「レックスがどこに連れていかれたか分かるんですか?」
野営地にてレックス奪還作戦を立てていたポルカ達サーカス団は、ねねの一言に会議を中断させる。
「ねねちゃん、ポルカはフェネックの獣人だよ。レックス程の大きさの生き物をこの短時間で遠くまで運ぶのは不可能。まだこの近くに潜んでいるのだとしたら、ポルカの耳からは逃れられないよ」
そう言って獣耳をピコピコと動かすポルカ。
どうやらここで作戦を練っている今も野営地外の音を逐一拾っているらしい。
「あ、そうだ。ねねちゃん達は暗くなる前に街に戻りなね」
「んえ? 何でですか? ねね達も手伝いますよ」
「駄目駄目。故意に他人の相棒を盗むような犯罪者だよ。関係ない君達を危険な目に合わせる訳にはいかない」
「そんな……ここまで知っちゃったら黙って帰るなんて出来ないですよ!」
「それじゃうちのサーカス団に入るかい? それなら立派な仲間としてその助太刀の申し出、喜んで受けさせてもらうよ」
ポルカの少々意地の悪い言い方にラミィとぼたんは少し言葉を詰まらせる。
散々仲間になるというのを拒否した手前、このやり口は彼女達には刺さるだろう。
──しかし、桃鈴ねねにそういった類のやり方は通用しなかった。
「じゃあ仲間になるんで、一緒にレックスを助けに行きましょう」
「………………んえっ!?」
思っていなかった返しに声が裏返るポルカ。
「え、え? ちょ、ねねちゃん、何言ってんの?」
「だからポルカさん達の仲間になりますって。これで何の問題もないでしょ?」
この子何言ってんの? とポルカがラミィとぼたんに視線を向ける。
「とのことです」
「ま、そういうことみたい」
ポルカからの視線を受け、ラミィはねねの肩に、ぼたんはねねの頭にポンと手を乗せ、したり顔でねねの言葉に同意する。
「……はぁ、知らないからね」
呆れたような、諦めたような溜め息をつくと、ポルカは再び座長の表情に戻る。
そして広げてあった地図のある地点を指差し、断言する。
「レックスを攫った奴らはここにいる。私の耳と勘がそう告げてる」
ポルカのその言葉に反応したかのように、同じタイミングで野営地の外に偵察に行っていた座員が戻ってきた。
「座長の言った通りだ! ここから南南西に約2キロ行った先に木が全く無くて開けている場所があった!」
ビンゴ! とポルカは指を鳴らすと、口でペンのキャップを外し、地図に大きく丸を付ける。
「どんな感じになってた?」
「そこだけ不自然に草木が生えていなく、地面の色も若干違っていた。地図上ではそこも例外なく木々が生い茂る森が続いてるはずなのに」
「間違いない。奴らはそこだ」
ポルカは確信を持って頷く。
「な、何で分かったんですか?」
「正確な距離までは分からなかったけど、地面から定期的に不自然な機械音がしていたのが実はずっと気になってたんだよ。あっちの方角には森しか続いていないはずなのにずっとおかしいとは思ってた」
「機械音?」
ポルカの発言にねね達3人は耳を澄ましてみるが、そんな機械音など1ミリも聞こえて来ない。
「あー、無理無理。座長の聴覚は常人じゃ計り知れないから」
座員の1人が無理無理と手を振りながら耳を澄ましている3人に諦めろと伝える。
ポルカと長く付き合っている彼らが言うのなら、それだけポルカの聴力は常軌を逸しているのだろう。
「一応私も獣人なんだけど」
「いやいや、食う側と食われる側の聴力の差を舐めてもらっちゃ困るなー。フェネックはこの聴力だけでいくつもの死線をくぐり抜けて来てるんだから」
どこか誇らしげに自分の耳をポリポリと掻きながら小さく胸を張るポルカ。
どちらにせよ、ここまで座員達に信頼されているポルカの聴覚だ。今はそれを信じるしかないだろう。
「さて、それじゃあ、いっちょレックスを迎えに行きますか!」
× × ×
偵察に出ていた座員の言っていた通り、そこはポルカ達の野営地から南南西に約2キロ行った先にあった。
それまでは木々が生い茂る森の中だったというのに、そこは不自然に草木が無く、開けた場所となっていた。
「確かに不自然だけど、何もなくない?」
茂みの影に隠れて様子を窺っていたねね達はその不自然に開けた場所を見て怪訝な表情を浮かべる。
確かに何もない。だが、何も無さすぎるのだ。
建物も無ければ、レックスを捕らえておく檻のようなものも無い。本当にただただ開けた場所だ。
「おいおいねねちゃん、ちゃんとポルカの話聞いてた?」
「え?」
首を傾げるねねにポルカはコンコンと地面を軽くノックする。
そう、先程ポルカは地面から不自然な機械音がすると言っていたのだ。
「え、もしかして……」
「うん。ここに来て確信した。ここの下には地下施設が広がってる。大体地下3、4階くらいの深さかな」
ピコピコとフェネックの耳を動かしながら地面下から聞こえる微かな音をキャッチしていくポルカ。
──だからだろうか。背後の大木上から音なく忍び寄る影に気付くのが遅れてしまった。
「……っ!? ねねちゃん! 伏せて!!」
「おっそいでござる」
気付いたときには既にその刀はねねの首を捉えようとしていた。
「……!」
しかし肉片を叩くはずだったその刃はキィンという甲高い音と共に阻まれた。
「……よもやよもや。風真の刀を視認してから防ぐでござるか。見事でござるよ」
「峰打ちってことは、殺す気はないってこと?」
風真いろはの刀とねねの首の隙間に瞬時に氷壁を発生させたラミィがねねを庇うように前に出る。
「うちの総帥から殺しはやめとけって」
「総帥……ボスがいるってこと?」
「そうそう。そっちの獣人さんに用があるんだって」
「……ポルカに?」
怪訝な表情を見せるポルカに、無邪気な笑顔を見せるいろは。
敵に囲まれているこの状況でできる笑顔ではない。それだけ余裕があるのだろう。
「あ、ちなみに総帥と会うのは獣人さんだけね。他の人は……風真達と遊んでよう」
ビュンと風を切る音と共に姿を消すいろは。
「……っ!」
一瞬でラミィの背後に移動したいろははラミィに向けて抜刀する。
(速い! でも、百鬼あやめと比べたら……)
ギリギリでいろはの速度に反応したラミィは背後に再び氷壁を発現させる。
「隙あり~」
いろはのスピードにギリギリで対応して意識が完全に背後に向いていたラミィの前方から、気の抜けたような声が聞こえ、それと同時に左腕に激痛が走る。
「殺しはしないけど、怪我はしちゃうかもでござるよ」
「ぐっ、何コイツ!?」
いきなり現れラミィの左腕に噛み付いてきた黒いフードを被った少女沙花叉クロヱに氷柱を手にして振りかぶるが、危険を察知したのかすぐさま噛み付いていた腕を放し、距離を取る。
「ばっくばっくばくーん。沙花叉に噛み付かれたい奴はいるかなー?」
「さあ、そちらの獣人さんはこんこよに案内してもらってねー」
「あ、こちらですよー。どうぞどうぞ」
これまたいつの間に現れたのか、白衣を着た少女博衣こよりがポルカの手を取って茂みから引っ張っていく。
そしてこよりが「開けゴマ~」と呟くと、何もなかった地面が形を変え、地下へ続く階段が出現する。どうやら彼女達の音声認識によって地下への扉は開かれるらしい。
だが、それさえ分かれば彼女達はもう用済みだ。
スコープから覗いた先にはポルカの手を握るこよりの右手が映し出されている。
ガンッという発砲音とほぼ同時にこよりの右手を銃弾が貫く──ことはなく。
「おいおい……嘘だろ」
「もう少しだけ殺気を抑えないと、風真には気付かれちゃうでござるよ。ホワイトライオンさん」
いつの間にかこよりとポルカの前に移動し抜刀したいろはの背後には、真ん中で綺麗に真っ二つに斬られたスナイパーライフルの弾が転がっていた。
その隙にポルカの手を引いて地下への階段を下りていってしまうこより。2人の姿が見えなくなった後、再び地面が変化し、元の形へと戻ってしまった。
「あんた達……一体何者なの?」
死角からの狙撃に反応し、ライフルの銃弾を切り落とすという神業。
どう考えても普通の人間ができる動きを超越している。
「んあ? 風真は風真でござる。秘密結社holoXの用心棒でござるよ」
「はーい、沙花叉は秘密結社holoXの掃除屋でインターン。そろそろ正社員にしてほしいでーす」
どうも期待していた返事とは違った答えが返ってきたものの、彼女達が只者ではないであろうことは容易に想像ができた。
「……ねねちゃん、気をつけて。絶対にラミィの側から離れないで」
殺す気はないと言っているものの、先程クロヱに噛み付かれた腕からは血が滲んでいる。いろはの刀も峰打ちとはいえ相手を気絶させるくらいなら朝飯前だろう。
返事がないところを見るともしかしたら、今の目の前の攻防に震えているのかもしれない。
「ねねちゃん? 大丈……」
ていうか、いなかった。
さっきまで後ろにいたはずなのにいなかった。
「あのぅ……さっきまでここにいた金髪の女の子知りません?」
挙手していろはとクロヱに尋ねるラミィ。
「「…………?」」
しかし2人からはハテナしか返って来ない。
沈黙が場を支配し、ラミィの冷や汗が止まらなくなってくる。
(あれ? マジでどこ行った?)