「クロたーん……いろはちゃーん……」
はぁはぁと肩で息をしながら一応は走っているつもりの少女、博衣こより。
一緒にビルを出た風真いろはと沙花叉クロヱの背中はとっくに見えなくなり、1人取り残されていた。
「非戦闘員のこよを1人にするとか何考えてんのさー。今あの人に会っても情報を引き出すどころかこよの臓物が引き出されちゃうよ~」
何ともグロテスクな想像をしているこよりだが、あながち間違ってもいないのが恐ろしいところだ。
「いろはちゃんは子供みたいに目をキラキラさせて飛び出して行っちゃったし、クロたんはおもろそうってだけでいろはちゃんを追いかけて行っちゃうし。ほんと勘弁してもらえませんかね」
遂に足を止めて1人でダラダラと文句を垂れ流すこより。
普段から研究室にこもりがちで運動不足であることは認めるが、だからこそ、そんなこよりをこんな場所で1人にするのはナンセンスだ。
何故ならこの地方は先程までラプラスが前に出て対峙していた森カリオペ率いる組織が治めており、こより達(主にラプラスだが)はそんな彼女達の恨みを買っている。
5日程前、こより達に絡んで来たカリオペの部下の1人を、ラプラスが殺害しているのだ。
先程ラプラスが認めてしまったが、そもそも初めから疑われていたようだった。つまり、カリオペ達の中の共通認識として、こより達秘密結社holoXは敵対組織になっているということであり。
つまり──
「顔だって割れてるし、そりゃこうなるわさー」
8人の黒服にサングラスをした男にいつの間にか囲まれているこより。それぞれが拳銃やら刀やらを持っている。
「あのー……こより、あまり戦闘は向いていなくてですね。穏便に済ます方法とかありませんか?」
「俺達の仲間が1人殺された。それなら、お前らも1人死んでおくのがフェアじゃないのか?」
黒服の1人の言葉にキョトンと首を傾げるこより。
それは、心の底から何を言っているのかが理解できないといった、そんな表情だった。
「それは違うよ。だって、あの時死んだ彼とこよりとじゃ──生物としての価値が違いすぎる」
その言葉を聞いた瞬間、拳銃を構えた1人がこよりの心臓に照準をあて、引き金を引く。
しかし、放たれた銃弾はこよりの服に当たった瞬間ひしゃげてあらぬ方向へ跳ね返るという動きを見せた。
「なに!?」
男が驚きの表情を浮かべるのも束の間、気付けばこよりの指の隙間には謎の液体が入った試験管がちょうど8本挟まっていた。
「あーあ、だから言ったのに。いろはちゃんとクロたんのせいだからね」
博衣こよりは確かに非戦闘員を自称している。
それは秘密結社holoXの中では間違いなく最も戦闘力が劣るからだ。
しかしそれは、一切戦うことができないという意味では無い。
「ラプちゃんと互角とまではいかずとも対峙していたあの人ならまだしも、こよりが一般ピーポーにやられるはずないんだわ。問題なのはいろはちゃん達みたいに、手加減して生かしておくみたいなことが出来ないとこなんだよなー」
こよりを囲んでいた8人の衣服はそのまま、人体のみドロドロに溶かされ、謎の液体と化していた。当然、息があるものはいない。
「仕方ない、こよりはこよりでそもそもの目的を果たすことにしよっと」
ぽーいと後ろ手に空になった試験管を放り捨て、こよりは裏路地に姿を消した。
× × ×
「あははははははは!!」
「怖い怖い。いろはちゃん怖い」
こちらはこちらでカリオペの部下に囲まれていたいろはとクロヱだが、妙にテンションの高いいろはが銃弾やら刀やらを躱しながらその身1つで場を支配していた。
「お前らのボスはどこにいるでござるか?」
「ぐっ、は、はなせ……っ」
1人の背後に回り首を締め上げていくいろは。
「はっやっくっ、はっやっくっ」
ノリノリで大の男を締めるいろはに他の者は近寄れず、様子を窺っている。
そんないろはを尻目に、クロヱは彼女達を囲む黒服達のさらに奥に目を向けていた。
(これだけ往来で暴れてるのに野次馬の1人もいない。所々建物の陰から視線は感じるけど、この程度のことなら日常茶飯事ってことかな)
この地方のことは以前より聞いてはいたのだが、どうも聞いていた話よりも拍子抜け感は否めなかった。もっとドンパチなっている殺伐とした所だと聞いていたから。
数年前より領主が代わったということは聞いていたし、初めはこんなものかと思っていたのだが。
(なるほど。厄介事は日常茶飯事だけど、それに巻き込まれると厄介じゃ済まなくなると。そんな所かな)
一見表立ったいざこざが見えないため、領主が代わったことにより以前よりも平和になったと思う者もいるかもしれないが、決してそうではない。
むしろ以前の領主よりも今の領主はよっぽど恐ろしいのだろう。少し前までドンパチやっていた血の気の多い者達が首を揃えて大人しくしているのだから。
(どうりで、ここで聞き込みをしてもいまいち情報が掴めなかったわけだ。この地方は今、完全に彼女達に支配されているんだ。よそ者の沙花叉達に渡す情報はないってことだね)
あらゆる派閥が争っていた数年前とはまるで違う。クロヱは1人頷きながら静かに納得していた。
それならば、方法は簡単でいたってシンプルだ。
「あ、いろはちゃん。その人もう死んでるよ」
「へ?」
勢い余って絞め殺していたことにクロヱに指摘されて初めて気付くいろは。頭がだるんと垂れ下がっているところを見ると、恐らく首の骨までへし折られてしまったのだろう。
「あー、新しい刀が楽しみ過ぎて力が入り過ぎたでござる……ま、いっか。まだこんなにも情報はいるんだし!」
目の前の20を超える黒服を見て、にこやかに笑みを浮かべるいろは。
そしてそんな笑顔を向けられた黒服達はその異様さに気圧される。
そう。いくつも派閥がある場所を支配するのは容易なことではない。
だが、1つが全てを支配しているのなら、その場所を支配するのはたった1つの作業で済んでしまう。
コキリと首を鳴らしていろはの横に並ぶクロヱ。
フードから覗くその口元には、いろはとは対照的な邪悪な笑みが浮かんでいた。
「さて、楽しい楽しい地獄の始まりだね」