「うおーい、連れてきたよー」
森の入口で以前寄った街で買っておいた干し肉を齧っていたぼたんとポルカは、森の中から聞こえたねねの声に反応するように顔を上げる。
「……って、ああ! 干し肉食べてる! ねねのは!?」
「「ごめん、食べちゃった」」
「何故!?」
「「いや、腐るといけないし……」」
「干し肉な上におまるんの収納魔法なら絶対に腐らないのに!」
両手両膝を地面に付いて打ちひしがれるねね。
まさか自分がエルフを連れてきている間におやつタイムを開いているとは思わなかった。
「あ、フレアさん」
ねねの後ろに付いてきていたフレアに気付き手を振るポルカに、フレアもやあと手を挙げて応える。
「3人とも久しぶりだね。……それで? わざわざあたしに案内を頼むってことはラミィはいないの?」
「……あー」
このフレアの言葉でここに来た一番の理由、ラミィがこの里に来ていないかという問いが潰されたことになった。どうやらラミィはこの里にも寄っていないらしい。これでねね達が思いつくラミィが行きそうな場所がなくなってしまった。
「……とりあえず、里に行こうか」
黙り込むねね達に何かを察したフレアは迷いの森を指差してねね達を促した。
× × ×
フレアの案内により迷いの森を抜けたねね達は、そのままの足でフレアの自宅へ上げてもらっていた。
「それで、何があったの?」
リビングに通されたねね達は、長い足を組みながら紅茶を啜るフレアの質問に出雲の国にある桜神社にて起こったことをありのまま話した。
「それで、翌朝にはいなくなってたわけだ」
「はい」
「その前日は何か変わった様子とかはなかったの?」
「うーん、ねねは何も感じなかったけど……」
「私も」
「ポルカも一緒にフブミオの2人に修行を付けてもらってたけど、特に変わった様子はなかったと思う」
「んじゃ、夕飯後から翌朝いなくなるまでの間に何かあったんでしょ」
「いや、その何かが分からないから困ってるんです。フレアさん、ラミィがどこか行きそうな場所とか心当たりありませんか?」
何か手がかりになるようなものが残されていたのならまだ何か違っていたかもしれないが、ラミィの部屋には何一つとしてそういった痕跡が残されてはいなかった。
最後の頼みの綱としてこの里に来たのだが、フレアは小さく首を横に振る。
「そもそもあの子は箱入りのお嬢様で、この里にいた頃なら知ってるけど、里を出た後のことなら君らの方が知ってるよ」
フレアは紅茶のカップをテーブルに置きうーんと大きく伸びをすると、ソファーから立ち上がる。
「……? どこ行くんですか?」
「実は今日これからお客さんが来るんだよ。んで、ちょうど来たっぽいからお出迎え」
フレアがそう言うと、まるでタイミングを見計らっていたかのようにちょうど玄関がノックされる音が聞こえる。
はーいと言いながらフレアが気だるげにリビングから出ていく。
「……え、こんなタイミングでお客さんって、まさか……え?」
「……いやいや、だったら先に言うでしょ。それにあの言い方だとお客さんが来ることの方が先に決まってたみたいだし、私達に会った時にラミちゃんがいないことを聞くのはおかしいじゃん」
「……でも確かあの人ってボケるの大好きだよね? 実はポルカ達の反応を見て楽しんでたとか……?」
あまりにもなタイミングの来客にまさかと勘繰ってしまう3人。
何の根拠もない期待を秘めているとリビングの扉が開く。
「やっほー! ねねち達来てるんだって? 久しぶりー!」
「…………………ハァ」
「あ! 今溜め息聞こえた!!! 誰!? アキロゼの顔見て溜め息ついたの誰!? 謝って! アキロゼ今の凄く傷ついたから謝って!! アキロゼは森の精に守られてる長寿のエルフなんだぞ! 罰が当たっても知らないから! それが嫌なら今すぐ謝って!」
リビングの扉から元気よく入ってきたのは若干頬を赤らめてテンションが高くなっているアキ・ローゼンタールだった。ちなみにその手には麦ジュースの瓶が握られている。
「アキロゼさん久しぶりです。ラミィの居場所とか知ってますか?」
「ほえ?」
「もういいです。じゃあフレアさん、ねね達ラミィの家に寄ってからまた里を出ますんで」
「待った待った。言いたいことは分かるけど、この里で一番物知りなのもこの人だから。少しくらい話してあげて」
「なになに? アキロゼ置いてけぼりなんですけどー」
ねねはもう一度溜め息をつくと、仕方ないとフレアに説明した内容を再度アキロゼにも説明する。
この里を出た後出雲の国へ向かったこと。ギャングタウンで起きたことについても軽く触れ、そして桜神社で修行をつけてもらい、そしてある日突然、雪花ラミィが姿を消したこと。
「……ふぅん」
それだけ呟いてアキロゼは酒瓶をフレアから受け取ったグラスに傾けて、黄金色の液体と真っ白な泡を完璧な配分で注いでいく。
「アキロゼさん、ラミィがどこか行きそうなところに心当たりはありませんか?」
「なーい」
ぐいっとグラスに注がれた麦ジュースを一気に煽るとアキロゼは鼻の下に白い髭を蓄えながらヘラヘラと答える。
アキロゼのその態度にムッとした感情が表情に出たねねを、一瞬だけアキロゼの鋭い視線が貫いた。
「な、なんですか?」
「んー。ねねち達さ、わざとやってない?」
「は?」
「無意識かー。それはそれでどうなんだー? ……あのさ、何の手がかりもなく失踪した奴を無作為に探して見つかるわけなくない? この世界、どれだけ広いと思ってんの?」
唐突に冷めた視線をねね達に浴びせるアキロゼ。
赤らんでいた頬はいつの間にか通常の色白に戻っており、生ける歴史と呼ばれている歴戦の戦士の顔がそこにはあった。
「で、でも……じゃあどうすれば……」
「考えなさいよ。その日まで何もなかったはずのラミィが一晩で書置きもなしに突然姿を消したんでしょ? 1つずつ、考えてみなさい」
スッと目を細め諭す彼女は歴戦の戦士から今度は先生の顔になっていた。
仮に、ラミィがいなくなるその直前までねね達が言うように突然姿を消すような原因がなかったと仮定しよう。
それなら夕飯後~翌朝までの時間帯にラミィの身に何かが起きたことになる。
争った形跡はなく荷物も綺麗さっぱり無くなっていたことから誰かに無理矢理連れ攫われた可能性は低い。そして書置き等残さなかったということは、変にねね達にヒントを与えるのを避けたからだ。
つまりラミィはねね達から確信犯的に距離を置きたかった。置く必要があった。
ねね達に居場所が特定されるのを避けたかった。
「でも、その理由は?」
「いやいやいや、そんなの1つしかないでしょ。数時間前まで一緒に修行をしていた仲間のことが急に顔も見たくなくなるくらい嫌いになるほど、あの子は病んでないと思うよ」
「……つまり?」
「はぁ、何でも聞こうとするね。逆に考えなー。すぐにでも、そして1人で行かなくてはいけなくなった場所ができた。そんな急にって? そう急にだよ。その急にを知る術をあの子は持ってるんだから」
「…………!」
──星詠み。
「以前、この里であの子がした星詠みの結果ならフレアから聞いた。その時期が、もしかしたらはっきりと見えちゃったんじゃない?」
だから、1人で向かった。
「だ、だとしてもなんで1人で……」
「あの子が見たのは君達の死。そして星詠みは術者の未来を見ることはできない。つまり、君達と一緒にラミィも死ぬということはまだ確定していない。自分は死なない。その可能性に賭けた。だから君達を置いて行った。そんなところじゃない?」
星詠みで見えない以上、ラミィの未来は確定していない。
だからこそ、死ぬ運命が決まっている3人を救うために、1人でその原因を排除するために姿を消した。
これがアキロゼの推測だった。
「つまり……ラミィは1人で、百鬼あやめのところに……?」
そんな危険をラミィ1人に背負わせるわけにはいかない。
ねねとぼたんとポルカは互いに頷き合う。
ねね達が覚悟を決める数週間前。
エルフの里から数十キロ離れた岩山では、岩の剣山に胸部を貫かれた雪花ラミィの姿があった。