クリスマスが終わり、普通の平日の朝。時間はもう少しで昼に差し掛かる頃。布団の中でひとりが目を覚ます。
「んぅ……?」
目覚めたばかりで寝ぼけているひとりは目を擦りながら上体を起こす。
「ふわぁ〜……。……あれ?」
そして、ひとりは自分が裸であることに気づいた。
そこで思い出されるのは昨夜の情事。ひとりは、ゆっくりと隣を見ると、当然のことながらすぅーすぅーと寝息を立てて眠っている彼氏の姿がそこにはあった。
「あ……。……えへへ……」
ひとりは、昨日、彼と愛し合ったことを改めて思い出し、照れくさそうに笑う。そして、布団の中に潜り込むと、再び彼の隣へと移動し、寄り添うように身を寄せる。
「……あったかい……♪」
季節は冬というだけが理由ではないだろう。彼の温もりがひとりをぽかぽかと温めてくれる。
「……へへっ……♪」
「んっ、……ひとり?」
くっつき過ぎたせいか、彼が目を覚ました。
「あ、ごめんなさい……。起こしちゃいましたね」
「んー、大丈夫……。おはよ、ひとり」
零士はふわぁ~っとあくびをしながら起き上がる。それに釣られるように、ひとりもゆっくりと上体を起こした。
「あ……。えへへっ……、おはようございます」
「ん? どうかした?」
「え……? あ、えっと……、そのぉ……」
「……?あっ!」
目覚めたばかりで働かない脳だったが、ひとりの顔から下の肌色に気づいた零士は、ひとりが上機嫌な理由に合点がいった。
思い出すのは昨日このベッドの上でしていた情事のこと。お互いやることをやってそのまま寝てしまった為、体中が汗と粘液でベタベタのままだ。
「あ~、俺は後でもいいから先に風呂に入ってこいよ」
「い、いや、そんな!私の方こそ後でいいので、先に零士君が入ってきてください!!」
「ん~、なら一緒に入るか?どうせお互いの裸なんざ昨日の夜にもう見ちまってるしな」
零士のその提案に、ひとりはビクッと反応しながら顔を赤らめた。
しかし、昨日の一件でそういった方面での度胸がついたのか、その提案には賛成なようで、コクコクとひとりは頷いた。
それから2人は風呂に入り、汗と粘液を洗い流して身綺麗な状態になる。
そして、風呂から上がった2人は着替えてホテルを出る。
「ううぅ……、なんだか股がジンジンして歩きずらいです」
「俺も普段は使わねえ筋肉を使ったせいか、多少筋肉痛だな」
帰り道、ひとりは股に違和感を。零士は軽い腰痛を抱えながら歩いていた。
だが、お互いにそれを気に留めることはなく、普段通りに会話を交えている。
そうこうしている内に2人は駅に到着する。
ホームにはチラホラと人の姿が見えるが、設置されているイスには誰も座っていなかったので、これ幸いと今も歩きずらそうにしているひとりを座らせる。
「ひとり、何か飲み物買ってくるけど何が欲しい?」
「え、そんな、別に大丈夫です!」
「遠慮すんな。俺も何か飲みたいしな。……そうだな。選ばないなら適当にひとりにはお茶にするけどいいか?」
「あっ、それならコーラがいいです」
「了解」
そう言って零士は自販機へと歩いて行った。
ひとりは零士の後ろ姿を見ながら思う。
(やっぱり優しいなぁ……)
ひとりは彼氏の自分に対する優しさを再確認し、胸がぽかぽかと温かくなるのを感じる。
そして、ひとりがしばらく幸せに浸っていると、零士は自販機で買った飲み物を持って戻ってきた。
「ほい、コーラ」
「あ、ありがとうございます……」
ポイッと投げ渡されるコーラをひとりは危ない手つきでキャッチすると、零士は隣に座り、自分の分のお茶の蓋を開けて飲み始めた。
ひとりも貰ったコーラを飲もうとするが、昨夜の疲れからかプルタブをうまく開けることができずに苦労していた。
「ん」
「あっ、ありがとうございます!」
見かねた零士が奪い取って代わりに開けてやり、それをひとりに手渡す。
「「…………」」
それから、2人は特に会話を交わすことなく、手元の飲み物を飲み干すまで無言の時間が流れる。
ただそれは気まずい雰囲気という訳ではなく、言葉を交わさなくても心地よいと感じる空気感だった。
こんなに心地よい雰囲気を誰かと共有できるなんて、今までのひとりでは考えられなかった。
普段は一人でいることが多く、家族といてもこのような雰囲気になることはあっただろうか?
周囲を気にせず、不快にさせることなく、面白いをやってウケなければなんて余計な事を考えずにすむ相手。
(ああ……。私、本当にこの人に出会えてよかったなぁ……)
そんな思いにふけていると、気づけば電車が到着する時間だった。
「さて、乗るか。腕を貸そうか?」
「はい……」
「っ!?くっつきすぎじゃね?」
その時、ひとりは零士の腕に自分の腕を絡めてしっかりと抱きしめ、顔を彼の肩に埋めた。
ひとりの行動に零士は一瞬驚いたが、すぐにいつもの余裕のある表情を取り戻した。
そして、2人はそのまま腕を組んだ状態で電車に乗りこんだ。
2人の乗る車両には昼間間近というのもあってか、そこそこの乗客が存在しており、満員ではないが座れる席がない程度には混んでいた。
しょうがなく立って乗る2人だったが、電車の揺れで倒れそうになったひとりの体を、零士はとっさに腕をまわして支える。
「大丈夫か?倒れそうになるくらいならしっかり捕まっとけ」
「はひぃ……!」
今まで散々ラブコメやって昨日の夜には男女の一線を超えたというのに、こんなベタ過ぎるラブコメ展開にひとりは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。
しかし、今日に限ってはその羞恥心よりも安心感の方が強いようで、ギューッと零士の腕を抱きしめる。
ガタッ!!
「すまん!ちょっと行ってくる!」
「ちょっ!野薔薇くん!!」
「まて!いくらなんでも知らない人に突撃かけようとするな!!!」
なんか端っこの席の方からガタイのデカイ男の人がメモ帳片手にこっちにやって来ようとしていたが、デカイリボンをした中学生くらいの女の子と赤い髪の男の人が必死になって止めに掛かっていた。あれは何だったのだろう?
結果、何事もなく2人は電車を降りて駅を出る。
いつもならこのまま別れてそれぞれの帰路へとついているのだが……。
「「…………」」
なんて言って別れるか、いつも通りの「また明日」や「さようなら」の言葉が出てこない。
少しの間、沈黙が場を支配する。そして……、
「……なあ、ひとり」
「ひゃいっ!?」
急に話しかけられたひとりは、素っ頓狂な声を上げてしまう。
いつもならそんなひとりの反応に笑ったりフォローしたりする零士だが、今回は真剣さともどかしさが合わさった顔をしていた。
「まあ、あれだ。将来さ、俺が金稼いで生活できるようになったらさ。一緒に暮らして、家庭とか作ったりとか……。あ~、つまりだ……ひとり、この先の未来で俺と結婚してくれるか?」
「っっ!?……はい゛!!」
いきなりの事に驚いて最初は言葉も出なかったが、ひとりは零士のその提案を泣きながら微笑んで二つ返事で了承する。
正直、ひとりの事だからいきなりの事でパニックって返事を後回しにされるのではないかと不安だったが、その心配は杞憂に終わった。
零士の口から安堵の笑いが漏れ、無意識に入っていた肩の力が抜けていく。
「ははっ、そっか……ありがとな」
そう言って零士はひとりに手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でる。
「あぅ……」
忘れているかもしれないが、ここは駅前で人は零士とひとり以外にも大勢いる。
こんなコテコテのラブコメを繰り広げられば自然と注目を浴びる。
拍手を送る通行人や、感動してはわわ~~!!!と口を押さえる女性もいる。
しかし、通行人の中には、零士の顔と告白されたひとりの顔を見て、嫉妬に燃えるような表情で唾を吐き捨て、悔しそうに見ながら去っていく者もいる。
そんな周りの反応に一切目を向けることなく、2人の世界に浸る。
っというか、零士はともかくとして、ひとりの場合は今のこの状況に気付けば恥ずか死ぬだろうから、周りの反応に気付かない方が幸せだろう。
さよならの言葉はない。ただまた明日だけと言って別れ、2人はそれぞれ自分の家へと帰っていった。
♦
朝帰り──正確にはお昼だが──なんて初めてのひとりは自分の家なのにまるで他人の家のような感覚を覚えながら、ゆっくりと玄関を開けて中へと入った。
そして、リビングの扉を開けて中に入るといつも通りのお母さんがそこにはいた。
「た、ただいま……」
「あら、ひとりちゃんお帰りなさ──」
「???」
こちらを見た瞬間、お母さんは言葉を失って固まってしまった。
そんなお母さんの様子に不思議に思って首を傾げると、お母さんが立ち上がってこっちに近づいてくる。
「そう、やっぱりそうなんだって分かっていたけど、ひとりちゃんも大人になったのね」
「お、お母さん……?」
お母さんは私を抱きしめて感慨深げに言う。
私はお母さんが何を言っているのか分からずに、ただ抱きしめられているだけだった。
「ふふ、首元の赤い痕。ひとりちゃん気づいてないかもだけど、色々と丸わかりよ」
「なっ!!?」
急いで首を手で隠すが既に見られた後なので、今更やったところで遅い。
「ふふ、お母さんが使ってるファンデーション貸してあげるから、それを隠しておきなさい」
そう言ってお母さんはひとりを自分の座っていた席に座らせ、自分は化粧品を取りにリビングを出た。
ひとりはその後ろ姿を見ながら思う。
(もしかしてお母さんもこういう経験あるのかな……)
♦
ライブハウスSTARRYには昼過ぎから結束バンドのメンバーが集まって次回のイベントに向けての練習を始めている。
ただその中に1人だけまだ集合していないメンバーがいる。
「う〜ん、やっぱり今日はひとりちゃん来ないですかね?」
「だろうね。きっと昨日はお楽しみだっただろうし、今もベットの上じゃない?」
「いやいや、まだそうとは決まって無いじゃん。ほら、昨日は盛り上がっちゃったから、ぼっちちゃんも疲れて爆睡して寝坊かもしんないじゃん!」
「いや、それ結局ベッドの上じゃね?」
3人はあーだこーだと憶測混じりの予想で口論していると、ライブハウスの入り口が開いてちょうどひとりがやって来た。
「あ、あの、遅れちゃってごめんなさい」
「「「っっっ!!?」」」
STARRYへ入ってきたひとりが普通に挨拶をしてきた。これ自体は特段驚くようなことはないだろう。
だが、その時のひとりの目線が床ではなくちゃんと真っ直ぐにこちらを向いていた。
自他共に認めるコミュ症であるひとりが人並みのコミュニケーションを取れるようになったことに、3人は驚愕する。
「お、おはよ~!ぼっちちゃん」
「おはようございます、ひとりちゃん」
「ぼっち、おはよう」
「あ、はい。おはようございます」
3人は内心驚きながらも、それを悟られないように取り繕って挨拶を返す。
そんな3人の微妙な変化に気付くことなく、ひとりは頭を下げてそのまま奥に荷物を置きに行った。
「ねえ、どう思う?」
「そりゃ、ぼっちが大人になったってことじゃない?」
「それって、やっぱりひとりちゃんと彼氏さんが……その……ヤッちゃったってことですか!?」
「う~ん、多分ね。だってあのぼっちちゃんが普通に挨拶したんだよ!?」
「確かに、天変地異の前触れでなければ、それくらい衝撃の強いことがあったってことだしね。ってか、昨日のクリスマスの打ち上げ後の様子からして当然と言えば当然じゃない?」
「で、ですけど!ひとりちゃんの事だから結局うやむやになったりなんて……」
ひとりがアダルトな意味で大人になった。その衝撃の事実を3人が話し合っていると、荷物を置いたひとりがジャージに着替えて戻ってきた。
STARRYに入った時、マフラーで首が隠れていたので気づかなかったが、首が異様に白かった。
化粧品に詳しい喜多ちゃんがそれに最初に気づき、その意味もすぐに理解した。
「ねえ、ひとりちゃん。その首に塗ってるファンデーション、もしかして……」
「えっ!これは、えっと、秘密です」
恥じらいながら隠すようにジャージの中に首を引っ込めるひとりは、上目遣いで口元に指を当てた。
その仕草が妙に色気があり、3人はすぐに直感で理解した。
(((あっ、これ確実にヤッてんな……)))
「がふっ!!?」
「て、店長!?」
その一部始終をカウンターで店の帳簿をつけていた店長が目撃し、ひとりの大人の階段を登った少女特有の可愛さとそれが意味する事実のダブルパンチに血反吐を吐いてカウンターに倒れ伏す。
一応PAさんが駆け付けて介護してくれてはいるが、アレはもう駄目かもしれない(二重の意味で)
ようやく男女の一線を超えました。
それにしても、BSSのアンケートが結構接戦してましたね。
色々と感想も送られましたが、その結果としてもしかしたらBSSの話を作るかもしれません。
見たい人もかなり多かったですし、もし完成したら短編小説として別作品枠で投稿するかもです。