クリスマス……それは恋人たちの為の祝いの日。
それは後藤ひとりにとっての勝負の日だ。
新宿FOLTでのライブもそうだけども、零士君とのクリスマスデートという大事も備えている。それがついに明日と迫っており、緊張のせいで家の中にいてもジッと出来ないひとりは一念発起する。
「もっとオシャンティーでハイカラな服を買いに行こう!」
今日はそんなひとりが、クリスマスデート用の洗練された衣装を買う為に、1人だけで買い物へとやって来たわけだが。
「し……知り合いに見つからないように新宿まで来たけど、周りの陽キャオーラが眩し過ぎる!!」
下北沢じゃ結束バンドのメンバーや店長さんにPAさんと鉢合わせる可能性があるので、わざわざ新宿まで足を伸ばしたが、よくよく考えてみれば陰キャボッチがこんなキラキラしてる街に来ても、雰囲気が違い過ぎてより陰キャ感が強くなるだけだ。もしかすれば、オシャレな街を暗くさせたで罪で逮捕なんかされたり!?
「あばばばば……!!?」
今も人目につかないように、道の端っこをコソコソと歩いているが、目的の店に入る勇気が湧かずに、ただただ時間だけが過ぎていく。
「うぅ……、どうしよう。せっかくここまで来たのに……」
このまま帰るのもなんだか違う気がして、うんうんと唸りながら歩いていたら、前から来た女性の鞄が私の足に引っかかってしまった。
「あっ、ごっごめんなさい!!」
「いえ、こちらこそ……って、ん?あ、あんたは!?」
「?──ッ!?!?」
聞き覚えのある声に顔を上げた瞬間、見覚えのある顔に条件反射で首を180度反転させて彼女の視線から逃れる。
「ダイナミック回避!っていうか、首大丈夫なの!?エグイ音してたけど!!」
「あっ、はい。問題ないです……」
まさかこの場所で先日会った大槻さんに再会するとは思わず、どう反応していいか分からず、視線があちこちに泳いでしまう。
「ちょっと!人が話しかけてんだからちゃんとこっち向きなさいよ!!」
「ぴゃっ!ご……ご……ごめんなさいぃぃ!!」
別にヨヨコも本気で怒ったわけではない。ただ会話するためのきっかけが欲しかっただけで、それがさっきの注意なのだが、普段まったく人と話さないし、話す相手といえば、ひとりをぐずぐずに甘やかしてくれる彼氏やそれを個性だと受け入れてくれるいい人ばかりな今のひとりにとって、叱られるという行為は一種の攻撃なのだ。
だから、謝りながらも、人に怒られたというショックにポロポロと涙を流して泣いてしまうひとりにヨヨコは本気で慌てる。
「うっ、わぁ……!」
「ちょっ!あ、あんなことで泣かなくていいじゃない!?……わ、悪かったわよ。もう怒鳴ったりしないから泣かないでぇ~!!」
♦
ひっくひっくと泣きじゃくるひとりの背中をさすりながら、なんとかなだめようと必死になる。
この時点でヨヨコは後藤ひとりとの距離感を測りかねていた。
(ホント、なんなのコイツ?)
初めはあの廣井姐さんに認められたギターリスト。てっきり、孤高の音楽に生きるような、そんな人物だと思っていた。
けれど、実際に会ってみれば常に下を向いて人との目線を合わそうともせず、その態度はただの人見知りで子供のような臆病な性格。
もしかして、こんな性格をしているから姐さんも気に掛けているのだろうか?
「それで、あんたはなんでこんな所にいるわけ?私達、SIDEROSのライブを観に新宿へやって来た訳じゃなさそうだし、今日は1人だけで来たの?」
「あっ、はい……。今日はその……買い物にきたんですけど……」
なだめられてようやく泣き止んだひとりに、ヨヨコは気になっていたことを聞いてみた。
この性格では1人で買い物に行こうと思えたことがそもそも凄いことだと思う。
なんだかもう、ライバルというよりも幼い小さな子を見守る母のような心境だ。
「っで、買い物って何を買いに来たわけ?」
「あ~、えっと、それは……」
またボソボソと何を言っているのか聞き取れない小声にイラッとなるが、同じ失敗は繰り返さない。
先程よりも優しく聞き返せば、非常に申し訳なさそうに明日の彼氏とのデート用の服を買いに来たのだと……はぁ?
「じゃあなに?あんた、明日大事な私と姐さんのライブの日に彼氏とデートするってことぉぉぉ!!!」
「ひゃいんっ!!」
私の怒声にまた泣きそうになるが、今回はもうなぐさめたりはしない。
明日のライブをなんだと思っているのか!?別に彼氏とデートをするなとは言わないが、バンドマンならライブを優先して考えなさいよ!!
「そもそも、あんた1人で来たって言うけど、あんただけで服を選ぶつもり?」
「そ……そうですけど……?」
「っ! そんな新宿をピンクジャージでうろつくセンスのあんたに服を見繕えるわけないでしょ!?」
ガーン!とショックを受けているひとりを引っ張って店に連れて行く。
ショックを受けて放心状態だったひとりを店内に連れ込むのは簡単だったが、店内で正気に戻った後藤ひとりの拒絶反応とでもいうべき、奇行には本気で頭を悩ませた。
まずは店内にいることに気づいた瞬間、出口に向かって走り出そうとするし、選ぶ服はオシャンティーと言いながら、どう見てもなんでこんな店にこんな服が?という不釣り合いな一発ネタのような服ばかりで、店員に服を選んでもらうは陰キャ的に無理と……。
「あんた、マジで本気にデート用の服を買いに来たわけ?」
「うぅぅ……、いつもはネットとかお母さんと一緒に買いにきてるので」
「だからって、今時の小学生の方がまだマシな買い物ができるわよ。っで、どういった服がいいわけ?」
「へっ?」
「へっ?じゃないわよ。私が選んであげるって言ってんの!何か文句あんの!?」
「いいいいえ!!?別にそんなつもりじゃ……」
「だったら、早く言いなさいよ」
「…………その、今時女子みたいなおしゃれな感じで、……ちょっとエ……エッチな……服……が……」
「……はぁ?」
今時女子のおしゃれな服、これは理解できる。彼氏とデートするならそういった服を求めるのはよ~く理解できる。
でも、エッチな服ってなに?それってデートとかじゃなくてもっと別の……!?
ここで明日がどういう日で、何故たった1人だけでこんな所までひとりが買い物にやって来たのかを察する。
「まさか、あんた!?その……するの……?」
「……っ!」
恐る恐る聞いてみれば、顔を真っ赤にさせながらも無言で頷くひとりに、私はマジか!?といった顔で見返してしまう。
「ちょっ!えっ!噓ぉ!?こ……高校生でそのせっ……!なんて法律で許されてないわよ!」
「えぇっ!?そ……そうなんですか!?」
「……ごめん、多分大丈夫だから。そんな絶望したような顔しないでちょうだい!」
勢いで口走った私の言葉を本気で信じて、ひとりが絶望した顔をしてきたことにかなり罪悪感が湧いてしまう。
すぐさま大丈夫だと伝えれば、ひとりは安心したようにホッと息を吐く。
しかし、この反応からしてまだ経験はないのだろうと安心するが、同時にこんな純真無垢そうな子がもうすぐ処女ではなくなるかもしれないという可能性に複雑な気持ちになってしまう。
「はぁ~、しょうがないわね。まったく、なんで私こんなことしてるんだろ……」
ぶつくさと文句を言いながらも、ひとりを近くに呼び寄せて似合いそうな服をあれでもないこれでもないと選んでいく。
私が服を選んであげているという現状に、ひとりは恐縮したように小さくなりながらオドオドしている姿はもう完全に小動物だ。
そんな姿を見ていれば、この子がまさか彼氏とエッチなことを……とはやっぱり思えない。
でも、いったいどんな男の子なんだろうか?バンドをしているのなら、応援してくれるファンの子?いや、この子の性格からして共通の話題とかありそうなギターの彼氏とかかな?
「ねえ、あんたの彼氏ってどんな奴なの?」
「零士君ですか、その……優しくてカッコよくてとっても頼れる人……みたいな!」
そんな、はにかんだ笑顔で答えるひとりの顔はまさに恋する少女とでも言えばいいのか。
彼氏を自慢するひとりの笑みは、確かに彼氏の1人や2人がいてもおかしくはない程の美少女だった。
「そ、そうなんだ。ふ~ん……。っこれは!」
女として1歩も2歩も先に進んでいるひとりを見て敗北感を感じていると、ふと私の視界にひとりが望んでいるであろう服が目に留まった。
かつて、眞妃お姉ちゃんが男を堕とす為に一度は購入を検討したというあの伝説の服!男の視線を釘付けにして、理性の壁を取っ払って本能をくすぐらせる卑猥さと女性の魅力を引き出す蠱惑の服!!
そう通称、童貞を殺す服と呼ばれる類のセーター服が目の前のマネキンに着せられていた。
私は折り畳まれているその服を一着だけ手に取って見てみる。
「これを着たら私も今度彼に会った時に誘惑することが出来るかしら?」
「大槻さん?」
「にょわっ!? きゅ、急に声を掛けないでくれる!?」
「ご……ご……ごめんなさい!! でも、大槻さん、その服持って固まってましたので……」
「うっ、これはその……。ちょっと待ってなさい!」
私はこの服を持って試着室へと駆け込む。
別にひとりの奴が彼氏持ちで焦ったわけではない。ただ自分に似合うか確かめたいから持ってきただけ。
だから、これを着てあの日出会った彼に再び会ったとき、あの日よりも魅力的になった私に振り向いて欲しいだなんて思ってないんだから。
「う、噓でしょ……!?」
鏡に映る自分の姿を見て、この服が私に似合うのかどうかなんて一目瞭然だった。
「…………」
「あ、大槻さん。その、どうでした?」
試着室のカーテンを開けて出てきた私を出迎えるひとりに、私は無言で手に持った服を手渡す。
「え?え?」と混乱するひとりの背中を押して試着室へ無理やりに押し込む。
別にあの服が私に似合ってなかったから不機嫌になっているわけではない。
そう似合っていないわけではないのだ!ただ圧倒的に足りていないとでもいうべきだろうか。女の最も大きな武器ともよべる部位がこの服を着るに足りていなかったのだ。
もう薄々分かっているだろうけれども、敢えて言わせてもらうわ!!
「私に……もっとおっぱいがあれば!!!」
試着室で試着した結果、鏡の前に立っていたのは胸元がちょっっっぴしスカスカになっている美少女だった。
服の説明には、胸元と背中がばっくり開いて超セクシーなゆるゆるがセクシーな背中&前開きセーター。見えそうで見えない前開き具合と絶妙な着丈でパートナーは目のやり場に困っちゃう♡
そう書かれていたが、それはあくまで豊満な胸を持っている女性への説明だ。平均……そう、日本人女性の平均サイズでは前部分がふとした弾みで丸見えになる危険性と、胸を強調させる作りのせいで残念さが滲み出る姿へと変貌してしまうのだ。
というか、あの服を高校生が着る行為自体が間違いだったのだ。
あれはもっとグラビアとかレースクイーンを目指す女性が着るものだ。
生粋のバンドマンである私達には分不相応な代物だったのだ。
アレを着れば後藤ひとりも自分の要望がいかに高望みであったかを自覚するだろう。
「とはいえ、一応のフォローとかしてあげないと、あの子すぐ泣いちゃうし、やれやれってやつね……」
まるで手のかかる妹が出来た気分だった。だが、悪い気分ではない。
そもそも、明日のライブも廣井姐さんが私のために交友関係を広めるっていう目的で結束バンドを誘ったって言うし、ここはお姉さんな私の方から歩み寄ってあげないとダメかしらね。
「あ……あのぉ、着替え終わりました」
「あら、それでどんな感じ……だった……」
試着室から出てきたひとりを見た途端に絶句する。何故なら、私では着こなせなかったあの童貞を殺す服を文字通りの意味で着こなす後藤ひとりの姿がそこにはあったのだから。
あのダサいピンクジャージの上からでは判断出来なかったが、G?いや下手をすればHもあり得るサイズがそこにはあった。
ひとりが試着室から一歩出ると、あの服によって強調されたその胸部がぷるんと揺れて持つ者の格差というものを視界にダイレクトに突きつけられた。
今この場で膝をつかないのは女としての意地か?はたまた、あまりのショックに現実感がないから?
なんにせよ、こんなものを見せつけられては認めざるを得ないだろう。後藤ひとりはこの大槻ヨヨコの遥か先にいる美少女であるという事実を!!
「あの、これインパクトとかないし、最近の女性っぽさなオシャンティーがなくて地味なんじゃ……?」
「っっっ!!!」
この時、後藤ひとりの無駄にデカイ駄肉をぶっ叩かなかった私の理性を褒めてあげて欲しい。
胸にそんなインパクトの塊みたいなものをぶら下げといて言う台詞がそれか!?
そもそも、コイツの言うオシャンティーってなんなの!? ただ断言するわ! コイツのイメージするものは絶対にズレてるし、オシャンティーという名の
「いいから!それ買っときなさい!!あんたの彼氏がどんな奴かは知んないけど、胸さえ出てる服なら男なんて簡単に鼻の下伸ばして喜ぶわよ絶対!!!」
「はっ、はいぃぃぃ!!!」
逃げるように会計に走るひとりを見送ると、この後に自分の服を買う予定だったのが馬鹿らしくなり、もうこのまま帰ろうかとさえ思えてきた。
「明日はライブだし、さっさと帰ってギターの練習しよ。にしても、後藤ひとりの彼氏ね。どんな奴なのかしら?」
この時の疑問が、後日思わぬ形で判明して私を悲劇のヒロインに仕立て上げるとはこの時の私は思いもしなかった。
次回が喜劇になるか悲劇になるか、もう予想はついているかなと思っていますが、作者から一言だけ「人の不幸が一番のメシウマぞい!」です。