迷いの森の外に転移したラミィとあやめだったが、その途端ラミィは深く息を吐いた。
「なに? 久しぶりに再会したのに、なんでそんなに疲れてるの?」
先程数か月ぶりに顔を合わせたことに思うところがあったのか、ラミィは無言であやめを睨みつける。
そんなラミィの視線は特に気にせず、あやめはラミィの手を取ると、興味深そうにその手をまじまじと観察を始める
「それにしても、精霊を殺しても加護は無くならないんだね。これだけ生きていてもまだまだ知らないことはたくさんあるみたい。精霊の加護ってどういう条件で発動されるんだろ。もちろん自殺ができないのは実証済みだけど、戦闘中に守られる時と守られず死ぬ時があるのがいまいち分からない」
うーむと顎に手を添えながらラミィの手を色んな角度から観察するあやめ。
ラミィはにぎにぎと握ってくるあやめの手を振り払うと、気を取り直して迷いの森に背を向ける。
「……もういい、ねねとししろんを夢に閉じ込めておくというのも失敗したし、加護についてはこれからより詳しく調べる」
そう言って歩き出すラミィに手を振り払われたあやめも頬を膨らませながら付いていく。
「……ラミィ?」
すると、そんなラミィを呼ぶ声がラミィの背後、迷いの森の方から聞こえてきた。
ピタリと動きを止めて隣に並んだあやめに視線を向けるが、あやめは軽く肩を竦めるだけ。
ごくりと息を飲み、平静を装いながらゆっくりと振り返る。
「……先輩、なんでここに?」
そこに立っていたのはもう200年の付き合いになるよくよく見知った顔だった。
だが、話では彼女はまだポルカと同じく夢の中に囚われていたはずだ。
「いや、森の外に懐かしい感じがしてね」
「はぁ……やめてくれませんかね、昔からあるその野性的な勘。ていうか、聞いてた話だと、まだ寝てる時間じゃなかったでしたか?」
「ま、あたしもまだ寝てたかったんだけどね」
「ノエたんには会えた?」
「……何でラミィがそこまで知ってるのさ。まだ起きてから誰にも夢の話なんてしてないけど」
「さあ、なんでだろう」
もちろん夢の内容をトワから聞いていたからだが、それは苦笑いを浮かべながら適当に流すラミィ。
そんなラミィに不知火フレアもニカッと爽やかな笑みを浮かべると、弓を取り出し、魔法が付与された矢を同時に2本構える。
「……へぇ、強いね彼女。アキちゃん以外にまだエルフの里にもこんな実力者がいたんだ」
膨大な魔力を纏うフレアにあやめが目を見開く。
フレアはハーフエルフでありながら純血のエルフと同等の魔力量を誇る風の一族のエースだ。あやめはそんなフレアを見るとラミィの一歩前に出て2本の刀を抜いて構える。
「……あたしが起きた時、横でポルカちゃんが苦しみながら眠っていた。あれを指示したのもラミィ、お前だったのか」
「……想像に任せます」
「どういうつもり?」
「それを先輩に教える義理はない。……あー、でも、このまま簡単に見逃してもくれないみたいだなぁ、この感じだと」
笑みの消えた真剣な表情のフレアから放たれるズンッと腹の底にのしかかるようなプレッシャーに冷や汗を流すラミィ。
歳の近い彼女とは昔から何度も手合わせをしてきた。そして、過去一度だって、彼女に傷一つ付けることはできていない。
「お前達はここで捕まえる。話はその後ゆっくりと聞かせてもらう」
「やっていいんだよね?」
「油断はしないで。タル先が戦場から遠のいている今、恐らく彼女は、エルフの里最強だ」
× × ×
10分経たない程度だろうか。
軽く地形が変わっているのは気のせいでもなんでもなく、百鬼あやめ、雪花ラミィ、不知火フレアが躊躇なく暴れた跡。
その内の1つのクレータの真ん中で吐血しながら横たわっているのは、自慢の弓を粉々に砕かれた不知火フレアだった。
「いやー、久しぶりに暴れたなー! 楽しかった!」
そんなフレアの横に立ち、心底満足げにフレアを見下ろすあやめ。
「確かに、今の腑抜けたアキちゃんより実力は上かも。ただ、ちょっと動きがぎこちなかったね。もしかして、怪我とかしてる?」
そう言って フレアの超重量連続魔法弓の弾幕を完封した2本の妖刀それぞれ両手に持ちながら、フレアの腹を踏みつけるあやめ。
「ぐっ……!」
トワにやられた傷を踏みつけられ、痛みで表情を歪めるフレア。
そんなフレアの様子にやっぱりかーとあやめは刀を鞘に納めると、後ろにいたラミィの肩にバトンタッチと手を添える。
「余は殺す気はないから、後の処理は任せるよ」
「…………」
そう言われてフレアの下まで歩を進め、地面に横たわるフレアの全身を見下ろすラミィ。腹部に血が染み出しているのを見て、死に至るほどの出血量でもないことを理解する。ただ、すぐに動けるほどの軽傷でもなさそうだ。
ラミィはゆっくりとした動きでフレアの額に手を伸ばす。
「……あのまま、夢の中に居ればよかったのに。そうすれば、こんな目に遭うこともなかったのに」
ラミィの寂しそうな視線を受け、本来ここに何をしに来たのかを思い出すフレア。
魔力切れと昨日トワにやられた傷口が開いたことによる出血で朦朧とする意識の中、フレアは心の中で白銀ノエルに謝罪する。
(ごめん、ノエル……)
「さよなら、フレア先輩」
(ノエルの言葉、ラミィに伝えられなかった……)
ラミィに触れられた額から頭蓋骨を通して冷気が脳に流れ込んでくるのを感じる。
脳への酸素の供給が断たれているのか、段々と意識が遠のいていく。
(あーあ、何でそんな表情をするんだよ……怒るに怒れないじゃんか……この、大馬鹿箱入りお嬢様が……)
そのまま、フレアの意識はフェードアウトしていった。
× × ×
それからさらに3分後。
いったん里に戻っていたねねとぼたんとアキロゼだったが、眠っていたはずのフレアの姿が無くなっていることを里の者から聞き、それと同じくらいにして遠くから爆撃のような音が連続で聞こえてくるのを他の者より聴覚に優れたぼたんが聞き取っていた。
「あっちの方角から聞こえてくる」
「きっとフレアが誰かと戦闘しているんだ。急いだ方が良い。まだフレアは昨日の傷が癒え切っていないはずだよ」
アキロゼの言葉にねねとぼたんも頷き返すと、急いで里を飛び出した。
その音が近付くにつれてねねとアキロゼの耳にも聞こえてくるが、しばらくするとその音がピタリと止んだ。
「……まずい、戦闘音が止んだ。多分森の外だ。急ごう」
断続的に続いていた爆撃音が止んでから3分程経ってからだろうか。
迷いの森を抜けた3人は変わってしまった地形に唖然としながらも、その中心で倒れているフレアを発見した。
「フレア!」
アキロゼが急いでフレアの下へ駆け寄り、胸に耳を当てる。
「……アキロゼさん?」
「……大丈夫、息はある。でも、何だこれ……」
意識のないフレアの額に手を当てると、咄嗟に手を引いてしまう程冷え切っていた。
「フレア! フレア!!」
腹部からも出血しており、恐らく先程の戦闘で昨日の傷口が開いてしまったのだと推測ができる。フレアの名前を呼び、意識の覚醒を試みながら手早く腹部の応急処置も行っていくアキロゼ。
すると、そのアキロゼの声が届いたのか、薄っすらとフレアが目を開ける。
「フレア! 起きて! 何があった!?」
意識が戻ったフレアにホッと一息ついたアキロゼ。
しかし、その安堵もすぐに打ち消されてしまった。
「…………だれ?」
フレアのその一言に、アキロゼも、ねねも、ぼたんも、目を見開いたまま言葉を失った。