チリン──
と、鈴の音がねねの耳に届く。
その鈴の音は一度鳴っただけにも関わらずあまりにも心地良く、一瞬自分が何をすべきだっか忘れさせるほど、安心感のある温かい音色をしていた。
ふわりと桜の花びらの優しい香りがねねの鼻腔をくすぐったと思ったら、目の前が舞い踊る桜の花びらで埋め尽くされる。
そして、その中心にはピンク色の髪をした1人の少女が立っていた。
「はぁ……禍々しい魔力を感じたから来てみれば、とりあえずこれに関してはみこに任せてもろて」
絶体絶命の場面で何とも緊張感のない台詞を発する少女は、今まさに決死の覚悟で拳を叩き込もうとしていたねねの肩に手を置き、腰の帯に刺さっていた御幣を取り出すと、チョンと魔力隕石に触れる。
すると魔力で出来ている隕石が次第に形を崩していき、少女の持つ御幣に吸い込まれていく。
「なにッ!?」
突然形を保てなくなった魔力隕石にラプラスが目を見開いて驚愕する。目の前に自分が生み出した魔力隕石があるため、まだみこが現れたことに気が付いていない様子だ。
これを勝機と感じたラミィは上に伸ばしていた氷の柱を横にも伸ばしていく。阿吽の呼吸でその意図を読み取ったねねは横に伸びる足場に飛び移り、吸収されてどんどん小さくなっていく魔力隕石の範囲の外側に出るとラプラスの姿を捉える。
(ここからなら、届く──っ!)
氷の足場から一気に跳躍する。
魔力隕石が縮小していく現象に戸惑っていたラプラスは、自分に向かって跳躍してくるねねに気付くのが遅れてしまった。
「──ッ!?」
「ッらあぁぁぁ!!」
右手に集約された光の拳がラプラスの腹部に突き刺さる。
メリメリと内臓を潰す感触を拳に受けながら、吐血するラプラスを力に任せて地面に叩き落とす。
ラプラスへ突き刺した拳で光の力を使い果たしたねねは吹き飛ばしたラプラスがどうなったか確認する余力も残っておらず、拳に溜まっていた淡い光を霧散させながら意識を失いかけた状態で重力に逆らえず自由落下する。
それを見たラミィは慌てて氷を上空に出現させようとするが、横から飛び出した人影が落下するねねを見事にキャッチした。
「およよ、突然飛び出していったみこちに付いてきてみたら、まさかまさかのねねちじゃないか」
忍者のような身軽さでねねをキャッチしたのは大きな獣耳と尻尾を揺らす獣人──白上フブキその人だった。
「……フブキさん?」
「やあねねち。元気だった?」
数か月ぶりの再会に落ちかけていた意識が覚醒するねね。
確かにこの出雲の国に来た当初の理由は今この国に滞在しているであろうミオとフブキに会うためではあったのだが、この2人がいるはずの神社はここギャングタウン地方とは真逆に位置するはずだ。
「何でここに?」
「ん? さっきも言ったけど、あそこにいるみこちに付いてきただけだよ。みこちが国の中で禍々しい魔力を感じるって言って急に転移しようとしたから、その転移にくっついてきたの」
フブキの視線の先には大勢が死を覚悟した魔力の隕石をあっという間に消し去ってしまった、白とピンクを基調とした巫女装束に身を包んだ少女だった。
「……あの人は?」
「彼女はさくらみこ。白上やミオの古い友人で、ここ出雲の国を治める巫女だよ」
「……へ? 国を治める?」
「そ。言っちゃえば、この国で一番偉い人」
何気ないフブキの言葉にねねは言葉を失った。
× × ×
「うーん。すぐにあの子が落ちたであろう場所まで行ってみたけど、ウチが行った時にはもう誰もいなかったよ。あの勢いで落下したなら地面に軽いクレーターができててもおかしくないと思ったけど、そういった痕跡もなかった。多分地面に激突する前に誰かしらに助けられたんじゃないかな? 多分ねねちのパンチを喰らった段階で意識は飛んでたっぽいし、自力で助かったとは考えられない」
数分後ねね達がいる場所に合流した大神ミオからの報告を受け、ねねはそういえばとラミィ達の方を振り返る。
あの時、ラミィ達の近くには同じholoXの鷹嶺ルイと博衣こよりもいたはずだ。
ねねのその視線にはポルカが首を横に振って答えた。
「あの2人もいつの間にかいなくなってた。けどねねがラプラスを殴る直前までは近くにいたはずだから、ラプラスを助けたのは姿を見ていなかった残りの2人の方だと思う」
「ああ、そういえば残りの2人は一度も見てなかったね」
あの現場にはいなかったが、あの3人がいたのだから残りの風真いろはと沙花叉クロヱもこの街に来ていたはずだ。そしてこの街のどこにいたとしてもあの魔力隕石は視認できただろう。
「それにしても酷い有様だなぁ。一体何があったの?」
ミオが周辺の様子を見て目を細める。
人の形をしていないが確かに死肉の匂いを放っている謎の緑色をした液体。
あたりの家屋を巻き込むほどの大きなクレーター。
さらにスンスンと鼻を鳴らすと、ここから少し離れた場所でもかなりの数の死体の匂いを感じ取っていた。
「最近はこの街もマシになったと聞いていたんだけど……そうでもないの? みこち」
「……カリが統治し始めた頃からは表面上は多少良くなってたはずなんだけどね……」
そう言いながらみこはクレーターが出来ている場所に歩を進める。
クレーターの中心には不自然に1本の見覚えのある大鎌が落ちていた。
「…………」
それを拾い上げ、チラリと高層ビルの最上階に視線を向けるみこ。
割れた窓からは未だに黒い煙が上がっていた。
「はぁ……」
1つ溜め息をついたみこはその鎌を持ったまま、ねね達がいる方とは逆方向へ歩き出す。
「ちょ、みこちどこ行くの?」
突然のみこの行動にミオが慌てて声を掛けるがみこは振り返ることなく一言だけ発する。
「とりあえず、報告」
それ以上語ろうとせずどんどん進んでいくみこにミオ達は首を傾げながらみこの後を追った。
× × ×
「あれ? ここって……」
「ししろん知ってるの?」
みこが立ち止まった前の建物を見てぼたんが呟く。
「いや、確かここは廃墟だったはず……建物の面影はあるけど、昔はもっと汚かったはず」
「数年前に綺麗にして、今は孤児院になってるよ」
ぼたんの疑問に答えたのは当然ここに一番詳しいみこだった。
「孤児院……」
その単語にぼたんは自然とカリオペの顔を思い出していた。
昔ターゲットリストに載っていた。確か、カリオペは戦災孤児だったはずだ。
「……ていうかさ、ししろんはあの巫女さんのこと知らないの? この国のトップらしいよ?」
「……知らない。私はずっと裏の世界で生きてきたし、表の人の事はほとんど何も──」
「みこは君のことを知ってるけどね。『百獣の女王』さん?」
小声で話していたねねとぼたんがその言葉にびくりと肩を震わせる。まさか聞こえていたとは思わなかったのだろう。
「それで、報告っていうのはこの孤児院にあるの?」
フブキの問いにうんとだけ返すと、ここからは1人で行ってくるよと言い、大鎌を肩に担ぎながらみこは孤児院の中に足を踏み入れた。
「あんなの持ったまま孤児院なんか入ったら中の子供達が泣いちゃうんじゃないの?」
ねねがそう言った数分後、孤児院の中から子供の泣き声が聞こえてきた。
「ほら! 言わんこっちゃない!」
「……いや、多分そうじゃないよ」
「……?」
ぼたんのあまりにも真剣な表情に、ねね達も何となく茶化せる雰囲気ではないことを察した。
ここにいる者達の中で、あの鎌の持ち主と面識があるのはぼたんのみだ。故に他の皆がこのような反応になっても仕方がないだろう。
しばらくして、孤児院からみこが手ぶらで姿を現す。
そんなみこにぼたんは一歩前に出て尋ねた。
「ここは……森カリオペが作った孤児院なの?」
「そうだよ」
真っすぐぼたんの目を見て答えるみこ。
この様子だと、獅白ぼたんと森カリオペの関係性も彼女は知っているのかもしれない。
かつては互いに恐れられた存在であり、殺し合いをし、そして命を見逃された。
何故あの時見逃されたのか、その時の答えがきっとこの光景なのだろう。
カリオペがどうなったのか、それを把握したみこはカリオペが管理していたこの孤児院にもうカリオペがここに来ることができなくなってしまったことを真っ先に伝えに来たということだ。
未だ聞こえてくる子供達の泣き声が、どれだけこの孤児院でカリオペが慕われていたのかを物語っていた。