「ごめんくださいなー」
本殿に少女の声が響いた。
そろそろ夏が本格化するという時期ではあるものの、標高が高いこの神社は少し空気が薄くそして気温が低い。そんな気温に合う心地よい涼し気な声だ。
恐らく拝殿前から掛けられた声だが、本殿にいたミオとフブキはその声に獣耳をピクピク反応させ、揃って拝殿の方に視線を向けた。
「およ、お客さんなんて珍しい。ミオが言ってたお弟子さんかな? 白上が見てくるよー」
今日も今日とて畳の上でゴロゴロしていたフブキはシュバッと機敏に立ち上がり、拝殿の方へ駆けていく。
本殿から拝殿へ繋がる廊下を軽い足取りで渡り、拝殿前に佇む少女へ向けて声を掛ける。
「ほいほいー、どちら様──」
ですかと、フブキの声が続くことはなかった。
境内に爆音が鳴り響き、拝殿と本殿のど真ん中に2つを繋ぐ大穴を作りながら、フブキは本殿で待つミオの遙か後方まで吹き飛ばされていた。
「フブキ!?」
拝殿へ赴いたフブキがいきなり社に穴を空けながら飛んでくるとは夢にも思っていなかった。
「なんだ、歯応えがないと思ったらミオちゃんじゃなかったのか」
フブキを吹き飛ばして空けた大穴から少女の声が聞こえた。拝殿から真っ直ぐその穴を通りこちらに向かって少女の影が歩いてくる。
「おいおい、ここが何処か分かってる? バチ当たりどころじゃないよ」
「ははっ、それな」
ブンと腕を一振して土埃を払い、少女はその姿を露わにする。
銀髪に赤メッシュが入り、白い肌をより一層際立たせる赤と黒の和装に身を包んだ少女。その両手には2本の刀が握られていた。
そして何より特徴的なのは彼女の額から生えた2本の角。童顔な顔つきもその2本の角で迫力を増していた。
土埃を晴らし、姿がハッキリと見えた刹那、少女はミオに迫撃する。
「……っ!」
ミオは腰に携えた刀を瞬時に抜き、少女の攻撃を受け止める。
「へえ、こんな所で引きこもってる割にはいい反応するじゃん」
「別に、それが使命ってだけで、好き好んで引きこもってる訳じゃないってーの!」
何撃か攻撃を受けきったミオは少女を弾き飛ばして一度距離を取る。
「あーあー、どうすんのさこれ。神様ブチ切れるんじゃないの?」
少女が空けた大穴を見てついつい片手で顔を覆うミオ。
「あのおっさんがブチ切れたところでどうってことないでしょ」
「なんであんたは昔から神様とそんなに仲が悪いのさ」
「余っていうよりは余の父上かな、仲が悪いのは」
「こっちはいい迷惑だっつーの」
ミオは神に仕える身として、何百年も前からこの少女、百鬼あやめと鬼神であるあやめの父親には迷惑を掛けられっぱなしなのだ。というのもミオが仕える神とあやめの父親は太古の昔から犬猿の仲で、2人の取っ組み合いの喧嘩で大陸が1つ吹き飛んだという伝説がある程。
この世界を創造した神とこの世界で最初に生まれた生き物のトップ。それがミオの仕える神とあやめの父親である鬼神だ。
「ま、余も刀を振るの久しぶりだし、せっかくだからもう少し付き合ってよ」
「ちょ、タンマタンマ! これ以上社を壊されると困るって!」
「まあまあ」
「まあまあじゃない!」
ミオの制止を聞かずにあやめが再び両手の刀を構え、肉薄の一歩を踏み出す。
しかし、踏み出した足は一歩で止まり、バク転しながら後方へ急な方向転換をする。上から飛んできたクナイを回避するためだ。
「ちっ……」
「およよ、フブキちゃんいつの間にそんなところにいたのさ」
吹き飛ばされた衝撃で屋根が崩れ、瓦礫の下敷きになっていたはずのフブキだが、ミオとあやめが打ち合いをしている間に脱出し、穴の空いた屋根から様子を伺っていたのだ。
「流石にあの程度じゃ無傷だったかー」
「百鬼あやめ……言っとくけど、全然無傷じゃないから。めちゃくちゃ痛かったから。腰とか打ったから」
「そんなことよりさ、フブキちゃん、ちょっと太った?」
「…………」
「何か吹っ飛ばしたとき、昔より重かったんだけど」
「……はい? そんな訳ないんですけど。狛狐に太るとかいう概念ないんですけど」
「そーかなー? 200年前はもう少しシュッキリッて感じだったと思うけど」
「あーあ、いつも食っちゃ畳でゴロゴロしてるから」
「あー、それだわ」
「ミオ!? お前はどっちの味方なんだ!?」
「これに関しては別にどっちの味方でもないよ」
ミオの突然の裏切りに打ちひしがれ、腹や二の腕をモミモミと確認するフブキ。
そんなフブキを尻目にミオはあやめに向き直る。
「それで、実際のところこんなところまで何しに来たのさ」
あやめとは何だかんだ言って約200年ぶりくらいの再会だ。彼女のこの世界における役割は割と特殊で、理由もないしにいきなり表に出てくることはないはずだ。
あやめは2本の刀を軽く掲げ、穴の空いた天井から入る日の光が反射した刀身を眩しそうに見つめながら、今回ここに来た理由を話す。
「そうそう、それだよ。あのおっさん(神)は一度創った世界にはもう興味がないのかもしれないけど、余達一族はこの世界で生まれた者として、この世界の均衡者として、よそ者にうろちょろされたくないわけよ」
「……? どういうこと?」
「……いやね、数週間前にこの国で不思議な力を感じたからさ……なんか混じってんじゃないかと思って」
あやめの意味深な言葉と外に向けた視線に疑問を感じ、ミオとフブキは首を傾げながら互いに顔を見合わせた。
「さっきからこの坂急すぎるんだけど!」
ねね達はかなり急な山道 いや、崖道を登っていた。
そのお社はまだ着かないのー! と次第に駄々をこね始めるねね。シケ村を出てから約2週間が経ち途中2つ村を経由しながら、ねね達はラミィの師匠がいるらしい人里離れた神社に到着しようとしていた。
「もう少しだから頑張って。ししろんなんかあんな重たい銃を背負いながらなんだからもっと大変だよ」
「知らないもん! ししろんがドMなだけでしょ!」
「聞こえてるが」
こんな感じでいつもねねが何か文句を言い始め、ラミィと時にぼたんが宥めるというのがこの3人の日常になりつつあった。
「あ、ほら、そうこう言ってるうちに目的地に着いた、よ……」
ラミィがそう言って前方を指差す。
確かにそこには赤い鳥居があり、その先には大きなお社がある。
あるにはあるのだが……、思っていた神社とは少し違っていた。
「えーと、最近の神社は随分と斬新なデザインなんだね」
「ホントだ。私もこんなデザインの神社初めて見たなー」
ねねとぼたんが賽銭箱も鈴もない拝殿の前に立ち、その代わりに空いている大穴を眺める。
「って、そんなわけあるかーい! 絶対に何かあった後でしょこれ!」
ねねとぼたんにひとツッコミしながらラミィは本殿に続く大穴を覗き込み、奥へ声を掛ける。
「ミオせんぱーい、いますかー? 大丈夫ですかー?」
しかし、その声に返ってきたのは記憶にある母性のある優しげな声ではなく──
「ラミィ! 逃げろ!!」
切羽詰まったような荒々しい声だった。