あの進路相談といえるのか分からない会話をした日から数か月、ついに俺とひとりは中学を卒業し高校生になった。
中学の時も教室が違っていたために、普段のあいつの様子は休み時間以外では見ることは出来なかったが、恐らくは終始クラスメイトと目を逸らしているか、俺と初めて会った時みたく机に突っ伏して寝たふりでもしていたのだろう。
そんなあいつの性格が高校生になったからといってすぐに改善なんかされるわけないだろうし、どうせ今頃も自己紹介の時以外はビクビクしながら自分の席で時間が過ぎるのを待っているだけだろう。
いや、あいつは時たま妙に行動力がある時があるから、調子に乗って痛い服装で登校してクラスメイトに話しかけてもらおうと待ちの姿勢になってるかもだな。
「……おい、おい!鬼龍院零士!!次はお前の自己紹介の番だぞ!!気が抜けているのなら、家にでも帰るか!?」
「へ~い、すみません。さっきも名前を呼ばれた通り、俺は鬼龍院零士。一応、ここでレギュラーになって全国大会優勝を目指します!」
現在、俺の入学した高校の入学式が終わり、バスケ部に入部しての最初の挨拶の途中だった。
そんな中、俺はひとりの事を考えてボ~ッとしているところを怒鳴り飛ばされたが、俺は先輩からの怒りの声にも動じず、気の抜けたような返事と共に生意気な言葉を口にする。
当然、そんな事を口にすれば他の部員からヘイトが集まるのは道理、だが零士に対して他の新入生は敵対的な視線を飛ばすことなく、諦めたような哀愁の籠ったような視線だけを向けていた。
それもその筈、今ここに居る新入生は皆が中学の頃に零士に3年間もの間、大会でボロ負けした敗北者なのだから。
その実力差は圧倒的で、ありとあらゆる試合でミラクルプレイと呼べるようなテクニックとゴリラ並みのフィジカルで押し負かされ、自信もプライドもへし折られたのだ。
今この学校でバスケをしている2、3年生はここでの練習で負かされた記憶も薄れ、自信も取り戻しているので、先の零士の発言に生意気だと言いたげな視線を練習中にも関わらずに送り続けている。
そんな当の本人はというと、興味無さげに天井に引っ掛かっている球の数を数えていた。
「なんやなんや、随分と生意気な1年坊主が入部してきたのう。なあ、暁はん」
「いいじゃねえか、俺としちゃこういう生意気な野郎のが好きだぜ」
「なっ、市丸さんに暁さん!?す、すみません。新入生が生意気な口を……」
急に現れた2人組み。糸目で関西弁を喋るいかにも裏切りそうな雰囲気を持つ男が市丸。もう1人の赤髪で日本人離れした容姿の男が暁。
どちらもこの学校のレギュラーで、市丸はバスケは高校スタートにも関わらず、この学校でレギュラー入りする才能マン。暁は高校生になる直前でアメリカから日本に来た日本人とアメリカ人のハーフで、その実力はこの高校でエースを取れる程に高い。
2人とも、中学時代には全国大会に出場していないため、2人の目からすれば自信過剰な1年生にしか映らなかった。
「「っ!」」
っが、近づいて一瞬言葉を失った。
遠目からでは判別出来なかったが、厚い制服の上からでも見て分かる完成されたと言っても過言ではない肉体。
それだけで充分にレギュラー入りを果たせそうな実力者であると察した市丸と暁は息を吞んだ。
「へぇ~、君って随分と強そうやね。どうやろか、ワイと君で1on1をしてみいひんか?」
「おい待てよ、市丸。まずはここのエースである俺が腕試しってのが筋だろうが!!」
急な提案に俺が何かを言う前に勝手に1on1をする流れになっていた。
新入生の教育係である2年の先輩は年上のそれも目上であるレギュラー選手である先輩に萎縮して何も言えないでいる。
このままグダグダとしても無駄に時間が掛かるだけだと判断した俺は、溜息と共に口を開いた。
「はぁ~、面倒くさい事言ってんじゃねえよ、先輩方。時間が勿体無ないし、ここは2on1でいいぜ。勿論、俺が1であんたらが2だ」
指差して挑発とも取れる提案に、先程まで言い合っていた2人の口論が一時ストップする。
「なんやて?今なんて言ったかもう一度ハッキリと言ってくれへんか?」
「おいおい、俺は生意気な野郎は好きだと言ったが、それでも限度はあるぜ」
殺意に近い感情で迫る2人に周りにいた奴らは速攻で俺から距離を取った。
その中には教育係の先輩も入っており、俺は内心でおいおいと呆れていた。
「まあ、疑う気持ちやムカつく気持ちも分らんでもないですけれども──」
パキポキと骨を鳴らして準備運動を始め、ぐ~っと体を伸ばして準備完了をアピールする。
「まずはぶつかってみないことには始まらねだろ!」
「上等や、ガキんちょ!!」
「言っとくが、こっちが2人がかりだからって手加減はしねえぞ!」
急遽始まった2on1。ボールは当然のように俺の手に渡った。
先手を譲るのはハンデのつもりだろう。数回ボールをドリブルして手の感触を確かめる。
「用意はいいか?先手は譲ってやるから、かかってこいよ1年坊主!」
「言っとくけども、暁君の実力を中学レベルよりちょっと上くらいに見とったら後悔するで!」
どっちも既に準備万端でやる気も満ち溢れている。
まっ、それくらいの方が遊ぶ相手としてはちょうどいいか。
「じゃあ、遠慮なく……なっ!」
ダンッ!と床を踏みつけるように走り出すと、一気にトップスピードへと加速させていく。
小手先の技術などは始めは使わず、まずは一直線に身体能力で突破を計る。
「は、速いやんけ!?」
「へえ、確かにこれはなかなかのモンだな……」
あっという間に手の届く距離まで詰め寄られた2人は驚きながらも即座に反応し、俺を止めようとブロックに入った。
まず前に出たのは市丸だ。俺はそれに対して足を止める。っと同時に床を蹴って加速した。
「なっ!?」
停止からの即座の加速によるフェイント、通称ヘビーステップに意表を突かれた市丸は棒立ち状態で抜かされた。
「へぇ、今のはいい動きだったぜ。だがな、俺は抜かせねえぞ!!」
市丸を抜かせば、次は暁がゴール前で待ち構えていた。
流石はアメリカ人とのハーフと言うべきか、その身長は2mくらいあり、身長190の俺の目線からしてもまるで壁が現れたようなプレッシャーを感じてしまう。
(やっぱり、こうして対面するとデカイな。だが、ゴールまでの射程距離圏内まで残り5歩前後、視線からしてフェイントの類は慣れている。体格に反して反射速度と行動速度は速い)
対峙した一瞬の間に脳内で現状の問題を並べて整理する。
そして零士が出した結論は。
「全て、問題なし」
その一言が口から零れ出た瞬間、零士は腰を落とし、低い姿勢で暁の横を抜けようと動き出した。
だが、その動きをあらかじめ読んでいたように、暁は自身の横を抜けようとした零士を捕まえようと手を伸ばした。
「んなの、こっちはやられまくって慣れてんだよ!!」
身長差を利用しての動きには慣れている暁は零士を容易に捕らえた。
──かのように思えた。
「んなっ!?」
「甘いんだよパイセン!」
まるで煙を掴んだと思わせるぐらい零士は暁の手をスルリと避けていった。
それは技などではなく、単純な身体能力による速さの差で追い抜かれた。
そして俺は圧倒的なまでに差を見せつけて華麗にダンクを決めてみせた。
それはもう言い訳の使用もない程に力の差を見せつけられた2人はしばしの間、茫然自失と立ち尽くしていた。
そんな2人に俺はまだ続ける気があるのかと問うと、2人は悔し気な顔をしながらも勿論と口にした。
今度はボールを先輩に渡していざ再戦といったところで体育館に監督である顧問が現れた。
「おい、これはどういう状況だ?暁、市丸」
「げぇ、先公!?」
「あっれぇ?今日は職員会議でこうへんって聞いてたんやけどな~」
困った顔でどうしたものかと悩んで頬を掻く2人。
これでは勝負するどころではない。
その後、俺を残して先輩らは監督に連れられて消えていった。
残った部員は各自練習を続け、新入部員は軽くここでの練習を経験させての解散の流れになった。
「さて、帰りにひとりの高校にでも寄って放課後デートにでも誘ってみるか」
♦
「さて、どうだった?鬼龍院零士。未来のプロバスケ選手と名高い奴の実力は……」
「いや~、お説教やのうて助かったわ~。んで、あの生意気坊主の強さな~。はっきり言って即戦力は間違いないやろな」
「だな。技術力はまだまだ伸びるだろうが、身体能力は既に完成されてるだろうな。アメリカのハイスクールでも最上位に入る実力だぜ!」
「ほう……、それは面白いな」
部室にて先程の対戦で感じた2人の見解を聞いて、顧問である男は髭を撫でながらニヤリと笑う。
その姿はどう見ても悪人にしか見えず、市丸も暁も相変わらずの悪人面やなとと心の中で思っていた。
この男の名前は黒鉄大我。
元NBA選手の日本人であり、今は指導者の立場としてこの高校のバスケットボール部の顧問をしている。
かつては日本のプロチームに在籍しており、日本代表にも選ばれていた。
だが、膝の故障が原因で現役を引退してからはコーチ業に転向し、母校のこの高校で監督を務めている。
そんな彼は今年スポーツ推薦で入学してくる生徒の1人である鬼龍院零士に注目していた。
♦
高校デビューは誰からも話し掛けられず、結局中学と変わらず1人で帰るハメになった私……。
一応、ギタリストだと分かるようにギターを背負っていたというのに、何故か誰からも話し掛けられずに終わってしまった。
やっぱり、他力本願じゃダメだよねと自己嫌悪しながら帰りの電車に乗っていると、なんだか無性に零士君と会いたくなってしまう。
考えてみれば、中学3年になってからは毎日ではないにしろ、下校時は零士君と一緒に帰ることが多かったから、これから1人で帰るという事実に無意識に溜め息が出る。
ピロン♪
スマホのLINEにメッセージが届く。家族からかな?と思ってポケットの中に入れていたスマホを取り出して見てみると、まるで空気を読んだように、私の……か、彼氏である零士君から放課後デートのお誘いがきていた。
未だに堂々と彼氏であると言うのは気恥ずかしさが残るが、それでもこうして誘われるのは嬉しい気持ちになる。
私はたどたどしい指でスマホをいじりながら、零士君からのデートのお誘いをOKする。
待ち合わせ場所はここの近くにある下北沢という場所だった。私は急いで乗っていた電車を降りて乗り換える。
時間は午後2時と入学初日ということで学生が遊ぶのには少し早い時間だけど、今日は部活見学とかもあっただろうし、多分零士君も疲れてるんじゃないかなと思う。
それでも、こうしてお誘いしてくれたなら会いたいと思ってしまうのは私が誘惑に弱いダメな女だからなのでしょうか。
(うぅ……、また緊張してきたよぉ)
胸をドキドキさせながら電車に乗り込むと、空いている座席に座ってほっと一息つく。
そして再び零士君のLINEを開いて待ち合わせ場所を確認する。
このいかにも彼氏彼女のやりとりという行為に、つい頬が緩んでだらしない顔になる。
「うへぇへへへ~~~」
最初の頃はいきなり彼氏になるだなんて言ってくるから、てっきり私を騙そうとしているんじゃないか?なんて疑っていたけれど、最近では長く接してきたことで零士君の人となりも知れて、今では恥ずかしながらもデートを楽しめるぐらいには彼女としてやっていける自信……というか気があるというか……謎になんか出来そうな感が出てきた。
(今日がデートだって分かってたら、服装もジャージじゃなくてお母さんが買ってきた服にしてきたのに……)
今でも服装は基本的にピンクジャージを身に着けているが、デートの際に並んで歩いているとおしゃれで顔も怖いけどワイルドみのある零士君と万年ジャージの芋女丸出しの私という組み合わせが周囲から浮いてしまうので、最近ではデートの際にはあまり着ないようにしている。
お母さんの買ってくる服はあまり趣味ではないけれど、それを着て零士君と並んでいると周りの人の視線がそこまで痛くない……ような気がしている。
零士君もその時の私の服装をよく褒めてくれるし、決して似合っていない訳ではないというのはこんな私でも理解できる。
そんな事を考えていると、もうすぐ集合場所である下北沢駅が近づいてきた。私は電車を降りてすぐの待ち合わせ場所に到着する。
私は帰る途中で引き返してきたから、多分もう待ち合わせ場所に零士君がいるだろうし、早く行かなくちゃ!!
急いで待ち合わせ場所に向かうと、視線の先に柱にもたれかかって待ちぼうけてる零士君の姿が見えた。
あっ、もう零士君が待ってる。早く声を掛けなきゃってあれ?誰かと喋ってる?
「ねえ、お兄さん。ここに1人でいるってことはもしかして暇?」
「ならさ、私たちと一緒に遊ばない?」
「……ああ、悪いな。こちとら人と待ち合わせ中だ」
なんか零士君が年上の女の人にナンパされてる!?
そりゃ、零士君ってカッコイイし、なんかいい匂いもするし、身だしなみもおしゃれで、スタイルだってスポーツマンらしくてガッシリしてるし、こ…声だってイケボで文化祭では人一倍目立っていたし!!
ど…どど……どうしよう?このまま私が突入してこの人、私の彼氏です!って言うべき!?でも、あの女の人達って遠目からでも美人で可愛いし、高そうなアクセサリーとかブランド物っぽい服装からして、きっとお金持ちの娘とかなんだよね?
あぁ~~~~~~!!! 私は頭を抱えてその場でしゃがみこんでしまう。
今この場で飛び出しても、こんなジャージ女が何言ってんだってなるんじゃ!?最悪、零士君もこんなダサい女と付き合ってるなんて思われたくないなんて対応をされたら、それすなわち──
死
「あびゃばばばば!!!」
「うわなにっ!?」
「もしかして病気?持病か何かかしら?」
はっ!?思わず最悪な未来を想像して奇声を上げて倒れてしまった。
しかもそのせいで周りの人が心配そうにこっちを見ている!?は、早く立ち上がらないと!!
「何してんだ、ひとり?」
「れ……零士君!?」
あれだけの騒ぎになれば流石に零士君も私の存在に気付いてしまう。
零士君は地面に倒れた私を起き上がらせてくれると、周りでこっちを心配そうに見ている人達に向かって、私の代わりに無言で手を振って問題ないですとアピールしてくれている。
「ねえ、その子って、もしかして妹さんか親戚の子?」
「やだ~、全然似てない。ねえ、君も一緒に私たちと遊ぶ?」
「うえっ!?」
さ、さっきまで零士君にナンパしていたお姉さん達もこっちに近づいてきた。
ま、不味い!まだこっちとしては心の準備というものが出来ていないのに、もうこうなってしまえば覚悟を決めるしかない。
私は零士君の袖を掴んで勇気を奮い立たせる。
「い……や、ちがっ……。その……かれ……かの……」
「「???」」
ダ……ダメだ……。口が上手く動かない。頭ん中が真っ白になって言いたい言葉が出てこない。
お姉さん達も私の意味不明な言動のせいで首を傾げてる。
そんな私が醜態を晒していると、零士君が私の肩を軽く叩いて引き寄せる。
「勘違いしてるところ悪いが、こいつは俺の彼女なんで、ナンパはお断りさせてもらおうか」
「ええ!?ほ、本当ですか!?」
「あちゃ~、デートの待ち合わせだったの?ゴメンね、邪魔しちゃって。じゃあ私たちはこれで!」
零士君の一言を聞いたお姉さん達はそそくさとその場から離れていく。そして2人は私達の前から姿を消した。……ふぅ、とりあえず危機は去ったみたいだ。
や、やっぱり、零士君は頼りになるな。それに引き換え私ときたら……。
「聞いてください。頼れる彼氏とダメな彼女な私……あたっ!」
「バカ!こんなところでギターなんか鳴らすな」
ジャーン!と今の私の心情を歌にしてギターを演奏しようとすると、零士君が頭をチョップして止めてきた。
そ、そ、そうだよね。こんな人通りの多いところで勝手に演奏なんてしたら下手すれば警察なんかが止めに来るかもだし!!
「ご、ゴメンね。零士君」
「謝んな、別にお前の奇行なんざ今に始まった話じゃねえだろ」
さっきチョップした場所を優しく撫でながらフォローしてくれる。
零士君は顔に似合わず、こうした優しいところがある。
はっ!前にクラスの人が言っていた、ヤンキーが捨て猫に優しくしてあげていたら、実はめっちゃ善い人に見えるという。
もしかして、これがギャップ萌えというやつでは!?
「い、いやでも、零士君は普通にカッコイイし、顔が怖いだけで私なんかにも優しくしてくれるし……」
「急にどうした、ひとり?俺を褒め殺しにする気か?」
「はひぃ!?こ……声に出ちゃってましたか?」
「なんでもいいが、とりあえず周りもこっちを見てるし、とっとと出るとするぞ」
いつまでも駅の中で騒ぐのも迷惑だということで、零士君は私の手を引いて駅を出ることにした。
次回は下北沢でデート回♡の予定です。