自分をトワと呼ぶ少女は、天使のような笑みを浮かべてハッキリと皆殺しだと告げる。
「森の精霊に恨み? なに? 精霊に親でも殺された?」
フレアをポルカに預け、アキロゼは皆を守るように一歩前に出ながら尋ねる。
「ま、似たようなもんだよ。わざわざそれをこれから死ぬアンタに言う必要も無い」
手を前にかざしたトワの目の前に魔法陣が現れ、そこからフレアの両腕を刺していたものと同じ、三又の槍が出現する。
それを両手に持ち、戦闘態勢に入るトワ。
「ポルカちゃん、フレアを村まで連れてってくれる? 2人はポルカちゃんの案内と護衛」
ポルカとフレアと一緒に森に入っていたエルフ2人に重症のフレアを預けるアキロゼ。
本当はアキロゼやねねが運んだ方が早いのだが、どうも目の前の敵さんは一筋縄ではいきそうにない。
そうなると、戦力はここに残しておきたい。
ポルカは1つ頷くとフレアに負担がかからないようにそっとお姫様抱っこの要領で持ち上げ、里のある方へ駆け出す。
それを見送ったアキロゼは目の前のトワに意識を戻す。が、そこにトワの姿がなくなっていた。
「……っ、どこ行った!?」
「アキロゼさん、上!」
ライフルを構えたぼたんが声を上げるが、トワはアキロゼが見上げた時には既に大跳躍でアキロゼの上を越えており、構えた槍を駆け出しているポルカ目掛けて投擲する。
魔法が付与されているのか、投擲された槍は真っ赤な炎を纏いながらフレアを抱えたポルカに迫る。
「しまっ──」
アキロゼがしまったと声を上げる前に──隣の人影が動いた。
その人影は爆速で進む槍を軽々追い越し、槍とポルカの間に入ると煌々と輝く脚で炎の槍を蹴り返す。
まさか自分の投擲した槍が自分に跳ね返ってくるとは思っていなかったトワは、身動き取れない空中で腕をクロスにして炎の槍を正面から受け止める。
「ぐっ……!」
しかし槍の勢いを抑えきれないトワは、そのまま押されるように森の大木に叩きつけられた。
「ぐはっ」
背中から大木に叩きつけられて吐血するトワ。
いきなりの出来事に足を止めていたポルカだったが、今のうちにというねねの目配せに頷くと、そのまま走り去っていった。
走り去るポルカを背で守りながら大木に叩きつけたトワに視線を向けると、彼女は口元の血を拭いながらこちらを睨みつけていた。
「……あー、痛い痛い痛い──いってぇな!! オイ!!!」
目をかっ開いて怒鳴るように叫び放つトワ。
がなり声が空気を揺らし、ビリビリと肌で感じ取れるほど彼女は威圧感を解き放っていた。
叩きつけられていた木から飛び降り、コキコキと首を鳴らしながらねね達に近付いてくるトワ。
一連の流れで服に汚れは付いているものの、これといった外傷はない。あの炎の槍を正面から受け止めても無傷で済んでいたらしい。
「ねねちゃん、気を付けて。ああ言ってはいるけど、どうもダメージが入ってるように見えない」
アキロゼの耳打ちにねねも同感だと頷く。
今の一撃といい、最初のアキロゼの蹴りといい、確実に決まってはいたものの手ごたえがあまりにも軽いのだ。
再び出現させた槍を片手に、一歩ずつねねとアキロゼに近付くトワ。
ねねとアキロゼも少し腰を落として臨戦態勢を取ると、近付いてきていたトワの足が突然止まる。
「……カハッ」
「「……!?」」
急に足が止まったかと思えば、いきなり吐血するトワ。
そんなトワの右胸部分には銃弾が貫通した跡があり、血が滲み出ていた。場所的にも間違いなく右の肺を貫いており、ろくに呼吸ができなくなったトワはその場に崩れ落ちた。
「とりあえず即死はしてないと思うけど、確実に肺は撃ち抜いた。ろくに呼吸もできないし、話すこともできないと思うよ」
いつの間にか草陰に身を潜めて機を窺っていたぼたんがライフルを肩に担ぎながら姿を現す。
彼女のライフル弾がトワの肺を見事に貫いたらしい。
「さて、こいつをどうしようか」
アキロゼは倒れ込んだトワの下へ近づき、膝を付いてトワの脈を測る。
ぼたんの言った通り一応生きてはいるようだが、急いで応急処置をしないと出血で命を落としかねない。彼女にはこの森の精霊とエルフの命を狙った容疑で事情聴取する必要があるだろう。
「とりあえず、この中で一番速く走れるねねちゃんにこの子を里まで運んでもらって──、あれ、2人とも?」
ふと振り返ると、そこにはねねとぼたんの姿はなく、いつの間にか倒れ伏すトワとアキロゼしか残っていなかった。
アキロゼは慌てて立ち上がり、辺りを警戒する。
あの2人が音も立てずに急にいなくなるとは考えづらい。
(……まさか、まだ仲間が近くに?)
ぼたんの放ったライフルの弾は狙い通り見事にトワの肺を撃ち抜き、トワの無力化に成功した。
トワの生死を確認しようとトワの首元へ手を添えるアキロゼの様子を一歩後ろから見守っていると、後方からガサッという音が聞こえた。
この中で唯一獣人であるぼたんだからこそ聞き取れた微かな物音にぼたんは2人より素早くライフルを構えて振り返る。
「…………っ!?」
何者かとそちらに視線を向けると、そこには数か月前に目の前で死んだはずの黒装束が大きな鎌を担いで草陰からこちらを覗いているのを発見した。
アキロゼがトワの脈を測るのを見ていると、ねねはふと全く別の方へ視線を向けて驚きの顔をしているぼたんを見つける。
「ししろん?」
ねねの声に反応を見せず、じっと一点を見つめているぼたんの視線を追っていくが、その先には何もなくただ森が続いているだけだった。
「ししろん、一体何を見て──っ!?」
一瞬、ほんの一瞬だけ視線を外した間に、横に立って並んでいたはずのぼたんが姿を消した。
いや、ぼたんだけではない。
足元に倒れていたはずのトワも、そのトワの脈を測っていたはずのアキロゼも、今の一瞬で姿を消してしまった。
「…………」
ねねは全身に光を纏わせると、この異常事態に周囲を警戒する。
(なに、この違和感……一度木の上まで跳んでみるか? 倒れていたあの悪魔っ娘まで一瞬でいなくなったってことは、あの一瞬で魔法にかかった?)
何が来てもいいように全身に纏う光の出力を上げる。
集中力を最大限まで高め、少しの物音も人影も聞き逃さない、見逃さない。
───カサリ、
背後でその音が聞こえた瞬間、ねねは残像を残してその物音がした場所の背後に回り込む。
「わあっ、待った待った! わたしわたし!」
その姿を見たねねは──、目を見開いて振り上げた拳を静かに下ろした。
「いってぇ、マジ痛ぇ。いきなり肺撃つとかないわ~。ま、そのおかげで皆良い夢みられてるかな」
恨み節を溢しながら太い木の枝に腰かけて怪しげに微笑む悪魔が、地面に倒れ伏す3人を面白そうに見下ろしていた。