「ししろん、大丈夫?」
「ん、ああ……うん……え、ねねちゃん?」
ロボ子の爆発に巻き込まれかけたぼたんを、holoXの最高速度を誇る鷹嶺ルイと同スピードで助け出したねね。
そんなねねに抱き抱えられたぼたんは、ねねの姿を見て目を見開いた。
「ねねちゃん、その身体──」
「ししろん。悪いけど、自分で歩けそうならラミィ達の所まで下がってて」
ぼたんの声を遮るように言うねねの視線は、ぼたんでもラミィ達の方でもなく、真っ直ぐ一点を捉えていた。
ねねの有無を言わさぬ迫力に息を飲むぼたん。
煌々と光り輝くねねの身体は、先程のロボ子の暴発を想起させる一方、その力を完全に支配しているような、そんな安定感があった。
「……くくく。アハハハハハハハ!!! おいおいマジかよ! 戦闘用に設計されたロボ子ですら吹っ飛ばす程のエネルギーってか!? 今ので確信した。桃鈴ねね! お前、この星の人間じゃないだろ! お前のその力はこの星の生態系に全く見合っていない! エネルギー量が違いすぎる! 今まで38の星を征服して来たが、お前みたいな力を持った生物は初めて見た!! 決めた! 決めたぞ!! この星の次は貴様の星だ!! きっと貴様みたいな奴がゴロゴロいるんだろ!? 貴様にはまず、その礎となってもらう! さあ、その力を吾輩に寄こしやがれ!!」
爆発による土煙の中、そんな歓喜に満ちた声が響く。
ねねは瞬時にぼたんの前に出ると、煙の中から現れたラプラス・ダークネスに対し拳を振り下ろす。
ラプラスの拳とねねの拳が衝突した瞬間、土煙は晴れ、辺りに衝撃が走る。
すぐ後ろにいたぼたんはその衝撃波に吹き飛ばされ、後方で身をかがめていたラミィとポルカにキャッチされる。
真正面からラプラスの狂気に満ちた瞳を見て、ねねは確信した。
「お前は危険だ、ラプラス・ダークネス!!」
「それはお互い様だぜ、桃鈴ねね!!」
いったん互いに距離を取ると、今度はねねが先に仕掛ける。
一瞬でラプラスの懐に移動するが、それを読んでいたラプラスは渦巻く魔力を両手に込め、ねねの頭上に振り下ろす。
「──っ!?」
しかしラプラスのその攻撃は空を切り、魔力弾は自らの足元にある地面に小さなクレーターを作った。
「どこに──がっ!?」
姿を消したねねを探そうと顔を上げた瞬間、痛烈な衝撃がラプラスの側頭部を襲う。
ラプラスの後方に移動していたねねがちょうど良い高さにあったラプラスの側頭部に強烈な蹴りを炸裂させていた。
(こいつ……っ、ルイの最高速度より速いぞ……!?)
接近戦は不利だと踏んだラプラスはバックステップで距離を取り、中距離戦に持ち込もうと自分の周りに6つの魔力弾を発現させる。
「拳しかないお前にこいつが防げるか!?」
「……!」
変幻自在に予測不能な動きを見せながらねねに迫る魔力弾。
その1つ1つがカリオペの肺を貫通したものと同じ威力の魔力弾だ。当然、どれか1つでも当たれば致命傷になりかねない。
しかし──、
ぼたんを爆発から救った時も、ラプラスの肉薄を拳で迎え撃った時も、一瞬ラプラスの懐に潜り込んだもののその動きを読まれていてカウンターを喰らいかけた時も──、
ねねは、予測などという頭を使った動きはしておらず、全て、その目で視認してから救出・迎撃・回避を行っていた。
つまり、今のねねにとって予測不能な動きを見せる魔力弾程度──見てから反応可能だ。
「んなッ!」
驚異的な速度で追尾する6つの魔力弾を最低限の動きのみで回避しながら、ねねはラプラスに接近する。
接近してくる……そう思った時には既に、ねねの拳がラプラスの顔面を捉えていた。
(ねねがあのラプラス・ダークネスを圧倒してる……!)
(ラプラスが人間に押されてる……!?)
ポルカとルイは目の前の光景に驚愕していた。
いや、その2人だけではない。ねね・ポルカと対峙したことのあるこよりも、ただこよりの試験管を投げてくるだけだった以前のねねとは同一人物に思えなかった。
ラプラス、そしてロボ子が数秒も耐えきれなかった謎の力を完全に制御し、あのラプラスを圧倒している。先程ラプラスも確信したと言っていたが、こよりも以前自分がした桃鈴ねねとあの光の力はこの星のものではないという推測は正しかったと確信した。
10数メートル吹っ飛ばされたラプラスは吐血しながらも、その口角は三日月のように上がっていた。
そんな戦闘狂のような表情を見せるラプラスを、ねねはギリっと歯を噛みしめながら睨みつけた。
「……ロボ子さんは記憶を取り戻したかっただけなのに、何であんなことを……!」
「……あん? 何言ってやがる。奴は吾輩達が造った兵器、道具だぞ? それをどう使おうと、吾輩の勝手に決まってんだろ。テメェこそ機械に勝手に情を移して勝手にテメェの要望をこっちに押し付けんじゃねぇよ」
ロボ子の体内から溢れ出した目を覆わんばかりの光。
あれは見間違いようのないほどはっきりと言い切れる。ねねが持つ光の力のソレであった。
ロボ子に飲ませた結晶。あれに以前ねねから奪ったねねの力の一部が凝縮されていたのだろう。ただ、その力に耐えきれず、ロボ子は体の内側から粉々に爆散した。
爆発する直前、ねねは見てしまった。
ロボ子の寂しそうな、それでもって、自分の運命を諦めるように悟った瞳を。
「……自分の都合で作って、感情を与えて、それで自分勝手に道具にして殺すのがお前のやり方か」
「それが何か問題でも?」
「……それは、何の為に?」
「吾輩のために」
「……そうか」
「そうだ」
そう言うとラプラスはすぅっと空中へと浮いていく。
holoXの中では空中ではルイが最も速く飛ぶことができるので、空を移動するときはいつもルイに抱えてもらっているが、ラプラス自身も空を飛ぶことはできる。
光の力を纏っているねねも跳躍することはできても、空を飛ぶことはできない。
ラプラスはねねが跳んでも届かないであろう高さで停止すると、先程とは打って変わって冷え切った目でねねを捉えた。
「殺さないように手加減するというのは難しそうだからな。悪いが、殺す気でいかせてもらう。最悪、お前の体さえあればそれでいい。塵にだけはならないでくれよ」
右手を上空に翳すラプラス。
その掌に魔力弾が発現すると、次第にそれのサイズが2倍、5倍、10倍と膨れ上がり、最終的にカリオペが事務所にしていた高層ビルの高さをも越す大きさの魔力弾が出来上がる。
地上にはルイやこよりもいる。
いや、このサイズなら離れた場所にいるいろはとクロヱにも被害は及ぶだろう。
だが、今のラプラスには目の前の桃鈴ねねしか映っていなかった。
確かにルイ達の顔も一瞬だけ浮かびはしたものの、あいつらなら何とかなるだろうという考えが頭の片隅を通り過ぎると、あっという間に彼女達の存在が意識の中から消えてなくなる。
この街ごと消し飛ばすつもりでラプラスは魔力の隕石を投下した。
ここギャングタウンに住む者達も全員が、その光景を目にした。
空を覆うほどの禍々しい殺意や悪意といった負の感情が渦巻く魔力の塊。
それを見た者達のほとんどが、無条件に死を覚悟した。
(まさか……これが星詠みで見た未来……? でも、それじゃあ時間にズレがあり過ぎる。いや、でも、あれはいくら何でも……)
降り注ぐ魔力隕石を眺めながら、ラミィまでもが膝をついて自分の死を悟った。
そんなラミィの肩にポンと手が置かれる。
そちらを見るとそこにはニカっと明るい笑みを見せるねねが立っていた。
「相変わらずネガティブだなぁラミィは。そんなとこで膝付いてないで、足場、作ってくんない?」
絶体絶命のこの状況でもいつもと変わらない口調で話すねねに拍子抜けするラミィ。
わざとなのか、天然なのか。
まあどちらでもいい。ラミィはいつも彼女のこの性格に助けられてきた。
「……アレ、何とかできんの?」
「知らん」
「知らんて」
「でも、何とかできるとしたらねねだけじゃね?」
「そこはねねが何とかして見せるっていうのが主人公でしょ」
「ねねが主人公? いいね、いつかそんな話書いてよ」
「気が向いたらね」
そんな軽口を叩きながら、ラミィは魔力を練り上げていく。
にぎにぎと拳を握っているねねの身体から溢れ出す光がラプラスを圧倒していた時に比べると明らかに薄くなっていることに、ラミィも、そしてねね自身も気が付いていた。
だが、2人ともそのことには触れない。それを言ったところでどうにもならないのだから。
「一気にあそこまで連れてくから、構えときなよ」
「了解」
ラミィが両手をねねの足元に向けると、パキパキパキとねねの足元に氷が張っていく。
そして、その両手を一気に振り上げるとそれに呼応するようにねねを乗せた氷の柱が勢いよく地面から伸び、一直線に魔力隕石に向かっていく。
「行けぇ! ねね!」
「うおおおおぉぉぉぉぉりゃあああああああああ!!!!!」
全身の光を右手のみに集約し、視界いっぱいに広がる魔力隕石に向けてその拳を突き上げる。
光の拳と闇の魔力が衝突する瞬間──、
チリン──
と、鈴の音がねねの耳に届くと同時に、ピンク色の髪がねねの視界に映った。