「駄目だ、脳にダメージを受けていて完全に記憶を失ってる。仮に記憶が奇跡的に戻ったとしても、きっと身体のどこかに障害が残るかも」
アキロゼとエルフの里の医師の意見は一致していた。
2人の報告に言葉を失う里のエルフ達。昨日の夢見の魔法とは違い、今度こそ完全に風の一族次期族長候補で現エースでもある不知火フレアは、恐らく二度と戦えない身体となってしまった。
「昨日、儀式舞が終わってしばらくした時、突然フレアが目を覚まし、一式の装備を持って飛び出していったんだ」
風の族長が昨日のフレアの様子を話し始める。
「だがまさか、こんな形で戻ってくるだなんて……アキロゼさん、あんたたちがフレアを見つけた時、本当に他に誰もいなかったのか?」
「……うん。森の外に戦闘の跡があって、その真ん中でフレアが倒れていた」
これは本当だ。フレアを発見した際、周りには他に人の気配はなかった。ただ、誰と戦闘していたのかの予想がついているだけで。
フレアを遠目で心配そうに見守るエルフの男性と人間の女性がねねの視界の端に入る。
自分の娘と歳も近く、昔から知っているフレアの事を心から心配しているのだろう。
そんな2人の姿を見て、ねねはギリと唇を噛みしめる。
「ねねち、ぼたんちゃん」
唐突にアキロゼに呼ばれ、そちらに振り返る。
アキロゼは里のエルフ達から離れ、ねねとぼたんにしか聞こえないよう小声で話し始める。
「フレアはこんな状態だし、ポルカちゃんもこの里で預かるよ」
「この里で、ですか?」
「この里には長寿であるエルフ達が集めた古今東西の本があるし、もしかしたらあの悪魔の魔法を解く方法があるかもしれないから、フレアの治療をしながら、ポルカちゃんの面倒もここで見るよ」
それに、エースで次期族長候補が2人もいなくなったこの里を離れるわけにもいかないからね。と呆れたように溜め息を吐くアキロゼ。
「それならねね達も一緒に──」
「いや、2人は2人で別にやってほしいことがある」
ねねの言葉を遮ったいつになく真剣な表情のアキロゼに、ねねとぼたんもごくりと喉を鳴らす。
「やってほしいこと、ですか?」
「うん。昔から言われてはいることなんだけどね、悪魔の呪いを解くのは天使の役目なんだよ。この2種族は正反対の魔法を得意としていて、ポルカちゃんが掛けられている魔法も、言ってみれば封印や呪いに近い魔法だ。彼女なら、もしかしたらそれを解呪出来るかもしれない」
「アキロゼさん、天使にも知り合いがいるんですか?」
鬼に天使と、やはり長生きすると色んな人と知り合いになるらしい。
「最後に会ってからだいぶ経つけど、きっとまだあそこに住んでると思う」
「遠いんですか?」
「ここからだとかなりね。でも、彼女なら転移魔法も使えるし、帰りは多分一瞬だよ。とりあえず彼女のところに行くまでが大変だけど」
「その天使はどこにいるんですか?」
ねねの質問にアキロゼは遠く空を見つめながら答えた。
「水の都──アトランティス」
× × ×
「精霊の加護ってさ、本来なら喜ばれるものなんでしょ? 長生きできるし、自殺率も0%なんだし」
百鬼あやめの言葉を背中に聞きながら、氷で作ったナイフで左手首に切り傷を入れる。
しかしその傷は血を流すよりも先に塞がってしまう。
「でも、君を見てると不思議に感じるよ。余は自分で自分を殺そうと思ったことがないから分かんないけど、どこからどう見ても、その加護は君にとっては呪い以外の何物でもないもんね」
日に日に、精霊の加護が強まっている気がする。
自分の左手首を睨みつけると、雪花ラミィは氷のナイフを地面に叩きつける。
「本当にその加護って、エルフの感情を読み取って発動してるのかな? だとしたら、その加護が強まってるってことは、以前にもまして死にたがってるってこと? この間の褐色エルフと戦ったことを気に病んでるの?」
先程から無視しているというのに、気にせず何でもかんでも気になったことを質問してくるあやめにさらに苛立ちが増す。
「………………待って、さっきなんて言った?」
ようやく口を開いたかと思ったら、どのことを言っているのか分からずあやめは首を傾げる。
「どれのこと? 褐色エルフの話? 加護が強まってるって話?」
「……加護が、呪い?」
「あーそれだったかー!」
くそー外したー! と1人楽しそうにしているあやめを尻目に、ラミィは過去の記憶を掘り起こす。
(呪い、呪い……? どこかで、呪いの話を聞いたことがあるぞ……)
ここ1年から、10年、50年、100年と記憶を遡っていくラミィ。
そして、いつだったか、アキロゼがラミィの家庭教師をしていた頃まで遡ると、そこでようやく記憶が繋がる。
「……百鬼あやめ、この精霊の加護が呪いだって言った?」
「君を見ていると、まるで呪いみたいだねって言った。本来だったらバフであるはずの加護が、君にとってはデバフとして効果を発揮してるんだもん。ま、感じ方っていうのは千差万別。ほら、特殊な性癖をお持ちの方にとって麻痺なんかはデバフじゃなくてバフになるでしょ?」
「知らん」
特殊性癖の話は置いておくとして、確かに今のラミィにとってこの加護はデバフ以外の何物でもない。
果たしてそれは、呪いと言えるのだろうか?
──だが、試す価値はあるかもしれない。
ラミィは長旅に備えて、荷物を纏め始める。
「え、なになに? どこか行くの?」
「この加護がラミィにとって呪いなのだとしたら、解呪すればいい」
「解呪ぅ? どうやってさ?」
「昔から、悪魔の呪いを解くのは天使の役目って言われてるんよ」
「精霊を悪魔呼ばわりか(笑)」
「悪魔の集落を落とした精霊だよ。どっちが悪魔か分かったもんじゃないでしょ」
「ま、戦争ってのは正義と正義のぶつかり合いだからね。精霊だって神様だって、人の子を平気で殺すのがあの頃の戦争だ」
「……とにかく、もしこの加護を呪いとカテゴリーできるのなら、解呪のエキスパートに頼めばいい」
「解呪のエキスパート?」
ラミィは纏め終わったカバンを肩から下げると、目指すべき方角をジッと見つめる。
「水の都アトランティス。解呪の魔法を得意とする天使が住むと言われている都だ」