ねぽらぼのね   作:夢寺ゆう

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森カリオペの野望

「女王さん。君は何故、こんな仕事をしているんだい?」

 

 ふとした問いに長い白髪をはためかせながら振り向く彼女は、ぱちぱちと二度三度瞬きをしながらがカリオペを見つめるが、すぐに窓の外の黒く淀んだ空を見上げて言った。

 

 

 

「……私は──、」

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

 地獄で生まれ、地獄で育った。

 いつ見上げても空は黒く淀み、一歩外に踏み出せば流れ弾で人が死んだ。

 

 戦争なのか、抗争なのか、喧嘩なのか、子供だったカリオペにはその違いが分からなかった。

 

 幼い頃に両親を亡くし、彼女は盗みでその日の飢えを凌いでいた。

 家はなく、味方をしてくれる大人もいなく、未来も、希望もなかった。

 

 10歳になった日の事、いつも通りに盗みを働いた。

 

 見た目からしてこの街の者ではない。

 背中には大きな鎌を背負い、黒い全身ローブを身に纏った男だった。

 

 肩から斜めに掛けられたバッグの紐を通りすがりにナイフで切り、落下するバッグをキャッチするとそのまま路地裏に駆け込む。

 

 この街に来たばかりの人間に街の隅々まで把握しているカリオペが捕まるはずもなく。あっという間に男の視界から逃れることに成功したカリオペは現在居住にしている廃墟に戻る。

 

 男から奪ったバッグの中を見ると、そこには手のひらを超えるサイズの金塊がいくつもしまい込まれていた。

 カリオペは驚きの表情から次第に腹を抱えて笑い出す。

 

「アハハハハハ! おいおいマジか! これは大物だ! あの男には悪いが、この街では獲られる方が悪い。それがこの街のルールだ! こいつはありがたく使わせてもらおう!」

 

『そうかそうか。この街にはそんなルールがあったのか』

 

 売れば大金となる金塊を大事にバッグに戻し腹に抱えていると、どこからともなく声が聞こえた。

 

「っ!? だ、誰だ!?」

 

『つまり、再びこのバッグを獲り返したとしても、獲られた貴様が悪いということだな?』

 

 その声と共に足元にあるカリオペの影がウネウネと動き出し、立体的に浮かび上がってくる。

 

「な、なっ!?」

 

「やあお嬢さん、ごきげんよう。私の大事なバッグは返してもらうよ」

 

 カリオペの影から現れ、いつの間にかカリオペの手からバッグを奪い取っていた男はハッハッハと高笑いをしながらキセルに火を点ける。

 

「お前、何者?」

 

「それはこちらの台詞だよお嬢さん。人の物を勝手にとってはいけないと教わらなかったかい?」

 

「は? 教わるわけないだろ。人の物を取らなきゃ明日だって生きられないんだから」

 

「……ほう。なるほど。噂にたがわず、掃き溜めのような街なのだなここは」

 

 男はカリオペの姿をジッと見つめる。頭の先から足のつま先まで、ゆっくりと3往復した。

 

「お嬢さん、歳はいくつだい?」

 

「……10」

 

「一体いつから1人で暮らしている?」

 

「6歳の頃から」

 

「毎日その日の食料を盗みながら?」

 

「悪いか?」

 

「いいや、どちらかというと、悪いのはこの国とこの街だな」

 

 男はふうとキセルの煙を吐き出しながら、やれやれと肩を竦める。

 

「だが、その歳で4年も生き延びたのは評価に値する。私のバッグを盗んだその手際にも賞賛を与えよう」

 

「……?」

 

「名前を聞こうか」

 

「……カリオペ」

 

「カリオペか。いい名前だ。ではカリオペ、一緒に良いことしてみないか?」

 

「は?」

 

「世直しってやつだよ」

 

 大きな鎌と黒いマント、そして骸骨の面を被った怪しげな男。

 その男、グリム・リーパーとの出会いは、森カリオペという少女の人生の中にある一度目の転換期だった。

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「や、やめてくれ! 金ならいくらでも出す! だから命だけは──っ!」

 

「お金? いりませんね。逆にお金あげますから、死んでください」

 

 スパッとナイフで首を掻き切る。

 初めの頃は飛び出す血の量に驚いていたのだが、最近はもう随分と慣れた。

 

「見つけた。横領で手に入れた金銀財宝だ。さて、片っ端から頂いていこうか」

 

「台詞が怪盗のそれなんだが」

 

「おいおい、聞き捨てならないな。別に私達の懐に入れるわけではないのだから、いいだろう」

 

 どこから取り出したのか大きな麻袋に次々と金目の物を詰め込んでいくグリム。その姿は誰がどう見ても盗人のそれにしか見えない。

 

「……最近、貴族達の中で怪しげな面を被った二人組の大量殺人鬼がいると指名手配書が出ているらしい」

 

「へえ。それは怖い奴もいたもんだ」

 

「どう考えても私達の事なんだけど……何でそこまでして、お前は良い事をしようとしているんだ?」

 

「あー……自己満足?」

 

「……?」

 

「良い事をしている時だけ、過去の自分が許されてる気がするのだよお嬢さん」

 

「そんなに過去に悪いことをしたのか」

 

「そりゃもう」

 

 肩を竦めながら冗談っぽく話すグリムだが、目の奥は笑っていない。過去の話をすると彼はいつもこの目をする。

 

「そういう君は、何故こんなことをしているんだい?」

 

「は? お前に誘われたからだろう」

 

「それは違う。確かに誘ったのは私だが、付いてくると決めたのは君自身だ。その結論に至った思考の過程を私は尋ねているんだよ」

 

 こちらを見ずに背中越しに問うグリムに、カリオペはふむと自身の手のひらを見つめながらその理由を考えた。

 

「……私の手はとっくに泥で汚れていたからな。その泥が赤に染まるだけで、泥に汚れる子供が減るなら──それは良いことだろ?」

 

 12歳のカリオペのその言葉に、グリムが返事をすることはなかった。

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「グリム!」

 

 彼から溢れ出す血が止まらない。

 傷口を必死に押えるが、指の隙間から流れ出していく。

 

「……あーあ、やっと死ねるな」

 

「喋るな! 傷が開く!」

 

「……カリ、今まで私の罪滅ぼしに付き合わせてすまなかった」

 

「何の話だ。いいから黙ってろ」

 

「……行き場のない幼いお前につけ込んだ。世直しなんて銘打っても、やってる事は人殺しだ。いつかはこちらの立場になるとは思っていた」

 

「関係ない。昔お前が言ったことだろう。決めたのは私だ」

 

「…………カリ、お前は自由に生きろ」

 

「……それなら、それならお前だってもう十分罪滅ぼししたじゃないか。一緒に──」

 

 タンッと横たわるグリムの額に、銃弾が捩じ込まれる。

 

「……グリム?」

 

 気配もなくいつの間にかカリオペの横に立っている白髪長身の獣人の手には、たった今発砲したと分かる硝煙が銃口から上がっている拳銃が握られていた。

 

「……貴様は何故、グリムを殺した?」

 

「仕事だからだ」

 

 その男は淡々と答え、次はその銃口をカリオペに向けた。

 

「グリム・リーパー。森カリオペ。この2名の殺害が今回の依頼だ」

 

「……グリムはそこまで過去に悪いことをしたのか?」

 

「知らないのか? 彼は過去、罪のない老若男女を殺しまくった世紀の大量殺人鬼だ」

 

「……でも今は、罪滅ぼしをしようと世直しを……」

 

「そうか、それは立派だな。だが、俺達殺し屋はターゲットが善人だろうと悪人だろうと関係ない。金さえ積まれれば殺す。そこに感情は無い」

 

 自分に向けられた銃口をぼんやりと見つめる。

 

 殺しても殺しても消えない闇。

 一体いつになったら終わる?

 

 ──自由に生きろ。

 

 これがカリオペをここまで育ててくれた男の、最期の言葉だった。

 

(そうか、分かったよ。それをお前が望むなら、自由に生きるさ)

 

「……あんたのことは知ってる。この街一の殺し屋組織のボスだろ?」

 

「殺し屋が顔を知られているというのもあまりよくないんだがな」

 

 この男の顔はことは知っていた。

 特徴的な白髪に獣耳。長身で筋骨隆々な体躯を持つ男。

 

 この地方に住む者なら誰しもが彼の事を知っているだろう。この地方、いやこの出雲の国の裏社会を牛耳っている殺し屋組織のボス。

 

「あんたみたいな奴がいるから、肥えた豚どもが付けあがる。そして、いつまで経ってもこの地方の空が晴れない」

 

「そうだな。否定はしないさ」

 

「……あんたは私が殺す」

 

「そうなればまた次の裏世界の支配者が生まれるだけだ。この世界はそうやって表と裏のバランスが取られている。光を強めるには影を濃くするしかない」

 

 男は構えた銃を懐にしまうと、カリオペの首を掴み腕力だけでその体を持ち上げる。

 

「ガ……ッ!」

 

「威勢が良くても力が無ければ淘汰される。俺を殺したくば力を付けて見せろ。貴様の師匠の二の舞いになりたくないのならな」

 

 そのまま地面に投げ捨てられるカリオペ。

 目の前には冷たくなったグリムが静かに血の海に沈んでいた。

 

 弱肉強食の世界。

 そんなこと、この場所に生まれた時点で分かっていた。

 

 カリオペはホワイトライオンの獣人の背中を薄れる意識の中、この屈辱を決して忘れぬように強く睨みつけた。

 

 

 

 

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