不知火フレアが迷いの森に向かってから数時間がたった頃、フレア宅にてアキロゼからその後もエルフやラミィに関する話を聞いたり、逆にねねが力を使えるようになった事についてなどを話していると、突然ドンドンドンと玄関の扉が叩かれる音がした。
「フレアさんにお客さんですかね?」
「うーん、どうなんだろ? ちょっと出てくるね」
アキロゼはソファーから立ち上がりリビングから出ていく。
玄関先で訪問者とアキロゼの話し声が聞こえてくるが、何を話しているのかまではねねの耳には聞こえてこない。
しかし、訪問者の方は切羽詰まった様子でアキロゼに何かを伝えているのは感じ取れ、何事かとねねも耳をすましていると、突然リビングの扉が開かれ、そこには溜息をついたアキロゼが立っていた。
「フレアさんが重症だって聞こえてきましたけど……」
「ええ!?」
アキロゼが何か言う前にフェネック特有の大きな耳をピクピク動かしながらそう言うポルカに、ねねは驚きの声を上げる。
「みたいだよ。迷いの森で敵襲にあったみたい」
「じゃあ急いで助けに行かないと!」
「アキロゼは今から行くつもりだけど、君らは──」
「もちろん行きます!」
「うん、そんな気はした。じゃあ急いで向かおうか」
ねね達は報告に来たエルフの男性に案内されながら、フレアが敵襲にあった迷いの森に急いで向かった。
× × ×
アキロゼに報告が来る30分程前。
迷いの森にて、同じ風の一族であるエルフ2人を連れて侵入者がいないか警戒にあたっていたフレアだったが、森の様子に若干の違和感を感じていた。
「ねえ、何か森の様子がいつもと違くない?」
「へ? そうですか?」
(……あたしだけか?)
仲間のエルフには特に違和感がないようだが、明らかに今朝から迷いの森が異様な空気に包まれているような気がしていた。
(てっきりねねちゃんが原因かと思ったけど、今ねねちゃんはうちにいるはず。となると、やっぱり何かがこの森に入り込んでるね……)
フレアは背中に掛けていた弓矢を手に取り、辺りを警戒する。
「2人とも警戒して」
そんなフレアの言葉を聞き、仲間の2人も弓矢を構える。
違和感の正体が分からないまま、フレア達は5分程ゆっくりとしたペースで歩みを進めていると、1本の木の前でその足を止めた。
「…………この木」
「ん? 確かにこの木だけおかしいですね。他の木と比べると傷が目立つ」
この森の木々はエルフ達によってあえて同じ形になるように魔法で成長させられている。故に本来であれば、他の木々より目立つような木が1本だけ生えているということもあり得ないはずだ。
仲間の1人がその木に触れようとしたとき──、
「触らないで!」
木に触れようとしていたエルフの男は、突然のフレアの強い言葉に肩をビクリと震わせて動きを止める。
フレアの様子に驚く2人だったが、当のフレアの視線は目の前の傷だらけの木に釘付けだった。
「フレアさん?」
「この木……見覚えがある」
2人に声には反応を見せず、ゆっくりと目の前の木に近付いていくフレア。
そして木に触れようとした瞬間、木の後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「フレア……?」
「──っ!?」
その声は、80年も前に、二度と聞くことのできなくなった声だった。
それでも、たったの一度も忘れたことのない声だった。
「…………………………ノ、エル?」
自分でその名前を口にすることで、より現実味が増し、体から力が抜けた。
構えていた弓がだらんと垂れ下がる。
この木は──昔、初めて彼女と出会った時の場所だ。
この傷は今でもよく覚えている。彼女がメイスを振り回してつけた傷だ。
あの日もいつも通り狩りに出るため里の外へ出ようと1人でこの森を歩いていた時、この木の後ろからひょこりと銀色の髪が顔を覗かせたのだ。
「あ、やっぱりフレアだ」
あの時と同じように木の後ろからひょこりと顔を出したのは、見間違いようのない銀色の髪。白と紺色の騎士服に肩や腕、脚には黒の装甲に身を包んだ少女。
間違いなく──80年前にフレアの目の前でその命を落とした白銀ノエルその人だった。
「な、んで、ここにノエルが……」
「どしたのフレア。そんな幽霊でも見るような顔して」
驚きを隠せないフレアは目の前の少女が本物なのかどうか確かめようと手を伸ばす。
フレアの手がノエルの頬に触れると、その手には確かに体温を感じた。
何度も何度も触れて確かめる。
忘れるはずもない。200年以上生きてきて唯一の相棒と呼べる彼女の体温を、間違えるはずがない。
それが善か悪かは分からないが、ここはエルフに加護を与えた精霊の住まう森。
明日はその精霊が10年ぶりに戻ってくる日だ。そんなタイミングでこんなことが起きてしまえば、奇跡を疑わずにはいられない。
フレアの瞳からは涙が零れる。
一滴、二滴と頬から伝う雫が地面に落ち──
「フレア!!」
その雫が、自分の腹部から溢れ出す赤い液体だということに気が付いたのは、自分の名を呼ぶその声が聞こえた時だった。
「……アキ、ちゃ──」
残像を残すスピードでソレに肉薄するアキロゼ。
勢いそのままに空中回し蹴りでソレを蹴り飛ばし、フレアから強制的に離れさせる。
「アキロゼさん! 上!」
アキロゼの後ろから付いてきていたねねの声に反応したアキロゼが手を頭上に掲げると、そこに不可視の障壁が展開され、頭上から落ちてきた十数本の槍を全て弾き落とした。
「フレア、大丈夫──じゃなさそうだね」
フレアは三又に分かれた槍に両腕が貫かれ、そのまま木に磔にされている。
そして腹部には1本の短刀が突き立てられており、そこから黒い瘴気が流れ出ていた。
「あ……え、ノエ、ル……?」
意識が朦朧としているフレアを確認すると、アキロゼは両腕の槍を引き抜いて木から下ろす。
しかし、腹部に刺された短刀は謎の瘴気を放っているため迂闊には触れられない。
「……あーあ、せっかく良い夢観させてあげてたのに……あ、そのナイフは抜かない方がいいよ。痛覚が戻るから」
アキロゼに吹き飛ばされたソレがイテテと頭を擦りながら土煙の中から姿を現す。
そこから現れたのは肩、へそ、脚を大胆に出した格好で、紫の長い髪は両耳の上で結んでおり、2本の小さな角が生えた帽子を被っている少女。
そして何よりも特徴的なのは、獣人のものとは違う先端の尖った尻尾が、自由自在にクネクネと動き回っていた。
「あなた……何者?」
アキロゼの問いに少女はうーんと顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「えーと、一言で言えばここの精霊をガチ恨みしてる悪魔、かな? 明日あのくそ野郎がここに帰ってくるんでしょ? ここの精霊も、その精霊を奉るエルフも、とりあえず全員トワがぶっ殺すから」
突然現れていきなりフレアに重症を負わせる辺り、冗談で言っているようには聞こえない。
自分のことをトワと呼ぶ少女は、到底悪魔とは思えない天使のような笑顔で言い放った。
「よろしく」