「はぁ……っ、はぁ……っ!」
息を切らし、汗を大量に流しながらラミィは魔力を送り続ける。
「ちょ、ラミィ。無理しすぎじゃない? 一旦休憩しよう?」
「ダメ……、このまま続ける」
「でも明らかに様子が変だよラミィ」
ラミィの肩に手を置きながら心配そうに声を掛けるねね。だが、その声はラミィには届かない。
(何で……? 何回やっても結果は見えてるのに、その原因が一切見えない! こんなこと、初めてだ……!)
これまでラミィが幾度となくしてきた星読みでは、確定の結果が見えることが多かった。ものによってはその結果だけ分かればいいので、原因まで探らないものもあった。
ただ、原因が気になる結果に対しては、その結果が訪れるよりも前の未来を見ればその原因となる事象までも見ることが出来たのだ。
星詠みで未来を見る際は現在から時間が離れていればいるほど、その時間の精度は落ちてくる。ラミィの実力でいうと、明日の未来はほぼ100パーセント確実に当てることができるが、ひと月後くらい先の未来になると、時間軸のズレが出てくる。それが年単位になればそのズレは更に広がる。
つまり、仮に5年後に世界が滅びるという未来を見たとして、じゃあ現在からちょうど5年後に世界が滅びるかと言われたら、そこはちょうどとは限らない。ただその前後で世界が滅びることだけは間違いない。
その場合、かなり大変な作業だが、ラミィが見た5年後よりも前の未来を順番に見ていけば、世界が滅びる原因も知ることが出来る。
(それなのに……何で)
再び天球儀に魔力を込めるラミィ。
光を放ち始める天球儀からラミィへ映像が送られてくる。
冷たい地面に広がる真っ赤な血の海に横たわる、金色の髪をした少女。
初めて会った日に流していた血の量とは比べ物にならない。既に彼女に息はないだろう。
(……っ、どこかに、どこかにヒントは!?)
冷たくなった死体からは目を逸らし、辺りを見渡すラミィ。だが近くにこの死体の原因を作ったものは見当たらない。先程見た時間軸よりも前の時間軸を見ているというのに、そこに映し出されるのは”桃鈴ねねの死”という結果のみで、その原因を見つけることができない。
徐々に映し出される映像にモヤがかかり始め、やがてプツリと途切れる。
「……っ! はぁ、はぁ」
星詠みをするためには一定時間莫大な魔力を流し続ける必要がある。
結果を一瞬見るだけなら特に問題はないのだが、それを3分続けようと思うとフルマラソン完走並みの疲労感が襲い掛かってくる。
「……くそっ、もう一度」
「待ってラミィ。流石に休もう」
天球儀に翳そうとするラミィの手を掴み、ねねは星詠みの続行を止める。
「次はちゃんと見るから……大丈夫」
「どう見ても大丈夫じゃない。今ので4回目だよ、アキロゼさんに聞いたけど、星詠みって1回でも相当魔力を消耗するんでしょ」
「今までこんなことなかった。目的の時間軸が見られないのには何か理由があるはず……」
ねねの言葉を無視してうわ言のように呟くラミィ。
これは駄目だと、ねねはラミィの腰の辺りに抱き着くとそのまま担ぐようにして魔法陣よりも外に強引に連れ出す。
「……! ちょ、ねね離して!」
「いったん休憩! 何をそんなに焦ってんのさ。ていうか、一体何を見たの? まぁ、その反応的にあまり良いものを見たわけではなさそうだけど」
「…………」
めっとねねに諭されラミィはようやく我に返る。そこで自分の残りの魔力量が微かしか残っていないことにも気が付いた。
ふぅ、と一息ついてラミィはドサリと地面に腰を下ろした。
「……ねね、落ち着いて聞いてくれる?」
「落ち着くのはラミィね。ねねはずっと冷静なんだわ」
「……うん、ごめんね。もちろん分かってます。でも今は話の腰を折らずに聞いてくれると嬉しいです」
ようやく冷静になったラミィの横に、ねねもしょうがないなーと呟きながら体育座りで腰を下ろす。
「それじゃ、聞かせてもらいましょうか。ラミィさ、実は最初の星詠みの時から見えてたんでしょ? ラミィが息を切らすほどの過激な未来が」
「……っ」
バッと顔を上げ、目を見開いてねねを見つめるラミィ。
何も考えていないようで、何も気付いていないようで、実は彼女は気配りに長けていることをラミィは知っていた。
「言ってみてよ。教えてもらわないと何の心の準備もできないよ」
「……これまで200年以上星詠みをしてきたけど、一度も外したことがない。それを前提に聞いてほしいんだけど」
「うん」
「このままだと……ねねは死ぬことになる」
「……うん? そりゃそうさ」
「え?」
「人間誰しもいつかは死ぬものだよ」
うんうんと謎に納得したように頷くねね。
「いやいや、そういうのじゃなくてさ……ラミィが見たのは、ねねが、その……誰かに殺された場面を見た」
「……へぇ、殺された瞬間を?」
「あ、いや、殺された後っていうか……ねねの死体が……」
ふむ、なるほど──とねねは顎に手を添えて考える素振りを見せる。
先程までのラミィの言動にどこか納得のいった様子だ。
「……やけに冷静だね。自分が殺されるんだよ?」
「それはラミィのおかげかな。ねねの代わりにラミィがあんなに取り乱してくれたからね」
先程までの自分の行動をねねに指摘され、少し顔が熱くなるラミィ。しかし、ねねの死体が映し出されてからそれよりも前の時間軸を見ようとしても、何故か毎回ねねが死亡している場面の映像が映し出されてしまうのだ。それこそまるで、何かに邪魔されて強制的にその場面を見させられているような、そんな今までにない現象に襲われたら多少取り乱してしまっても仕方がないだろう。
「ちなみにさ、それっていつ頃の話?」
「現在からの時間が離れると時間軸の精度が落ちちゃうんだけど、ただ……1年前後には、必ず……」
「1年かー」
両手を頭の後ろで組み、空を見上げるねね。
実際にその映像を見たわけではないねねには正直あまり実感が湧かないのだが、逆にいえば実際にその映像を見たラミィの思いつめたような表情を見るに、冗談で言っているようには聞こえない。
「明日以降でいいから、ししろんとおまるんも見てみようか。ラミィには辛い映像を見ることになる可能性は高いけど、ねね達は一緒にいるんだから──2人にだってその可能性だってあるでしょ」
恐らく、ラミィにもその考えはあったのだろう。
だが、暗い表情のまま小さく首を横に振った。ねねの死体が余程堪えたのだろう。
それもそうだろう。一緒に旅をしている仲間があと1年で何者かに殺害されることが、確定してしまったのだから。
星詠みで見さえしなければ、そうでない可能性、そうならない可能性もまだ残る。だが、一度見てしまえば最後、ラミィの星詠みは時間軸のズレはあっても、その結果が外れたことは過去一度もないのだから、その結果は確定してしまうのだ。
いわばねねはラミィから余命宣告をされたと同義なのだ。
「それでもさ、これに関しては知っておくべきだと思うよ。本人も、一緒にいるねね達も」
すると遠くからねねとラミィを呼ぶ声が聞こえてきた。
ねねはその場に立ち上がりそちらを見ると、図書館に行っていたぼたんとポルカが手を振ってこちらに向かってきているのが見えた。
「ラミィ」
ねねはそんな2人に手を振り返しながらラミィに小さく伝える。
「見てくれてありがとね。おかげで準備もできるし、助かったよ」
「……?」
「大丈夫。ねねに任せなさい」
ラミィに振り返り見せたねねの笑顔は、到底余命宣告を受けた者の顔ではなく──、
桃鈴ねねという少女の強さを物語っていた。