一瞬、何が起こったのかその場にいる誰もが理解できなかった。
目の前にいたねねとトワも、死角から隙を窺っていたアキロゼとぼたんも例外無く。
ただ、そこに現れた人物は全員が知っている人物で、次期雪の一族族長という本来の立場的には、あってはならない行動だった。
「ラミィ……?」
その場に崩れ落ち首なしとなった精霊に冷ややかな視線を向けている少女にねねが呼びかける。
しかし雪花ラミィはその呼びかけには応えず、何かを確かめるように氷の魔法で作った剣を持つ方とは反対の手をにぎにぎと何度か握っていた。
「どうだった?」
「……!?」
いつからそこにいたのか、ラミィの背後からひょこりと顔を出したのは見覚えのある白髪に2本の角、白と赤の和装に身を包んだ百鬼あやめだった。
「いや……タル先、そこにいるんでしょ?」
目の前のねねには反応を示さず、ラミィは木の陰に身を隠していたアキロゼに呼び掛ける。
ラミィに呼ばれたアキロゼはあやめもいることで警戒しながらゆっくりと顔を出す。
「ラミィ、行方不明だって聞いてたけど?」
「タル先、今身体に違和感とかある?」
「違和感?」
ラミィの問いにアキロゼは首を傾げる。ラミィが何を言いたいのかいまいち理解ができないからだ。
すると、自分そっちのけで目の前でそんなやり取りをされているねねが、トワの槍を放してラミィに詰め寄ると無理矢理ラミィの視界に入るように面前に立ち、改めて尋ねる。
「ラミィ、こんなところで何をしているの? 今まで一体どこにいたのさ」
「…………」
しかしその声には応えず、ただ無言でねねを見つめ返すラミィ。
その一方で、突然の出来事に呆然としていたトワだったが、ねねが槍を放してくれたおかげで動けるようになり、さらには自分の手ではなかったが、家族や仲間の仇である森の精霊がラミィによって殺されたことで、これ以上ここに居る必要はなくなった。
自分の手で仇を討てなかったのは心残りだが、当初の目的は果たされた。
トワはラミィとあやめを裏切ったことでこの2人に殺される覚悟でここまで来たが、今ならこの混乱に乗じて逃げることができるかもしれない。諦めていた余生に可能性が出てくると、やはり少しだけまだ生きたいという欲が出てきてしまう。
誰にも気付かれないようにゆっくりと体勢を整え、いつでも走り出せるように準備をする。
今はねねとラミィが睨み合い、あやめとアキロゼもその2人に意識が向いている。
未だに姿を見せていないぼたんも今はトワに敵意を向けている気配を感じられない。
(今がチャンスだ……!)
そう判断してからは早かった。
一瞬で方向転換をし、その場にいる全員から完全に意表を突く形で離脱するトワ。
──やっとだ。あの日からずっと復讐に囚われ続けていたが、やっと自由になれる。
完璧なタイミングでの離脱に手ごたえを感じたトワの頬は自然と緩み、そのまま最速のギアに入れ──、
「……何で裏切り者が逃げてんのさ」
溜め息交じりの声と共に飛んできた拳大の氷柱に、心臓を撃ち抜かれていた。
次の足が踏み出せずそのままの勢いで地面に倒れ込むトワ。
(……あれ、何でトワ、倒れて……一体なに、が)
恐らく、ラミィの反応が1秒でも遅ければトワは完璧にここにいる全員の視界から姿を消すことができていただろう。
ただ、ねねと睨み合う最中においても、ラミィはその一瞬を逃しはしなかった。
一瞬だけねねに視線を向けるが、すぐに横を通り過ぎてトワの下へ歩みを進めるラミィ。
「残念だよ、常闇トワ。自分でできると言ったこともできずに裏切り、挙句の果てに逃亡。契約社会の悪魔にあるまじき言動だよ」
「…………っ……」
心臓を貫かれ言葉を発すことのできなくなったトワの横に膝を付き、ゆっくりとした動きで額に手を添える。
「悪魔なんだから、心臓一刺しくらいじゃ死なないでしょ? それこそ、全身を灰にするまで燃やし尽くすとかしないと」
「……っ!」
彼女はトワの集落がどのように襲撃されたのか知らないはずだ。
その言葉はたまたまのはずだ。
それでも、実際にそれを経験しているトワにとって、その何気ない言葉は何よりも心を怒りに満ちさせる。
「……け、っきょく、お前ら、エルフも……あいつらと、一緒か……だ、から……お前らは、大嫌いなんだよ……っ!」
「……そう」
トワの心からの言葉もまるで意に介さず、ラミィはトワの額に添えた手に魔力を溜める。
徐々に修復されている胸の穴にチラリと視線を向け、悪魔の再生能力に感心しながらトワの脳を絶対零度を持って一瞬にして凍らせた。
トワを即死させたラミィにあやめはへぇ、悪魔ってそんな殺し方もあったんだと他人事のように感心し、ねねとぼたんとアキロゼは以前までのラミィの性格を知っているからこそ、開いた口が塞がらなかった。
「そうだタル先。話を戻すけど、あの精霊を殺して、ラミィ達エルフに何かしらの影響はないのかな? たとえば、長寿っていう加護が無くなるとか」
ラミィの問いにさっき聞きたかったことはそれかとアキロゼは少しだけ呆れる。
そんな答えなど、考えるまでもないからだ。
「精霊の加護は生まれてくるエルフ1人1人に毎回精霊が加護を与えてるわけじゃなくて、遺伝子レベルでそうなるように組み込まれてるんだよ。精霊関係なく、エルフ自体がもうそういう身体で生まれてくるようになってしまってる。だから、今更森の精霊を殺しても、エルフが長寿であることには変わりないし、自殺もできない身体のままだよ」
「……そう」
「なになに、久しぶりに姿を見せたと思ったら、いきなり2人も殺しておいて、自分は死にたいですって? どうしちゃったんですかラミィさん。メンヘラですか?」
無視され過ぎていい加減青筋を立てるねね。
「まあまあ、落ち着きなねねちゃん」
トワがいなくなったからか、それとも今にも殴りかかりそうなねねを止めるためか、死角にいたぼたんも出てきてねねの肩に手を置きながらラミィに向き直る。
「……そういえば、おまるんはどうしたの?」
「仲間が1人いないのに今頃気付いたの? ラミちゃんらしくもない」
「なに、死んだ?」
「ラミィ!!」
詳しいところまでは分からないが、先程の会話から推測するにラミィとトワは手を組んでいたと考えられる。それなら、今のポルカの状態だって知っていてもおかしくないはずだ。
知っていてのこの発言は、ねねには到底許せなかった。
一瞬で全身に光を纏うと、瞬きする暇もなくラミィとの距離を詰め、拳を振り上げる。
あまりの速度に隣にいたぼたんも、標的にされたラミィも反応ができなかったが、その拳はラミィに届く前に小さな手によって受け止められた。
「……大体、何でお前がラミィと一緒にいるんだよ」
「さぁ、何でだろうね」
ねねの最高速度に容易く反応し、パンチも飄々と受け止めてしまう百鬼あやめの格の違いにねねも少しだけ冷静さを取り戻す。
ねねは拳を受け止められたままあやめの側頭部目掛けて回し蹴りを繰り出す。
あやめはその蹴りも軽く屈んで回避すると、次に向かってくる掴んでいる方とは反対の拳を、なんと下からカチ上げるように角で弾き返した。
あやめの身のこなしに驚きを隠せないままバックステップで距離を取るねね。
あやめはそんなねねの様子を見て和装の袖口で口元を隠すようにしながら、クスクスと笑いを堪えている。
「相手はねねちだけじゃないよ、あやめちゃん!」
ねねを赤子の手を捻るかのように軽くいなしていた隙にあやめの背後を取ったアキロゼは、バチバチと青白い雷撃をあやめの背中目掛けて放つ。
あやめはその攻撃を飛びのくように回避し、そのままラミィの横に着地する。
「そろそろ行こうか」
「……そうだね」
ラミィにそう言うと、あやめは髪飾りの鈴を軽く指で弾く。
すると突如発生した霧が2人を包むように纏わりついていき、そのまま霧に飲み込まれるように2人は姿を消した。