反射的に発生させた氷柱を頭上の顔に目掛けて発射する。
しかしそれを平然とかわし、少女はクスクスと小さく笑う。
「おいおい、ここ自分の部屋だろ? 暴れると散らかっちゃうよ?」
急いで飛び起き、ベッドの上で片膝をついた状態で臨戦態勢を取るラミィ。
「百鬼あやめ……? 何であなたがここにいる!?」
窓から入り込む月明かりで全身が照らされる。そんな彼女にラミィは十数本の氷柱を自分の周りに浮かせた状態でいつでも攻撃出来る体勢で問う。
「今回は関係ないよ。古い友人から呼ばれたから来てみたらたまたま君らがいただけ」
「古い友人……?」
──昼間、そんな話をした気がする。
「まさか……タル先が呼んだ古い知り合いって……」
「タル先……? ああ、ローゼンタールのタールか……」
何がツボに入ったのかあやめはクククと声を押し殺しながらも笑いが止まらないといった感じだ。
「……はーおもしろ。でも、アキちゃんから面白いものが見れるからエルフの里に来てと言われて来てみたけど……まさかもまさか、面白いものって、あの子の力のことでしょ?」
「……っ、何か知ってるの!?」
「さあ、どうだろう」
ラミィは少しでもヒントを持っているならと詰め寄るが、肩を竦めて顔を背けるだけのあやめはどこ吹く風だ。
「……へぇ、もっと面白くなってるなぁ。ラミィちゃんってエルフだし、もしかしてだけど星詠みとか使えたりする?」
「……あなた程じゃないけどね。今もどうせ一瞬でラミィの未来を見たんでしょ」
「ミオちゃんでしょそれ言ったの。相変わらず間違えてるなぁ。ま、余のは星詠みとはまた少し違う方法だよ。まあ未来を見るということだけで言ったら星詠みと同じようなことはできるけども」
キイィィンと目を赤く光らせ、ラミィの瞳を覗き込むあやめ。
全てを見透かされているような、そんな感覚に陥る。
「ラミィちゃん、明日星詠みするんでしょ?」
「それが何か……?」
「楽しみにしてる。未来を見たラミィちゃんが一体どういう行動を起こすのか。前も言ったけど、面白おかしく踊ってくれたら余は嬉しいかな」
「待ちなさい。あなたはねねの正体を知っているの? いないの? 知ってるなら何で隠そうとするの?」
「あの子の正体なんて誰も知らないよ。余だってそこまで全知全能じゃない。先に言っておくけど、あの子の力に関しても知らない。ただ、余の役割があの子を排除しようとしているだけ。でも、余がやらなくてもいいみたいだから、今回はやらなかっただけ。いつもはちゃんと仕事してるんだから」
「……?」
要領を得ないあやめの発言に怪訝な表情を見せるラミィ。
ねねの謎の力の正体は分からないものの、その力がねねにあることは初めて会った時から気付いていたということだ。
「雪花ラミィ、獅白ぼたん、尾丸ポルカ……そして、桃鈴ねね。この4人の動向はこれからも末永く見させてもらう。でも、これだけは言っておくよ」
2本あるうちの1本の刀を抜き、ラミィの剣先をラミィの首筋に宛がう。
「これもミオちゃんから聞いてるよね? 余──百鬼あやめはこの世界の均衡者であると」
「そもそも、その均衡者っていうのが意味わからない」
「そのままの意味だよ。この世界の均衡を犯そうとしている者が現れた時、均衡者はその使命を果たす」
「それが、ねねだって言うの?」
その問いには、ニコリと爽やかな笑顔のみを返すあやめ。しかし、その笑顔が既に答えになっている。
「均衡ってさ、バランスって意味なんよね。あの子がこの世界にいることで世界のバランスが崩れかけている。まぁ、他にもコソコソ動いてる5人組とかもいるんだけど、あいつらはこの世界ができた時からいるし、今更この世界の住人じゃないなんて言えないからさ」
後半の部分はよく分からなかったが、前半の部分は聞き捨てならなかった。
「ねねが、この世界にいることで……? でも記憶喪失で正確な年齢は分からないけどねねはどう見ても10代後半から20代前半の見た目をしてる。仮に20歳だったとして、じゃあ何で20年ほったらかしで、今更になってそんなことを…………ぁ」
「言わなきゃ分かんないほど、君はお馬鹿じゃないでしょ。まぁ、あの子が記憶喪失だって情報は余も今初めて知ったし、それが本当なら同情はするけど。それでも、あの子がこの世界で何かしら結果を残すこと自体が、本来この世界では起こるはずのない事象であって、そういった事でも世界の均衡ってのは簡単に崩れてしまう」
「……あなたの言っていることが全て本当だとして、世界の均衡が崩れたらどうなるっていうの?」
「知らん」
「は、はあ!?」
「当たり前でしょ。この世界ができてから、この世界の均衡を崩そうとする輩は全員、余と父上で例外なく排除してきた。均衡が崩れたことなんてないんだから」
「どうなるかも分からないのに、あなたはねねを殺そうとしてるの?」
「完全に崩れたことはなくても、崩れかかっていることは分かるもんなんだよ。断言する。このまま生かしておくと、あの子は間違いなくこの世界で歴史に影響するような大きな事象を起こす。そしてその瞬間、世界の均衡は塵と化す。余はそうなる前には確実にあの子を殺す。まだ少しだけ猶予はありそうだけどね」
刀を月明かりに照らすあやめ。
すると突然何かを思い出すように笑い出した。
「…………なに?」
「くくく……いやね、いつもだったらあの時、間違いなくあのままあの子を殺してたはずなんだよ。でも、あの時は生かしておく判断をした。だってその方が面白そうだったから」
「さっきから要領を得ないなぁ……」
「長く生きてるとね、大抵のことに飽きてしまうんよ。もちろん仕事はちゃんとするよ。でもね、その上で何か楽しみを作らないとさ。昔はそれこそミオちゃんやアキちゃんに喧嘩売ったりもしてたけど、そういうのもいい加減飽きてきたし。今は専ら人間観察が趣味になっちゃった」
「あなたの仕事はねねを殺すこと。以前それをラミィに任せると言った。あれはどういう意味なの? ラミィがねねを殺すわけないでしょ」
「うんうん、もちろんそれは分かってるよ。だから面白いんだよ」
「……はぁ?」
「そろそろ行くよ。余はアキちゃんのところに寄って一言言ってから、もうこの里からは出ることにする。余がいたら君達もゆっくり休めないでしょ。どこか遠くの場所から、君達の──いや、雪花ラミィ、君のことをずっと見ているよ。是非とも、余を楽しませてくれ!」
狂気に満ちた笑顔をラミィの顔にズイっと近付けるあやめ。
その眼は子供が心の底から何かに夢中になり、楽しんでいるような、そんな瞳をしていた。
以前と同じく、しゃらんという鈴の音だけを残し、瞬きの間にあやめの姿が消えた。
それからラミィは一睡もできないまま、翌朝を迎えた。