「カリ。次の仕事だ」
「……ターゲットは?」
「市民から不当な税を徴収している例の貴族だ。やっと証拠が揃った。だが、少々気になる噂を聞いた」
「……?」
アジトの屋上にてボスから指令を受ける。
仕事がない間は自由に過ごしていいという条件でこの組織に属しているカリオペ。だが、その実情彼女が属しているこの殺し屋組織は誰かに雇われるわけではなく、自分達でこの地方の闇の原因となっているターゲットを探し、証拠を集め、始末していく殺し屋組織だった。
かつて、彼と共にしていたソレと活動の内容が似ていた。
「その貴族の屋敷に最近奴らが出入りしているところを度々目撃されているらしい」
「奴ら?」
「ああ。どうやら俺達に狙われていることに勘付いたようだな。金さえ積めば誰でも殺すあいつらだよ。それも、そこの大エース様が俺達を狙ってるみたいだ。お前も聞いたことくらいあるだろ……『百獣の女王』って名前」
「……大層な二つ名だな。そいつが、私らを狙ってるって?」
「二つ名に関してはお前が言えた義理はないけどな。だが、そういうことだ。明朝決行するが、用心は怠るなよ」
「はいはい」
シッシッと手を払いボスを屋上から出ていかせる。
『百獣の女王』
その名前だけは聞いたことがあった。
この地方の裏世界で、自分と並ぶ実力者だと。
だが、どんな奴が相手だろうとこの鎌に斬れないものはない。
(不正貴族とそこから金を受け取り自分達の首を狙う殺し屋か……)
明日、また一歩世界が綺麗になる。
グリムの鎌を淀んだ空へ掲げて誓う。
──この黒く淀んだ空を断ち切るのは、己の鎌であると。
× × ×
「はぁ……はぁ……」
右頬と左腕にかすり傷ができていた。
いや、かすり傷にしては出血の量が少々多いのだが、まだ動けるのなら、それは軽傷だ。
もう一生動くことの無くなった仲間を一瞬見下ろし、再度鎌を構えて意識を集中させる。
チュインッという音が鳴る。
本来目で追えるはずのないそれを、カリオペは鎌の一振りで真っ二つに切断することで回避する。
(ただの狙撃だけじゃなく、跳弾による狙撃まで自由自在とは……)
一発目の狙撃でボスの頭を撃ち抜いた。
二発目の狙撃にギリギリ反応して見せたカリオペの左腕を掠めた。
三発目、四発目の狙撃は鎌によって完全に防いだものの、五発目を跳弾に切り替えた敵の狙撃に反応が遅れてしまい右頬を掠めた。
そこから標的を変えたのか、近くにいた仲間が次々と頭を撃ち抜かれていった。
「これが、『百獣の女王』……」
まさに相性最悪の敵だった。
未だにその姿を捉えられていないカリオペは生きている仲間達と路地裏に駆け込む。しかし、跳弾まで操る相手に死角はあってないようなものだ。
「……お前達は今すぐ撤退しろ。ボスが死んだ今、お前達を守りながら戦うのは無理だ」
「で、でも……」
「悪いが反論は全て却下だ。跳弾狙撃相手に路地裏は危険すぎる。私が空に出るから、その隙に逃げろ」
実力は当然のこと、この中で唯一魔法を使って空を自由に駆けることができるカリオペが一番生き残る可能性が高いことは全員の共通認識だった。それ故、議論は時間の無駄だ。
それに、跳弾を使うことのできない空中ならあの狙撃は対応できる。
「行くぞ! 走れ!」
カリオペが空気を蹴りながら空中に飛び出す。
それと同時に反対方向へ仲間達が撤退する。
「──っと!」
飛んできた銃弾を鎌で防ぐと、カリオペは狙撃者の位置に辺りを付ける。
「そこか!!」
この辺りで一番見渡しの良い建物の最上階から数えて3階の位置に標的を発見する。
狙撃ならより高い場所に陣を敷いた方が良いはずだが、最上階に陣を取っていないところが逆に敵の戦闘慣れを物語っていた。
しかし狙撃を得意とする相手なら一度接近戦に持ち込めば勝率は一気に跳ね上がる。
カリオペは残像を残す勢いで空中を蹴ると、標的に肉薄する。
「──ッ!?」
相手の息を飲む音が聞こえた。
カリオペの動きが相手の予想を超えたのだろう。
カリオペの持つグリム・リーパーの鎌は万物を切断する鎌。その刃に触れた物は何であろうと切断してしまう。
カリオペはコンクリートの壁ごとその裏に隠れているであろう相手を両断するつもりでその鎌を振り抜いた。
そのまま切断した壁から勢い余って建物内に突入するカリオペ。
万物を豆腐のように切断してしまうこの鎌の唯一の弱点は、斬った感触がすべて似たような感触になってしまうというところだ。岩でもコンクリートでも人間でも、斬った時の感触は変わらない。
つまり、敵を斬ったかどうか感触だけでは判断がつかないのだ。
「……っ」
白い何かが視界の下で揺れる。それと同時に静かな殺気がカリオペの全身を震わせた。
反射的に上体を逸らして顎に向けられた銃口から、そして同時に発砲された銃弾から間一髪逃れた。
そのまま崩れかける体勢を強引に立て直し、力で鎌を振り下ろす。
しかし流石にそこまでのオーバーアクションではその鎌が相手に届くことはなかった。
相手はバク転で距離を置き、ライフルではなく拳銃をカリオペに向けて警戒する。
対するカリオペはその相手の姿をようやくしっかりと確認すると、自分の目を疑った。
綺麗な白いロングヘアーに多少幼さを残すものの整った顔立ちと、顔の年齢に見合わない長身。そして、見覚えのある獣耳。
あまりにもその容姿が似すぎていた。
「…………百獣の女王。なるほど、そういうことか。王っていうのはホワイトライオンの獣人っていうのともう1つ、奴の血縁者という意味も込められているのか」
その少女は女王と呼ばれるにはまだ少し幼さを残しているものの、その眼光は間違いなく彼の血を継いでいた。
「自分の子供までこんな世界に放り込むとは……それともあれか? 獅子は我が子を千尋の谷に落とすってやつか? 子供が出す殺気じゃないだろ。本気で死んだと思ったぞ」
「……森カリオペ。貴族達の間で出回っている手配書に載っていた。危険度Sランクの最重要人物」
「君、名前は?」
「……? 獅白ぼたん」
「ぼたんか、良い名前だね。歳は?」
「……15」
「へえ、私と3つしか違わないのか。でもそうか、グリムが死んだときの私と同い年か」
カリオペは鎌を背中の止め紐に戻す。
「……? 何で?」
「私はこの地方に住む自分より年下の人間とは殺し合いはしない」
「どういう……」
戦闘の意思を見せないカリオペに、ぼたんも構えていた拳銃を下ろす。
カリオペの殺害命令が出ているはずなのだが、想定と違う展開に戸惑っている様子だ。
カリオペの態度に戦意が削がれてしまったぼたんは態勢を立て直すためにも一度撤退しようとカリオペに背を向ける。
おかしなところで隙を見せるぼたんだったが、カリオペは特に攻撃を仕掛ける素振りも見せずにその背中に声を掛けた。
「ああ、そうだ。1つだけ聞いてもいいかい?」
「……?」
「女王さん。君は何故、こんな仕事をしているんだい?」
ふとした問いに長い白髪をはためかせながら振り向く彼女は、ぱちぱちと二度三度瞬きをしながらがカリオペを見つめるが、すぐに窓の外の黒く淀んだ空を見上げて言った。
「……私は、この世界が、そういう世界だから」
「……そっか」
カリオペはどこか悲しげな表情を見せ、獅白ぼたんの前から姿を消した。