「……っ」
ドクドクと溢れ出す赤色が海をゆっくりと染めていく。
左手小指の痛みを上書きする激痛が百鬼あやめの頭を不思議とクリアにしていった。
両目は紅く輝き、口元は三日月のように両端の口角が高く釣り上がっていた。
「ククク……キャハハハハ!」
突然不気味に笑い出すあやめに、holoXのメンバーは警戒を強める。
異様な空気を纏うあやめの全身から赤い水蒸気が上がり始めたのだ。
それを見たルイは上空を滑空しながら崖上のラプラスの横に着陸し、顔を寄せて小声で話しかける。
「ラプ、あの赤い瘴気は何だと思う? ホークアイで見てもよく分からない。もしかしてあいつもあの桃鈴ねねと似た力を持ってる?」
「いや、ありゃただあいつの出血が高温で蒸発してるだけだ。どういう理屈かは分からないが、恐らく今あいつの体温が周りの水分を蒸発させるほど上昇しているんだ」
「……? どういうこと?」
「今の奴に素手で触らない方が良いってことだよ!」
ラプラスはそう言って自分の身体を抱きしめるようにして狂ったように笑っているあやめに突進を仕掛けると、5つの高速魔力弾をあやめに撃ち込む。
魔力弾が海面に衝突し、激しい水飛沫を上げる。
「…………アハ」
不意に背後から聞こえたその笑い声に背筋が凍り、慌てて振り向きざまに防御態勢に入ろうとするラプラスだが、その腕を掻い潜ってあやめの蹴りがラプラスの脇腹にめり込む。
弾丸のようなスピードで海面に叩きつけられたラプラスは、勢いそのまま海中へ沈んでいくところをクロヱに救出される。
急いで海面へ上がるが、ラプラスは脇腹を抑えながら血反吐を吐く。
「おい……いきなり何だよあいつ……さっきまで手加減してやがったってことか?」
「ていうより、何かリミッターを外しちゃった感じ……?」
ラプラスとクロヱがこちらを見下ろすあやめに冷や汗を流していると、そちらに完全に意識が向いていたあやめの背後を取ったルイが数十枚の鋭い羽根をあやめに向けて発射する。
完全に視界からも意識からも死角となっている場所からの奇襲に──あやめは無造作に刀を振るうだけで全ての羽を弾き返し、そこから発生したかまいたち状の剣圧によって、ルイの左翼が根元から切断されてしまった。
「……ぐっ!?」
片翼を失いバランスを崩したルイは海へ落下していく。
そんなルイに追撃するため、あやめは2本の刀を握り直して落下するルイ目掛けて突進を仕掛ける。
「チッ、幹部!」
ラプラスがルイに向かうあやめの背中を追う。
すると、あやめはそれを待っていたとばかりに振り向きながら急停止すると、猛追してくるラプラスの肩口に向けて刀を振り下ろす。
あやめの急停止に反応しきれなかったラプラスはその刀をもろに受け、斬られた左肩から血が噴き出す。
holoXのトップ2が揃って墜落していくのを目の当たりにし、目を見開きながら驚愕するクロヱ、いろは、こより。海へ落ちていく2人を先程までとは一変した冷めた視線で見下ろすあやめに恐怖を覚える。
「……っ、ラプ!」
片翼になりながら何とかバランスを取るルイはラプラスの手を掴み、ラプラスを抱き寄せながら海面への衝突から守るように墜落する。
その様子を見てからあやめは丘の上にいるいろはとこよりに視線を向ける。
「「……っ」」
その威圧感にいろはとこよりは息を飲み、気圧されるように無意識に一歩引く。
こいつはやばい。それが本能的に分かった。
しかし、あやめは丘の上の2人やクロヱには一瞬視線を向けるだけで、すぐに先程墜落したラプラスとルイの方へ視線を戻す。
「……へぇ、そんな魔法があるんだ」
「吾輩も不思議で不思議でしょうがねぇんだがな。使えるもん全部使わねぇと、テメェは倒せそうにねえからな」
あやめの視線の先には気を失ったルイを肩に担いで水面に立つラプラスの姿があった。
切り付けたはずの左肩の傷は完全に閉じており、袖を捲った右腕からは眩い光が放たれていた。
あやめは見覚えのあるその光を確認すると両手の刀を握る力を強め、全身から莫大な魔力を溢れさせる。両目は先程以上に紅く輝き、額にある2本の角が溢れ出す魔力に呼応するように太く長く伸びていく。
あやめのその様子を見て、ラプラスは確信する。
「おいおいおい、そうか……やっぱお前があの百鬼あやめか」
最初名前を聞いたときは興味がなかったため聞き流していたが、彼女の戦闘スタイルを見てかの有名な鬼神の娘ではないかと戦いながら半信半疑ではあるが予想していた。
だが、今確信した。
「ラプラス・ダークネス、鷹嶺ルイ。お前達2人は父上よりこの世界の均衡を崩す者であると排除対象として認定された。これより、百鬼の名をもってお前らを駆逐する」
こいつを倒さないと、この星の世界征服はなされないのだと。
× × ×
「何の音!?」
先程から断続的に鳴り響く衝撃音と振動にねね達は天音かなた宅を飛び出す。
その直後、かなた宅のすぐ横に魔力の塊が飛んで来る。直撃していたら家ごと吹き飛ばされていたレベルの威力の爆風に4人は己の身を守るように手を翳しながら、アトランティス上空を見上げる。
そこには赤色と紫色の2つの閃光が幾度となくぶつかり合っていた。
そこで生じた衝撃が、水上都市アトランティスにまるで天災のごとく降り注いでいる。
「何だあれ!? とにかくすぐにアトランティスの上空に結界を張らないと──っ!?」
かなたが上空の異様な光景にすぐさま対応しよう胸の前で両手を組むと、家のすぐ横に広がる海面から謎の陰が飛び出して来た。
しかし、それにいち早く反応したAZKiがかなたを庇うように前に出る。
「待った!」
敵意剥き出しで海面から飛び出して来た人影を鋭い視線で睨みつけるAZKiに対し、フードを被った人影は両手を前に出す。
「ちょっと待ってAZKi先輩!」
少女の声をしたその人影がフードを取ると、そこにはねねとぼたんも見覚えのあった少女の姿があった。
「お前、確か沙花叉クロヱ!」
「あん? 何でお前らがここに……いや、今はそんなことより、かなた先輩。私の仲間の治療してくんない?」
いきなり現れたクロヱにねねとぼたんは警戒するが、かなたとAZKiは目を点にしていた。
「……は? え? 沙花叉……?」
「……お前、どの面下げてここに来たんだ?」
「ま、まぁまぁ。それより、天使は目の前の傷を負った女の子を見捨てないよね?」
未だに上空で激しい衝撃音が響く中、海水を前髪から滴らせたクロヱが作った笑顔でかなたに両手を合わせた。