ムーブとか痛すぎる!!」
「けど、顔がいいから普通に似合ってるのが悔しいぃぃぃ!!!」
裏で騒ぎを聞きつけて覗いてきた男子らは、メイド女子に抱きつく距離でイチャつく2人──主に零士──に嫉妬の炎を燃やしながらも、美男美女のカップルに目が釘付けだった。
「次はちゃんと呪文が唱えられるよな?これで失敗したら、どうなるか……口にするまでもねえな」
「は……はひぃ……」
ひとりの唇に指を当てて、次にちゃんと呪文を唱えられなかったら何をするかを仄めかす。
もはや腰砕け寸前のひとりは顔を赤く染め上げる。
「ここにお姉ちゃん達がいなくて心底よかったって安堵している自分がいる」
「それは私も同感。多分、ここにいたら店長が血を吐いて倒れてる」
「その光景が目に浮かびますね……」
面倒事を避けられて良かったと、結束バンドのメンバーが揃って胸を撫で下ろす。
「えっと、それじゃ、もう一回呪文を唱えますね」
零士に言われるがままに再び手をハート型にして呪文を唱える準備をする。
「ふ、ふわふわ、ぴゅあぴゅあ、みらくるきゅん、オムライスっ!お、美味しくな~れ♡」
今度はどんよりとした感じの呪文ではなく、背景に赤とピンクが入り混じったようなハートが乱舞する幻影が見え、手のハートからも怨霊ではなく真っ赤なハートの塊がオムライスに降り注いだ。
「ふっ、美味いな……」
先程、スプーンで掬った箇所と同じ部分を食ってみれば、今度は零士も満足する味へと仕上がったようだ。
それに対して、他の3人は……。
「なんか口の中でジャリジャリするような……」
「ねえ、虹夏。コーヒー注文したいからお金貸して」
「お砂糖が入ってるみたいに甘い感じがします……」
恋愛成分が多量に含まれた呪文の影響を受けて、3人は死んだような目でオムライスを口にして完食する。
不良との格の差を見せつけるシーンをこの小説を書いた時からずっと出したかったんや!!!!
感想欄で元ネタの話が一杯くるのを楽しみにしている。
もしこなければ、ショックで投稿頻度落ちるかも……。
なんて、冗談だよ……本当に冗談だから……。