夢の中で森カリオペを倒したぼたんは森の中で目を覚ました。
森の真ん中で倒れるように眠っていたぼたんはすぐに上体を起こすと、すぐに周りを確認する。
場所は最後にアキロゼがトワの脈を測っていた場所から動いておらず、アキロゼとねねも息はあるがまだその場に倒れるように眠っており、ぼたんの狙撃によって倒れていたはずのトワの姿だけ消えていた。
(日の傾きからいって数分程度しか経っていない……? 服の汚れから見ても流石に丸1日以上経ってるとは思えないし)
フレアがやられたという報告を聞いて救出に向かったのが昼過ぎのことで、自分がトワを狙撃した時の太陽の位置もちゃんと把握しているぼたん。夢の中では体感1時間以上カリオペとやりあっていた感覚だったが、そこはやはり夢の中ということもあって、現実世界とは時間の流れが違うらしい。
トワがどこに行ったのかも気になるところだが、今は横で倒れるように眠っているアキロゼとねねを起こすことが先決だ。
「2人とも、大丈夫?」
ゆさゆさと肩を揺らして声を掛けるが、2人に反応はない。ねねは無表情で眠っているが、アキロゼの方は苦しそうに顔を顰めている。ぼたんと同じような夢を見させられているとしたら誰かと戦っているということになる。何とかしたい所なのだが、他人の夢の中に入る方法はないのだろうかとペタペタアキロゼの体を触っていると、アキロゼが突然カッと目を開いた。
「──っ、ぷはっ!!」
呼吸を乱しながら体を起こすアキロゼ。
そんなアキロゼに何事も無かったように両手を背中に隠すぼたん。
「アキロゼさん、大丈夫ですか?」
「ぼたんちゃん……? 大丈夫だった?」
「そっくりそのままお返しします。凄いうなされてましたよ」
「あー……はっ、今何時? いや、あれからどれくらい経った!?」
「私も今起きたばかりですが、恐らく数分程度だと思います」
太陽を指差し答えるぼたん。
アキロゼも自分の身体に着いた汚れや太陽の位置を確認し、なるほどと頷く。
「夢の世界は現実世界とは時間の流れが違うってことだね」
「みたいですね。私も体感1時間以上戦ってたんですが、こんな様子なので」
「1時間……そう、1時間か……」
「え、何ですか?」
「いや、アキロゼは三日三晩戦い続けてたもんで……」
「マジか」
夢の中と分かっていても三日三晩命を懸けて戦い続けていたらかなりの心労を伴う。それも、もしあのまま夢の中でやられていたら、二度とあの世界から出られない可能性も考えられたのだから、その心労は余計に大きいだろう。
「え、誰が出てきたんですか?」
「……昔ガチで殺り合ったヴァンパイアがね。その時もアキロゼが倒したんだけど、やっぱり強くてさ。マジでギリギリだった」
先程までの戦闘を思い出しているのか、額に汗を滲ませながら苦笑いを浮かべるアキロゼ。余程の苦戦を強いられたのだろう。
「そうだ、ねねちゃんは?」
「まだ眠ってます。ただ、アキロゼさんと違ってうなされていないというか、どちらかというとフレアさんに似た状態なのかと」
フレアが発見された時の様子とアキロゼが眠っていた時の様子はどう見ても違っていた。フレアはトワによって所々外傷を追っていたにもかかわらず、特に苦しむ様子もなく安らかに眠っていた。
逆にアキロゼは外傷は特に負っていない状態であったが、悪夢でも見るかのようにうなされていた。恐らくぼたんもアキロゼと同じような状態だったに違いない。
逆にねねはフレアの様子に似ていた。
「じゃあねねちゃんはアキロゼ達とは違って、夢の中で戦ってるわけじゃないのかな」
「恐らくですけど……」
「そっか、でもアキロゼ達みたいに、明らかに倒したら出られるっていうのが分かれば楽だけど、それ以外だと逆に難しかったりするのかな?」
「うーん、そうでもなかったです」
「あ、そうなんだ。ちなみにねねちゃんはどんな夢だったの?」
「何か出てきた人の話を全部聞いたら出て来れました」
「そっか。安全に出てこれたみたいで良かったよ」
「はい」
「「…………」」
「……?」
「うえっ!? ねねちゃん!?」
「はい」
「い、いつの間に!?」
「たった今目が覚めました」
アキロゼとぼたんでもしねねが夢から出るのに苦戦しているのであれば、この魔法を使用している張本人であるトワに魔法を解かせた方が早いのではと悩んでいたのだが、そうこうしている間にねねも無事に夢から出てこられたらしい。
「そんなことより、あの悪魔は?」
「いなくなってるみたい。まだ数分程度しか経っていないけど、恐らく里に向かったおまるんを追ったに違いない」
「アキロゼもそう思う。急いで向かおう。あれが里に入るのは阻止しないと」
3人は互いに頷くと、里の方角へ走り出した。
× × ×
「……ちっ!」
重傷を負ったフレアをお姫様抱っこの要領で抱えながら走っているポルカ。
その前を道案内の意味も込めて1人の男性エルフが走り、もう1人の男性エルフが護衛の為にポルカの後ろを走っていた。
今ポルカが舌打ちをしたのは当然この2人に対してではなく、背後から迫る少女の見た目をした悪魔に対してだ。
「くそっ、まさかあの3人がこんな短時間で抜かれるなんて思いもしなかったぞおい! もしかしてあの悪魔滅茶苦茶強いんじゃないの!?」
その実力を見たことがあるわけではないが、いくつもの戦争を最前線で経験しているアキ・ローゼンタールや、あのラプラス・ダークネスを圧倒した桃鈴ねね、殺し屋組織が蔓延るギャングタウン地方で伝説の殺し屋として二つ名が付けられていた程の獅白ぼたん。
この3人が揃っていてそう易々と突破されるなんて微塵も考えていなかったポルカは、自身が抱えるフレアを一瞬見て再度舌打ちをする。
「あーもう! 悪いんですけど、フレアさんを抱えて先に里まで戻ってもらえます!?」
「え!? いやしかし、それでは尾丸さんは?」
「ポルカが足止めしますから! さっきあの悪魔、エルフを皆殺しにするって言ってたでしょ!? じゃあアレをエルフの里に近付けるわけにもいかないし、とりあえず最優先はフレアさんの安全とアイツの足止め! ポルカ1人じゃ里まで辿り着けないし、とりあえず2人はフレアさんを連れて里に戻ってもらって、できたらすぐに選りすぐりの精鋭部隊でまた援護に戻ってきてもらえませんかね!?」
もし仮にあの悪魔があの3人を数分で無力化するような実力なら、恐らくポルカ1人では太刀打ちできないだろう。
だが、倒さなくても足止めだけでいいのなら、やりようはいくらでもある。
何なら、そちらの方が得意分野だ。奇抜な身のこなしだってバッチ来いだ。
「とりあえず、フレアさんを任せましたよ!」
抱えていたフレアを後ろを走っていたエルフに無理矢理預け、ポルカは1本のナイフを右手に、カラフルなピンポン玉ほどの大きさの玉を4つ、左手のそれぞれの指の隙間に挟むように取り出す。
「行って!」
そして後方から迫っていた悪魔っ娘に向かって左手の玉を投擲しながら叫んだ。
「……!」
いきなり顔目掛けて投げられたカラフルな玉をトワは驚きながらも手で弾く。
すると、その瞬間4つの玉が一斉に破裂し、大量の煙幕が一気に広がった。
「うわっ! 何だこれ!」
突然の煙幕に動揺するトワの声、物音、呼吸音を頼りに、視界ゼロの中ポルカは自慢の聴覚を駆使してトワの背後に回る。
(獲った!)
完全に背後を取ったポルカは、逆手に持ったナイフを一思いにトワの背中に突き立てる。
完璧に刃が背中に突き刺さっていく感触を手に、そのまま体重をかけて地面に倒すポルカ。
やった、と喜びの感情を抑えながらポルカはロープを取り出し、流れるような動きでトワの両手を後ろで縛る。
恐らく油断していたのだろう。その一瞬の隙をつけたのは大きかった。
ポルカは両手を縛り付けたトワの上に跨るように座り、ガッツポーズを取る。
(あとはこのままエルフの里の人達が来てくれるのを待って、それからねね達のところに行かないと……)
そんなことを考えながら、煙幕が晴れていくのを眺めていると、突然組み敷いているトワが口を開いた。
「……トワが見せる夢ってさ、実はランダムなんだよね。誰にどんな夢を見させるかっていうのは選べなくて。でもね、誰にどんな夢が当たったかっていうのは当然分かるわけでさ」
「な、なに急に」
「あーあ、かわいそ……」
そんな哀れみの声が聞こえた次の瞬間には、ポルカの頭と胴体が綺麗に切り離されていた。