舞台上で人ひとり入るサイズの箱に詰め込まれたねね。
後ろ手に手錠をかけられたおかげで上手く身動きが取れず、目線の高さにある小さな格子状の窓からのみ外が覗けるようになっている。
「ちょ、ちょっと尾丸さん!? ねね何も聞いてないんだけどこれどうやって抜け出すの!? ドラゴンの炎ってどのレベルなの!? ちょっと炙るくらい!?」
ねねの質問に答える事なくポルカは地龍の背を軽く撫でると、地龍はそれに応えるように一歩前に出てねねの入っている箱に顔を向ける。
(ちょ、ちょ、マジでこっち見てるって。口から煙出てるよ!)
ガタガタと体を揺らすが、チェーンが巻いてあるためか扉は開こうとしない。
『それでは皆さん、ご一緒にカウントダウンをお願いします!』
結局脱出方法を教えてもらえないまま、ポルカのカウントダウンが始まる。
観客はポルカの言う通りポルカに従順な地龍を見てすでに安心しているのか、一緒にカウントダウンをしている。しかし当の本人であるねねは必死に何かしらこの箱にあるはずだと隈なくトリックになりそうなものを探すが、それらしきものは見つからない。どこかにスイッチのようなものがあるのではないかとガタゴト探すのだが、いくら探そうとも何の変哲もない薄っぺらい鉄製の箱ということしか分からなかった。
『5秒前! 4、3、2……1!』
カウントが終わり、ポルカが地龍の背中をポンと軽く叩く。
『レックス! ファイア!!』
レックスと呼ばれた地龍はポルカの合図とともに大きく口を開けると、その奥から真っ赤な光を今まさに撃ち出そうとする。
誰もが地龍とねねの入った箱に注目する中、ポルカは冷静に袖に隠し持ったスイッチを取り出し、タイミングを見計らう。
当然種も仕掛けもあるイリュージョンショーだ。ねねの問いに答えないのはねねの不安を煽り、その不安を客に伝染させるためでもある。
箱の中で未だガタガタともがいているねねだが、あの箱は中からは何もすることができず、ポルカの持っているスイッチでしか仕掛けが発動しない。
そして、ポルカに合図されて大きく口を開いたレックスに一瞬だけ視線を向け、今まさにスイッチを押そうとした瞬間──、
「……っ!!? レックス! ストッ……!」
スイッチを押そうと箱に再び視線を向けたポルカが異変に気付き、慌ててレックスに停止の声を掛けようとするが、今更停止の声が間に合うわけもなく、緊急回避用でレックスの首に繋がっていた鎖を瞬時に思い切り引っ張る。
すると地龍の首が後方へ引っ張られる形となり、顔が強引に上に向く。
上を向いたまま放つことになった地龍の炎は勢いそのままに天幕をぶち破り、布でできた天幕には火が燃え移っていき、炎の威力で天幕を支えていた骨組みが崩れていく。
「…………やっべ」
燃えながら舞台上に落下して来る天幕や鉄の骨組みを器用に避けながら、ポルカは客席へ一言。
『皆さん、避難したほうがいいかも……』
「「「「「「「………………」」」」」」」」
失敗なのか演出なのか判断着かずに成り行きを見守っていた客席だったが、ポルカの一言で一気に悲鳴を上げながら我先にと蜘蛛の子散らすかのように出口へ避難を始める。
「ちょ、ねねちゃんは!?」
客席からラミィがポルカに向けて声を張り上げる。
『お友達はこちらで避難させるから大丈夫! 君達も早く避難を!』
ラミィにそれだけ伝え、ポルカは未だ箱の中に入ったままのねねに近付く。
「ちょっと尾丸さん!? すごい悲鳴が聞こえて来るんですけど!? 何事ですか?」
「いやーごめんね、ねねちゃん。ちょっとミスっちゃった。今からねねちゃんを避難させるから、
「へ? 下?」
そのまま有無を言わさずポルカは持っていたスイッチを押す。
するとねねの入っていた箱の床がパカリと開き、ねねはそのまま下に自由落下する。
「うわっ、ぶぼ!」
急に襲われた浮遊感を一瞬感じながら2メートル程落下すると、大量のスポンジが敷き詰められた簡易プールに受け止められる。
「…………」
──普通に考えればそりゃそうだ。
イリュージョンショーを唄っているのだから、種も仕掛けもあるに決まっている。
だが、外の様子が見えていなかったねねは箱の外でいったい何が起きたのかが分かっていなかった。
「スタッフ! そのままねねちゃんを外に連れていくんだ!」
上からそんな声が聞こえたと思ったら、床下でねねの落下を待ち構えていたスタッフがスポンジプールに沈んでいたねねを引っ張りだし、そのまま手を取って出口へと案内してくれる。
「あのー、一体何があったんですか?」
「申し訳ありません。少々事故が起きてしまい、恐らくこのままですとこの天幕が崩れてしまいますので早く外へ避難を」
「本当に何があったの!?」
とにかく今は避難が先です。とスタッフに引っ張られながら天幕の外へ出る。
そして、少し離れたところから天幕を振り返ると──、ホッと一息ついた。
× × ×
「多分間に合わないね」
ラミィの横からぼたんが天幕を見上げながら呟く。
その言葉通り、天幕を支えていた骨組みが次々と舞台上だけでなく客席にも落ちて来ている。このままだと数秒後──、つまり観客全員が外へ避難する前に燃え上がる天幕が骨組みと一緒に崩れ落ちるだろう。
「ラミちゃん」
「しょうがないなーもう!」
天幕に両手を広げるラミィ。
すると崩れようとしている骨組みがピタリとその動きを止めた。
逃げようとしていた観客もそれを誘導していたスタッフも突然骨組みの落下音が止んだことを疑問に思い天井を見上げると、骨組みに肉付けされるように天幕全体を氷が覆い、燃え移っていた火も一瞬で沈下されていた。
天幕内の気温が下がり誰もが体を震わせながらも、氷で覆われた幻想的な天幕はそこにいた全員の注目を掻っ攫っていた。
「……これだ」
舞台上からした小さな呟きは聴覚の優れたぼたんの耳に届き、その声がした方を振り向くとぽーっと氷の天幕に見とれていたポルカの頭上に大きな照明が氷で固められながらも不安定になり今まさに落下しかけていることに気がつく。
すぐさま肩に掛けたバッグからライフルを取り出し、セーフティを解除すると同時に、その照明が重さに耐え切れずに落下する。ギリギリにはなったが、直線的に落下するだけの物体をこの距離で外すことなど万が一にもありえないぼたんは冷静にその照明を撃ち抜き吹き飛ばす。
「……あっぶな」
「思ってないくせに」
「いやいや、照明の電球部分に当てちゃうとガラスが散っちゃうから、骨部分に当てないといけないんよ。今割とギリギリだった」
「あーなるほど」
崩れゆく天幕の中で特に慌てることもなく当たり前のように客席で全員の命を救ったラミィとぼたんに視線を送りながら、舞台上で急激な気温の低下のせいで動きが鈍ってしまった地龍に身を寄せながら頭を守っていたポルカは小さく拳を握った。
後日、今回の事故はこの街にあっという間に広がると同時に、当日その場にいた他の客の証言もありラミィとぼたんは一躍有名人となった。