ねぽらぼのね   作:夢寺ゆう

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契約

「……おいおい待ってくれ、話が違うぞ」

 

 両手両足を壁と一緒に氷漬けにされて身動きが取れないトワは、目の前の少女に話が違うと主張しながら冷や汗を流す。

 

(今こいつに夢を見せたとして、それでもこの氷が溶けなかったらこいつが夢から覚めるまでこのままの状態ってことになる。長時間氷漬けにされちゃ、流石のトワでも四肢が壊死するぞ……)

 

 既に両手両足の感覚がなくなりつつあるトワは少し前に出会ったこの少女──雪花ラミィには、とてもじゃないが良い印象を持っていなかった。

 

 まず第一に、常闇トワは森の精霊とその精霊の加護を受けているエルフを忌み嫌っている。

 それはかつて起こっていた、精霊と悪魔の争いから来ているのだが、今はその話は置いておく。今大事なのはトワにとってエルフとは本来であれば敵対するべき相手で、今すぐにでも皆殺しにできるならしたいと思っているほどだ。

 

 だがこの雪花ラミィという少女は、それを知ったうえであえて近付いてきた。

 

 

 ──お前の力を貸せ。

 

 

(──チッ、今思い出してもはらわたが煮えくり返りそうだ……だが、今は耐えろトワ)

 

「話が違うはこっちの台詞だよ。あの3人を夢の世界に閉じ込められると豪語してたってのに」

 

「実際、一度は全員閉じ込めたさ。それも例の3人だけじゃなく、エルフ2人もついでにね」

 

 向こうがあっという間に出てきてしまっただけで、嘘はついていないと主張するトワ。

 

「閉じ込めるってのは、出て来れなくするって意味だ。出てきてる時点で閉じ込められてないんだよ。悪魔の世界っていうのは契約社会なんでしょ? それが守れなかったのだから、契約不履行で責任は取ってもらう」

 

「待て! 今だって褐色のエルフと金髪の獣人は夢の中だ。特に獣人の方は仮に出てこられても廃人コースは免れない。十分契約は果たしてる!」

 

「…………ハァ」

 

 ラミィは呆れたように溜め息をつくと、右腕に氷を纏っていき、やがて右腕自体を氷の刃に変えてしまう。

 

「おいおいおい、何の真似だよ! トワはいつだってお前を夢の中に閉じ込められるんだぞ!?」

 

 明らかに殺意を向けられていると感じ取ったトワは、なりふり構わず脅し文句を口にする。

 しかし、そんな発言をするトワを興味なさげに見下ろすラミィの視線は完全に冷え切っていた。無反応なラミィに代わりトワの発言に応えたのは、事の成り行きをラミィの後ろで壁にもたれ掛かりながら暇そうに眺めていた2本角の和装少女だった。

 

「やれるならとっくにやってるよね? それでもやってないのには理由があるんじゃない? ラミィには君の魔法が効かないとか、もしくはラミィが夢の世界に閉じ込められると君に不利益が被るとか。ま、余の見立てだと概ね後者だろうけどね」

 

 全てを見透かされているような少女の視線に、トワはごくりと息を飲む。

 

 和装少女の予想は──どちらも正解だ。

 ただ、後者は確かにラミィに対して当てはまるが、前者に関してはラミィではなくこの少女に対してだ。

 

 一緒にいるということは、恐らく彼女はラミィの仲間、もしくはそれに近しい人物なのだろう。だが、こうして相対しただけで分かる。トワや雪花ラミィとは実力に差があり過ぎる。恐らく、この少女にトワの魔法は効かない。万が一、億が一、夢の世界に閉じ込められたとしても、一瞬で破られる。そんな感情を抱かせるほど、少女は圧倒的な威圧感を放っていた。

 

「……も、もう一度だけ、チャンスをくれ。今度は確実に残り2人も閉じ込めてみせる」

 

「……その根拠は?」

 

「トワはもういつでもあの2人を夢の世界に連れていくことができる。閉じ込める夢を選ぶことはできないが、どの夢に当たったかは分かるんだ。あの金髪獣人と同じか、アレに近しい夢もいくつかある。それが当たるまで何度も夢を見せてやったらいい」

 

「そんな何度もできるような魔法なの?」

 

「条件さえ満たせばね」

 

「条件?」

 

「ああ。トワに明確な敵意を向けること。それがそいつに対してトワの魔法を発動させるための条件だ」

 

「なーるへそ。じゃあ、ラミィちゃんを夢の中に閉じ込められるっていうのも嘘じゃないんだ。やっぱり、後者だったんだね。余、大正解」

 

 和装少女が後ろで嬉しそうにケタケタと笑っているが、ラミィはいったんそれを無視してトワに向き直る。

 

「じゃあ何であの時、夢から出てきた3人をもう一度閉じ込めなかった?」

 

「トワのこの魔法は1人ずつにしか掛けることができない。だから相手が複数人いるときは基本やられたタイミングだったり、敵さんが油断しているときにこっそりと掛けるのが定石なの! あの時は3人とも超警戒してたし、誰か1人に掛けている間にやられる可能性もあった」

 

 当然隙は窺っていたが、この魔法はいわゆる初見殺しなのだ。一度自力で夢を突破している彼女達の警戒を掻い潜って1人ずつ魔法に掛けていくのは流石に無理があった。

 

「それだと次も警戒されてるから無理って話にならない?」

 

「ならない。夢に閉じ込めるにはトワが視認するという条件もあるが、逆に言えば視認さえすればいい。1人でいるところをトワが見ることさえできれば、魔法は掛けられる。あくまでもさっきのは警戒した相手が3人一緒にいたというのが、原因なわけだし」

 

 トワの言葉を受け、ラミィは後ろにいる少女──百鬼あやめへ今の彼女の言葉に嘘はないか確かめる意味も込めてチラリと振り返る。

 

 そんな視線を向けられた当のあやめは軽く肩を竦める。

 

「流石に余も悪魔が使う魔法については分かんない。ま、でも本人がやれるって言うなら試してみてもいいんじゃない? 駄目ならその時に首を刎ねればいいじゃん」

 

 失敗した時の罰が勝手に決められ、手足の感覚が完全になくなった状態で冷や汗も止まらなくなるトワ。エルフに対してここまで下手に出ないといけない自分に怒りが込み上げてくる。あやめが傍にいるだけで何も仕掛けられないのが、余計トワにフラストレーションを溜めさせていた。

 

「……それにしても、あのレベルの夢を見させることも躊躇わないとか。こう言っちゃ何だけど、あんたの方がトワよりよっぽど悪魔だよ。そんなにあの3人が憎いわけ?」

 

「お前には関係ない。詮索しないというのも契約に入ってたはずだが?」

 

「ただの世間話じゃないか。そう睨まないでよ」

 

 ラミィが手を翳すと、トワの身動きを封じていた両手両足の氷がパリンと音を立てて崩れていく。

 トワはようやく自由になった両手を口に当てて、はーはーと息を吹きかけて温める。

 

「それで? いつ行くの? 今から?」

 

 あやめの言葉にはトワではなく、ラミィが答える。

 

「明日の方が良い。明日はあの里では精霊祭が行われるはず。祭りの最中の方が多少警戒も薄まると思うから」

 

「トワの今日の襲撃で祭りが中止になったりしない? 実際、エルフ1人と獣人1人を夢の中に閉じ込めてるわけだし」

 

「あの程度の襲撃で中止になるなら、何千年も続いてないよ」

 

「じゃあ決行は明日だね。明日は余達も別の場所から見守っててあげるから」

 

「監視するの間違いだろそれ」

 

 暗に逃げようとしても無駄という警告に肩を竦めるトワ。

 この2人に目を付けられた時点で、そんなものはとうに諦めている。

 

 常闇トワは心の中で大きな溜め息をつきながら、エルフの里の方角を眺めた。

 

 

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