ねぽらぼのね   作:夢寺ゆう

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夢で再び

 気が付いたら後ろにいたはずのねねとぼたんが姿を消し、地面に倒れ伏すトワと自分しかいなくなってしまったアキロゼは2人が何者かに連れ攫われたのではと即座に周囲を警戒する。

 

 しかし、何の音も気配もなく強力な力を持つねねと、気配に敏感な獣人であるぼたんを同時に連れ去るというのはいささか考えづらい。

 

(……連れ攫われたってわけじゃないとしたら、おかしいのはアキロゼ? アキロゼだけが魔法にかかったのか? だとしたらいつ?)

 

 うつ伏せで地面に倒れ伏すトワに視線を向け、そっとその身体を仰向けにひっくり返す。

 

「……っ!?」

 

 そして、ひっくり返したトワの顔を見た瞬間、アキロゼは驚きでついトワから手を離して口を抑える。

 そこにあったのは、まるでのっぺらぼうのように目や鼻、口といったパーツが無くなっているトワの顔だった。

 

「……くそ、そういえば悪魔って言ってたな。幻覚か何か分からないけど、いつの間にか術中にはまってたのか。一体いつからだろ?」

 

 アキロゼは先程救出した際のフレアの様子を思い出す。

 意識が朦朧としていたフレアは小さく「ノエル」と呟いていた。彼女が呼ぶその名前はアキロゼが知る限り1つしかない。仮にフレアと今のアキロゼが同じ状況に陥ってしまっているとしたら、アキロゼの身体も現実ではフレアのように倒れており、今いるこの世界でフレアは白銀ノエルと会っていた可能性がある。

 

(そしてもう1つ……あの悪魔はあの状態のフレアに、せっかく良い夢を見せてあげてたと言っていた。つまりここはあの悪魔が見せている夢の中で、しかも恐らく、この魔法に掛かった者の大切な人、もしくは心や記憶に強く残っている人がその夢の中で現れる──)

 

「──フレアにはノエルが出てきたってのに……そう、アキロゼにはそう来るか……」

 

 何千年という時を生きる──それも大きな戦争の最前線を経験したことのあるアキロゼにとって、敵の魔法や幻覚に掛かるのも当然初めてではない。

 そんな数多の経験から現在自分が掛かっている魔法を看破し、その上でいつの間にか背後に現れた人物に冷や汗が止まらなくなっていた。

 

 アキロゼに似た金色の髪、長寿であるところもある意味似ている。

 一見すると普通の人間の少女だが、小さく笑みを浮かべる口元から覗くその歯は到底普通の人間にはない鋭さを持っていた。

 

「確かに一番記憶に残ってるって言われたらそうなんだけどさ……流石に勘弁してくれないかな」

 

「いいじゃんいいじゃん。血を分け合った仲でしょ」

 

「分け合ってはないんだが。一方的に死ぬ寸前まで吸われただけなんだが」

 

 ヴァンパイアである彼女とは、1000年前の大戦時に衝突したことがある。

 血が苦手であると公言しながらも、一度他人の血を飲むとその力は活性化し、そうなった時の彼女は最高火力のヒーラーとして名を馳せていたアキロゼであっても自分の身を守るのに精一杯だった。

 

 彼女に殺されたエルフは数知れず、アキロゼの仲間も彼女には数えきれないほど殺された。

 

「もしかして、君に勝たないとここから出られない──なんてこと、ないよね?」

 

「フフッ、試してみれば?」

 

 妖艶な笑みを浮かべるヴァンパイアに、アキロゼは滝のように冷や汗を滴らせた。

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 ぼたんは獣人の脚力を生かし、全速力で距離を取る。

 彼女に接近戦は駄目だということは身をもって体験している。

 

「待て、百獣の女王」

 

「待たない! てか、そんなに速く移動できるの知らないんだけど!」

 

 魔法を駆使して彼女が空を飛べることは知っていたが、多くの木が生い茂る森の中で木々を躱しながら低空飛行でぼたんの全速力と同等のスピードを出せるとは思っていなかった。

 

「チッ……面倒くさい!」

 

 ぼたんはチラリと背後から迫る死神に一瞬だけ視線を向けて位置を確認すると、銃口が背後に向くように肩にライフルを逆さで担ぎ、ノールックで発砲する。

 

「……!?」

 

 とてもノールックとは思えない精度で己の額に迫る銃弾を、死神はギリギリのところで足を止めて万物を切断する大鎌で防ぐ。

 

 だが、その一瞬で木の陰に隠れたのか、死神はぼたんの姿を見失ってしまった。

 

(ふぅ……少なくともここは現実じゃないことだけは確かか……でも、ここから抜け出す方法を探そうにも、アレに狙われてちゃおいそれと顔を出すこともできない。やっぱりまずはアレをどうにかしないと……)

 

 木ではなく大岩の影に隠れていたぼたんは岩から顔は出さずに獣耳をピクピクと動かして物音だけで位置を把握する。

 昔ならいざ知らず、数年ぶりの再会からあのような最期を目にしてしまった今となってはやりにくいことこの上ない。

 

 だが、もしねねやアキロゼも同じような世界に巻き込まれているのなら1秒でも早くここから抜け出して、できるかどうか分からないが2人の手助けをしないといけない。

 

 目を瞑り、一度だけふっと小さく息を吐く。

 次に目を開いた時には、その目にはとある日の感情を完全に殺した『百獣の女王』の瞳があった。

 

 覚悟を決めた瞬間、ザンッと岩にもたれ掛かるように座っていたぼたんの頭上を大鎌が通り過ぎ、いとも簡単に両断された大岩が遅れてズレるように倒れる。

 

 振り返るぼたんと大鎌を振り切った死神の視線が交差する。

 

 一瞬時が止まったような感覚に陥るが、次の瞬間ぼたんは袖に仕込んでいた拳銃を取り出し、目の前の死神の眉間に向けてノータイムで発砲する。

 

 しかし、至近距離での発砲にも反応を見せた死神は顔1つ分横にズレることでその銃弾を躱し、依然体勢的に不利なぼたん目掛けて上から振り下ろす。

 

 万物を切断する大鎌に相手に防御は意味をなさない。それを理解しているぼたんは今度は拳銃を持つ手とは逆の手でライフルを構え、振り上げている大鎌の側面にライフルの銃弾を撃ち込む。

 

「ぐっ……!?」

 

 万物を切断する大鎌の呪いが付与されているのは鎌の刃先のみだ。つまり鎌の側面には呪いの類は一切反映されておらず、ゼロ距離で大鎌の側面にライフルの銃弾を叩き込まれた死神はその反動を受けて逆に体勢を崩す。

 

 その隙にぼたんは素早く立ち上がり、ワンステップで10メートル以上距離を取る。

 拳銃を袖へしまい、両手でライフルを持ちリロードする。

 

「……そっちがその気なら仕方ないよね、森カリオペ。あの時──あんたが見逃したあの時の決着をここで着けよう。そんで、ゆっくり眠ってよ。ギャングタウン地方は、何とかするからさ」

 

 俯く彼女の表情は前髪で隠れて見えない。

 だが、伝えたいことは伝えた。もう言葉は必要ない。

 

 ライフルを構え、スコープを覗く。

 肩に担ぐように大鎌を構えるカリオペに対し、ぼたんはゆっくりと引き金に指をかける。

 

 カリオペのスピードならこの程度の距離は一瞬で詰めることができる。もしこの弾を外すようなことがあれば、次のリロードまでに10回はぼたんの首を刎ねることができるだろう。

 

 それを承知の上で、ぼたんは最も避けにくく避けたとしても次の行動に移るのに多少のタイムラグがかかってしまうであろう左太ももに照準を合わせ、タイミングを見計らって引き金を引く。

 

 今まさに走り出そうとしていたタイミングでの発砲にカリオペはつんのめるようになりながらも、鎌を振るって自身の太ももに迫る銃弾を切断する。

 ライフル弾を見事対処し視線をぼたんに戻すカリオペ。だが、そこに映ったのはライフルをリロードする姿ではなく、袖にしまったはずの拳銃をこちらに向けている獅白ぼたんの姿だった。

 

「……っ」

 

 鎌を振り切ってしまった状態で、間髪入れずに迫る次の銃弾を再び切断することはできない。

 カリオペは強引に身体を捻り、皮一枚のところで2発目の銃弾もギリギリ回避する。

 

 2発とも外してしまったぼたんは1秒とかからず体勢を立て直して、こちらに向かってくるカリオペをただ眺める。当然ライフルのリロードは間に合わず、ライフルの銃弾速度ですら反応するカリオペに正面から拳銃をいくら撃っても捉えることはできないだろう。

 

 

 それこそ、完全死角からの予想だにしていない銃弾でもないと、彼女を捉えることはできないのだ。

 

 

「…………カハッ」

 

 背後から迫ってきていた銃弾に気付けるはずもなく、背中からの衝撃にそのまま前のめりに倒れるカリオペ。胸側から血が出ていないところを見ると、銃弾は貫通せず体内に残ってしまっているようだ。

 

「…………跳、弾?」

 

 倒れたままチラリと自分が立っていた場所と、その背後にある先程自分で切断した大岩を見る。

 

「……私が、どちら側に体勢を崩すか分かっていたとでも……? いや、そうか、だから……初めに左ふとももを狙って……」

 

 コンクリートの壁と違って岩は当然平面ではなくゴツゴツと凹凸がある。

 岩に銃弾が当たってどちらに跳ね返るかを計算するのは至難の業だ。

 

 それを一瞬で判断した上で、跳ね返る先にカリオペを移動させるために初めのライフルは囮に使った。彼女ならどういう姿勢でこの銃弾を切断するかを予想した上でだ。さらにその後、間髪入れずに拳銃を発砲すれば彼女はどういった体勢で躱すかまで予想し、その弾が後ろの岩に当たり跳ね返ってくる場所にカリオペを動かしたのだ。

 

「昔からこればっかりやっててさ。好きなんよ、こういう計算」

 

「……身をもって知ってるよ」

 

 

 その言葉を最期に、カリオペは光の粒子となって消えていった。

 

 

 

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