エルフの里。
迷いの森を抜けた先にある小さな湖を囲うように集落が立ち並んでいる。
エルフの里と呼ばれているだけあってここにはエルフ達が住んでいるのだが、その中でも3つの一族によって成り立っている里である。
1つ、火の一族。
炎系の魔法に長け、歴史書にも大昔のエルフは皆炎系の魔法を操っていたという記載があることから、最も長い歴史を持つ一族とされている。
2つ、風の一族。
風を操ることはもちろん、飛び道具に魔法をエンチャントすることを得意としている。昔から狩猟を中心とした生活をしており、他種族からの迫害後も里の外に出ることが多かった一族。そのためか3族の中で最もハーフエルフの数が多く、純血のエルフは最も少ない一族となっている。不知火フレアはこの風の一族の者である。
3つ、雪の一族。
氷魔法を得意とするエルフの中でも最も歴史の浅い一族。
炎系の魔法と対局にあることから、元々はエルフの中でも突然変異種と言われてきていたが、遺伝子自体は強力なのか、ここ数百年でどんどん人口を増やしている一族。魔法の適正も高く、過去数多くの歴戦魔法使いを輩出している。
ラミィとフレアの関係性を見ても分かるように各一族間にわだかまり等があるわけではなく、感覚的には同じ国の隣町に住む同じ種族の人達といったイメージだろうか。
同じ里内のお隣さん感覚なので、当然一族間でのやり取りは存在するし、中には一族間結婚をする者達もいる。一応各一族に族長という者達も存在するが、今となっては扱う魔法が違うだけの皆同じエルフという認識の者の方が多いだろう。
そして雪花ラミィはそんな雪の一族の族長の娘であるということだ。
「そんな族長の娘が突然家出するって言って里から出て行ったから、雪の一族が大混乱!」
「だーかーらー、家出じゃないって言ってんでしょ!」
フレアも含め5人でエルフの里の説明を受けながら、2人の家庭教師を務めていたというアキ・ローゼンタールという女性のところへと向かう一行。
次期雪の一族族長候補という思ったより偉い立場に驚きながらも、彼女のこれまでの活躍や時折見せるリーダーシップ性、そして何より仲間思いなところにも納得ができた。
「さ、着いたよ」
「……酒場?」
「そのアキさんのところに行くんじゃないの?」
フレアがとある建物の前で立ち止まる。ただ、どう見ても家には見えない建物に、ぼたんとねねが首を傾げる。
「あータル先はこの時間は家にはいないことが多いんよ」
この時間と言われても、まだお昼が軽く過ぎた程度の時間だ。
すると中から、男性と女性の言い争うような声が聞こえてきた。
「あんた、昼間から飲みすぎだ! うちはそろそろディナータイムに向けていったん店を閉めないといけないんだぞ!」
「なんだとー、いったいこのわたしを誰だと思ってるんだー」
「呑んだくれだよ!!」
「あははー、せいかい!」
「せいかい! じゃねーよ! 何でもいいから酒樽から離れろ! ちょっ、力強っ!」
「うははははー、宴じゃ宴!」
「「…………」」
中から聞こえてくる声に頭を抱えるラミィとフレア。この様子を見るにあの明らかに問題がありそうな女性の声が、彼女達の家庭教師をしていたアキ・ローゼンタールなのだろう。
ねね達3人は目頭に涙を浮かべながらラミィの肩に手を置く。
彼女のツッコミ能力はこの先生と先輩によって鍛え上げられた。そう確信した3人はその大変であっただろう日々に涙を浮かべずにはいられなかった。
「同情はいらないよ……」
もう少し優しくしよう。
心の中でそう誓い合う3人だった。
「タル先!! いい加減にしなさい!!」
バンっと勢いよく酒場の入り口のウエスタンドアを開き、中に入っていくラミィ。
そこには大方の予想通り木製のジョッキを片手に大きな酒樽に抱き着いている金髪の女性を、懸命に剝がしているここの主人と思われる男性がいた。
「……ん? あれ~? 何故か里にいないはずの家出娘と狩猟娘が見えるぞ~。幻覚を見るほどアキロゼ酔っちゃったか~」
「正真正銘ここにいますよ!」
「あはははは! ここにいますよだって! 草」
「草じゃない! いい加減目を覚ましなさい!」
ラミィはアキロゼの襟首を掴んで引っ張ると服の中に手を突っ込む。
「……!!???? 冷たい冷たいつめたーい!!!!!!!!」
ラミィの手がアキロゼの背中に触れた瞬間、ジョッキも酒樽も離し、その手から逃れるようにのたうち回る。
「酔いは醒めましたか?」
「…………」
「タル先?」
流石にやり過ぎたかもとうつ伏せに倒れたアキロゼを覗き込むと、のたうち回った反動で目が回ったのか、それとも酔いが回ったのか、顔面を蒼白にさせていた。
「……きもちわるい」
「ちょ、ま、吐くならここじゃなくトイレに……!!」
店内に店主とラミィの悲鳴が響き渡った。
× × ×
「いやー、恥ずかしいところを見せちゃったね~」
あの後、問題を起こして寝てしまった当人に代わり酒場の店主に謝り倒し、何とかアキロゼ宅にアキロゼを運び込むと、風呂場に放り込んで頭から冷水を被せて強制的に酔いを醒まさせるとともに、汚れてしまったアキロゼとラミィの身体も一緒に洗うことになった。
「ラミィの服は洗濯しておくから、とりあえず今日はアキロゼの服で我慢しておいて」
アキロゼ宅のリビングにて水を飲みながら一息ついたアキロゼは、やっちまったな~と照れて頭を掻きながら一同を見渡す。
「この人達はラミィのお仲間? フレアのお仲間?」
「ラミィです。端から尾丸ポルカ、桃鈴ねね、獅白ぼたんです」
「はじめまして、以前この2人の家庭教師をしてました、アキ・ローゼンタールです」
サラサラブロンドヘアに落ち着いた雰囲気を醸し出す大人な美女なのだが、先程の醜態と『はたらいたら負け』と書かれたTシャツが全てを台無しにしていた。
「ここの金髪比率凄いですね」
「ホントだねw」
ラミィとぼたん以外全員金髪というなかなかに珍しい組み合わせに驚くねねと、クスクスと大人びた笑い方でそれに同意するアキロゼ。ただどれだけ大人びた上品な笑い方をしていても、先程の醜態と『はたらいたら負け』Tシャツが全てを台無しにしていた。
「そういえば、ラミィ帰ってきたんだね」
「それですよ! タル先とフレア先輩のせいで雪の一族内で家出したとか、一族を見捨てたとかいう噂が流れてるらしいんですけど!?」
「えー、だってラミィ言ってたじゃん。このままここにいたら社会に疎いまま族長になることになる。だから里を出て1人で立派に暮らしていけるようになるまで武者修行に出るって」
「その通りですよ?」
「だからアキロゼとフレアはこう思ったわけ。ラミィは1人で立派に暮らしていけるようになるまで帰ってこない→箱入りで世間知らずなラミィが1人で立派に暮らしていけるようになるわけがない→もう二度と里には戻ってこない──ってね!」
「ってね! じゃないわ! 解釈が急展開な上に失礼だな!!」
どうやらラミィの家出騒動はやはりアキロゼとフレアのちょっとしたイタズラだったようだ。
ただいつも以上にキレキレで生き生きとしたラミィを見て、この里を出る前はいつもこんな感じで過ごしていたのだろうと容易に想像ができた。
ただこのままでは2人がボケ続けてここへ来た当初の目的を忘れてしまいそうなので、いつもはマイペースなぼたんがキリの良いところで隣に座るラミィの横腹を軽く突く。
「ハッ! そうだ、ラミィ達が里に来たのには2つ目的があるんです」
「目的?」
「そう、まずは初めにタル先に色々と聞きたいことがあって」
「アキロゼに?」
首を傾げるアキロゼに頷くと、ラミィはねねに視線を向けた。