「フッ……神と鬼が喧嘩してるっていうから来てみたけど、なかなか面白そうじゃん」
1人の少女が両刃斧を肩に担ぎ、丘の上から戦場を見下ろす。
身の丈程の長さのある斧を振り回すには明らかに見合っていない細い腕なのにもかかわらず、少女は容易に斧をブンと振るった。
全身には眩い光を纏っており、遠く離れている場所からでもその光り輝く姿は確認できた。
──星街すいせい。
神々の喧嘩のせいで滅びようとしているこの星を救うべく、別の星からやって来た光の英雄だ。
× × ×
「とにかく動いて! すいちゃんはその状態を2週間は続けられてたよ!」
出雲の国にある桜神社を訪れてからひと月が経とうとしていた。
その身に宿る光の力を良く知るさくらみこに修行を付けてもらっているのは、最近ようやくこの光の力を制御できるようになり始めてきたねねだった。
ねねはみこの指示通り光を全身に纏いながら、みこが魔法で作り出した岩のゴーレムを次々となぎ倒していく。みこ曰く、とにかくこの力の持続時間を長くするのが一番の生存確率が高くなる方法とのこと。
確かにこの力を使っている間は傷の治りも早いし、人の限界を超える力を出すこともできる。
ただ、ひと月前、ギャングタウンにてラプラス・ダークネスと対峙した時もそうだったが、この状態を維持し続けることが何よりも難しく、体力を大きく消耗する大変な作業だった。
みこが言うには『光の星の勇者』のモデルとなっている星街すいせいという少女は、長期間光の力を放出することを可能にしていたとのこと。
しかし、体力の差なのか、それとも熟練度の差なのかは分からないが、このひと月の間何度やってもねねがこの光を纏い続けることができるのは5分が限界だった。
「ちょ、ちょっと……休憩を……」
光もかなり薄くなり、頬の擦り傷も自動治癒されなくなり始めたねねはゴーレムのパンチをギリギリで躱すと、全身を纏っていた微かな光を右手に集め裏拳でゴーレムを破壊した。
それと同時に右手に移した光も完全に消え、ねねはその場に倒れ込んだ。
みこはその場に仰向けに寝転がるねねの所まで移動すると、ねねを見下ろしながら腕を組んで悩み顔を見せる。
「うーん、力自体はすいちゃんと酷似してるんだけど、持続時間が違い過ぎるんだよね。逆に瞬間最大火力はねねちの方が上かもしれない。それに力を一点に集中させるとか、すいちゃんがそんな使い方をしてるところはあんま見たことないんだよね。すいちゃんが得物を使って戦ってたのも関係してるかも」
「得物を使っているとどう違うの……?」
「すいちゃんが使ってた斧はどう考えてもすいちゃんの筋力に見合わないサイズと重量だったからね。それを自由自在に扱おうと思うと全身にその力を満遍なく纏う必要があったんじゃないかな」
「なるほど……?」
「つまり拳が武器のねねちは必要な箇所にだけその力を纏わせればいい。って思ってやってるんじゃないの? 全身に回すだけの力が足りてないときでも、器用に一点集中させてるし。意識してやってるんだと思ってたけど」
しかし、みこの問いにねねは首を横に振る。
「気づいたらというか、最初からできたというか。というかこれがこの力の本来の使い方なんじゃないかって思うんだ。じゃないと持たないもん。2週間とかその人絶対おかしいよ」
にぎにぎと握って自分の右手に異常がないことを確認する。
当然普通の人間の体と何ら変わりないねねが岩のゴーレムに素手で裏拳を叩き込めば、骨折してもおかしくない。しかしねねの右手には傷一つ付いていなかった。
「……でも、光を纏ってた右手は傷が治ってるけど、頬の傷は残ったままだよ」
「んえ?」
みこに頬を触れられると、触れられた場所にピリッとした痛みが走った。
「つまり、光を纏っている場所にしか自動治癒能力は発動しないということだね」
「……? でも以前この光を纏っている間でも治らなかった両腕両足の傷が、光が消えてから塞がったこともあったよ?」
ポルカとレックスの救出をしにholoXの地下基地に入った時のこと。
鷹嶺ルイの羽に両腕両足を貫かれた傷だが、事が落ち着いた後に光もすっかり鳴りを潜めていたが、まだ貫通した傷は残っていて、ポルカに包帯を巻いてもらった。
しかし、その数時間後に傷は塞がっていたということがあった。もちろん包帯を巻いてからそれまでの間は一度も光の力を使っていない。というか、その時からギャングタウンに来るまでねねは光の力を使うことができなくなっていた。
「んー? それは変だね。じゃあ何で今は頬の傷が治らないんだろう……」
「さあ?」
2人して首を傾げる。
光の力を操るすいせいを近くで見ていたというだけで、みこもこの力の全てを熟知しているわけではないようだ。
「まあでもこのひと月の間、光を纏っている間は基本傷を負ってもすぐに治癒されてたから、光を纏っている箇所は自動治癒能力が働くと思っても問題ないと思うよ」
「……ねえみこさん」
「ん?」
「ねねってこの星の人間じゃないと思う?」
「……? ああ、そういえばねねちって記憶を失くしてるんだっけ? まず間違いなくこの星の人間ではないよ。だってこの星を作った神と、この星の最初の生物である鬼神が口を揃えて何だこの力はって言った力に酷似した力を持ってるんだよ。どう考えてもその力はこの星のものではない」
「じゃあ、何をしに、どうやってこの星に来たと思う?」
「知らん!」
「ええ……」
はっきりと言い切るみこにねねは不満げに肩を落とす。
亀の甲より年の功と思いみこの意見を聞こうと思ったのだが、即答されるとは思わなかった。
「ねねちがどこからどうやって来たなんて分かるわけないでしょ。でも、同じような力を持って別の星から来た星街すいせいは、この星で世界を救ってたよ」
「……ねねも同じくこの世界を救いに来たと?」
「知らん!」
「ええ……」
このさくらみこという少女と話していると時たま凄く脱力することがあるのだが、ただ何故かその後自然と笑顔にもなってしまう。彼女もまた不思議な力を持った少女だった。
「おーい、そろそろ晩御飯できるってー!」
本殿の方からラミィの声が聞こえる。
気が付けば日も落ち始めていた。
「今日の修行はここまでかな。明日からは全身に光を纏うんじゃなく、部分部分に瞬間的に光を纏う訓練をしてみようか」
「はーい!」
みこに起こしてもらい、2人はラミィ達が待つ本殿に戻ることにした。
× × ×
(ねねの修行も大変そうだけど、ラミィ達も一緒に強くならないといけないもんね……)
ねねがみこにマンツーマンで修行を付けてもらっている一方で、ラミィ・ぼたん・ポルカもミオとフブキに修行を付けてもらっていた。
こちらはひたすら実戦形式で、ミオとフブキ相手に3人がかりで挑んでいるのだが、最近になってようやく多少のダメージを与えられるようになってきていた。初めの頃は全くと言っていいほど彼女達に傷を付けることができていなかったのだ。
ぼたんの狙撃は軽々躱し、ポルカの奇襲も受けた上で力で抑えつけ、ラミィの放つ氷柱の雨も完璧に防いで見せていた。
このひと月で確信していた。
みこも含めたこの3人は少なくとも秘密結社holoXの誰と対峙しても問題なく相手できる程度には、ラミィ達にとっては格上の実力者達だ。
それでもこのひと月で確実に力を付けられてきているのは間違いない。
ラミィは与えられた自室に戻ると、最近ルーティン化している準備を始める。
昔、ぼたんに翌日の天気を当てて見せたことがあるように、ラミィは別に星詠みの神殿でなくても星詠みを発動させることができる。ただ、星詠みの神殿で行うよりも時間軸の精度が落ちてしまうという欠点があるだけだ。
ここに来てからは自分達でも自覚ができるくらいには、成長してきたと思う。
だからこそ、最近は毎日のように夜になるとラミィは星詠みをしていた。
術式を要しない、星詠みの神殿で見せた星詠みよりもかなり簡易的な星詠み。
時間軸はそうだが、あまりにも先の未来は見ることができない。
ただ、1年程度の未来なら問題なく見ることができる。
──血の海に沈む3人の姿を。
「……っ」
星詠みの未来を変える。そのためにラミィ達はここに来た。
しかし、何度見ても、未来が変わることはない。
(このままじゃ、間に合わない……!)
「星詠み、したんだよね。どうだった? どう思った? これからどうするの?」
その声は耳元からした。
「──っ!?」
まただ。
この少女は突然ラミィの下に現れる。
「驚いたよ。まさか星詠みをしたのにまだ一緒にいるんだもん」
「……百鬼あやめ。一体何なのアンタは。何でラミィのところにばっかいきなり現れるの……?」
「そういえばさ、百鬼の者が均衡者になったのって、父上が誕生した時からではないんだって」
いきなり現れていきなり雑談を始めるようにあやめはラミィのベッドに腰かける。これではまるで友達のようだと、ラミィは見せつけるように眉間に皺を寄せる。
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。ちょっと面白い話を父上から聞いたから誰かに話したくなったんだよ。でね、この均衡者っていう制度ができたのって星天戦争っていう大昔にあった大戦争が原因なんだって」
つい最近聞いた単語にラミィがピクリと反応する。
「まだ均衡者という制度がない時、その大戦があったらしいんだけど……あ、まだ余も生まれる前の話ね。その戦争で本来はこの星って無くなるはずだったらしいんだ。でも、別の星からやって来た1人の少女がこの戦争を止めてしまったせいで、この星は滅びずに済んでしまったんだってさ」
「星が滅びないのはいいことなんじゃないの?」
「いいことじゃないよ。本来そこで滅びるはずの星が滅びなかった。余所者がこの星の均衡を崩してしまったんだ。これは後に大きな跳ね返りがあると思った方がいい」
あやめは淡々と話していくが、話が抽象的過ぎてラミィには今一つピンと来ていなかった。
だが、そんなラミィの様子を気にすることなく、あやめは話すことをやめない。
「その後、これ以上運命の変革が起きないように、生物の祖として父上は均衡者となり、時折現れる均衡を崩しかねない存在を排除してきたんだとさ」
以前エルフの里で会った時は均衡が崩れたことはないと話していたあやめ。
しかし、均衡者という制度ができるよりも前で、あやめも生まれる前、一度大きくこの星の均衡が崩れていたのだ。
「と、まあこんな話はどうでもいいんだけどさ」
「はぁ!? ペラペラとそっちから話し始めておいて、一体何しに来たの? 言っとくけど、今ここには師匠やフブキさん、それにみこさんだっているんだからね? ラミィが大声出せばその人達と戦うことになるよ?」
「ああ……あの神にも人にもなり損ねたポンコツか」
あやめは興味なさげに欠伸をしながら呟く。
「もう一度聞く。百鬼あやめ、あなたはここへ何をしに来たの?」
「もう一度聞く。星詠みをしたのに、何で君はまだあの子達と一緒にいるの?」
──てっきりすぐに離れるものだと思って楽しみにしてたのに。
そう言って、あやめは着物の袖を口元に当てながらクスクスと笑う。
言っている意味が分からないとラミィがいい加減にしろという意味も込めて、一瞬で氷で剣を作りそれを右手で握って構える。
だが戦闘態勢に入るラミィを見ても未だにベッドに腰かけながらジッとラミィを見つめるだけのあやめは、そのまま小さく溜息をついた。
「……楽しませてくれと言ったのになぁ。それに、君の星詠みは君自身が誰よりも理解しているはずだろうに。思考の放棄、固定概念、怖いねぇ……」
誰に言うわけでもなくひとりそう呟くと、あやめはぴょんとベッドから飛び降りラミィに近づくと耳元に口を近づける。
「───」
この日、雪花ラミィがねね達の前から姿を消した。