本殿から荒げた声が聞こえてきた頃には既に和装の少女が目の前まで迫っていた。
「……っ!?」
少女はまるで反応できないままのラミィの横を通り過ぎ、勢いそのまま後ろにいたねねの首を掴むと、その細腕からは考えられない力でねねの体を持ち上げた。
「ガッ……!?」
「ここ最近ずっと感じていた違和感はお前か。一体何者だ?」
少女の紅く輝る瞳に睨まれ、首を締め上げられているのも合間って恐怖でねねの体が竦む。
「答えろ。何をしにここへ来た?」
少女、百鬼あやめの問いにねねは苦しそうなうめき声を上げるだけで答えることができない。
ただもがき苦しむだけのねねに答える意思がないと判断したのか、ねねの首を締め上げているあやめの手により一層力が入る。
だが、いきなりの出来事に反応できなかった2人も、流石にこれ以上は見過ごせるはずもなかった。
「いやいやいや、いきなり出てきて首絞めながら何言ってるのさあんた」
「とりあえず、今すぐねねちゃんから離れなさい」
そもそも答えられるはずもない状態での質問に呆れと怒りを顕にしながらぼたんは銃先を、ラミィは複数の氷柱の先端をあやめの頭部に構える。
「あやめ! 今すぐその手を離しなさい!!」
本殿からあやめを追いかけてきたミオとフブキも到着し、現状の異常さに制止の声を上げる。
あやめは自分を囲む彼女たちを一瞥していくと、あやめに対し魔法で生成した氷柱を構えているラミィのところで少し視線が止まる。
「……ふむ」
すると、何か納得したような意味深な笑みを浮かべるとねねの首を掴んでいた手を離し、あやめは両手を頭の横まで挙げて降参のポーズを取る。
「……何のつもり?」
突然の降伏にミオは怪訝な表情を見せる。
「いや、ただ気が変わっただけだよ。余はこの世界のバランスを整える均衡者。入り込んだ異分子を取り除くことが役割ではあるんだけど、別にこの世界を守りたいとかそういった正義の心で動いてる訳じゃない」
あやめの手から解放されて咳込むねねを庇うように身を寄せ背中を摩るラミィに近づき、目線を合わせるためにちょこんとしゃがみ込んだあやめは心底楽しげな笑みを浮かべる。
「この世界の者がこの世界を滅ぼそうと、それで余を含めたこの世界の全ての命が尽き果てようと、余はそこには関知できないし、する気もない。例えば仮に君が世界の敵になったとしても、余はそれを止めるなんてことはしない」
「何を言って……」
「今回は君に任せることにするよ。精々、面白おかしく踊ってくれると、余も父上も楽しめるかな」
その言葉を最後にしゃらんと髪に付けた鈴の音だけを残し、百鬼あやめは霧のように姿を消した。
「一体何なんですかあの人は!?」
あやめが消えた後、一行は小さな社務所に移動し、そこでラミィはぷりぷりしながら改めて声を荒らげていた。
「彼女は百鬼あやめ。鬼神の娘で、この世界の均衡を保つ役割を担う一族の1人だよ」
「はい!? 均衡!?」
「いい加減落ち着いてラミちゃん。鬼神ってあの神話に出てくる鬼神ですか?」
ぼたんがラミィを宥めながらミオに向き直る。この世界に神話として広まっている鬼神のことなら、ぼたんも聞き覚えがあった。
「そ。その鬼神。全て生物の祖であり、この世界の秩序を守る役目を担ってる」
「そんな伝説の鬼神様の娘が何でねねちゃんを?」
「…………ウチにも分からないけど、彼女は世界の均衡を乱す者が現れないと表には出てこない。そんな彼女が出てきたってことは……」
ミオの視線の先には先程の出来事で疲れ切ったねねがフブキの膝枕の上で寝息を立てていた。
ラミィとぼたんはねねの寝顔を見ながら、彼女との出会いを思い出す。
「それで、実際のところ彼女は何者なのさ」
「分かんないんです。初めて会った時から記憶喪失で、大怪我をしていたので近くの村に連れて行って、記憶が無いから行く宛てもなく、それならラミィ達と一緒に来る? ってことでミオ先輩ならいい感じに今後について占ってくれるかもということでここに来ました」
「雑な説明をありがとう。でも大怪我をして記憶まで失っていた、か……ちなみにその時近くにこの子の怪我に関係ありそうなものは?」
ラミィとぼたんは首を横に振る。
あの時、ねねの周りには誰かがいた形跡もなく、ただ1人あそこで倒れていた。腹部に裂傷があり、その出血の多さで瀕死状態という状況だったのだ。
「白上はねねちの事もそうだけど、あの最後の捨て台詞の方が気になったなー」
ねねを膝枕しているフブキがラミィに視線を向けながら言う。
「もし仮にねねちが本当にこの世界の均衡を脅かす存在だったとして、そのねねちを消す目的だったあやめが退散し、その役割はラミィちゃんに任せると言い残した。つまりあやめはラミィちゃんがねねちを殺すと思ってるってことだよね」
「そんなことするはずないでしょ!?」
「わぁーってるわぁーってる。でもあやめは根拠も無しに自分の役割を放棄するような奴じゃない。そうだよねミオ」
「ウチもそう思う。あれは彼女の中で確実な根拠があっての言動だろうね」
つまり、ミオもフブキもねねが世界を脅かす存在で、ラミィがねねを殺すと思っているのだ。
「……ラミィ、百鬼あやめはお前とは桁違いな精度の星詠みをすることができるんだ。それも、一目見ただけでその人の未来を予知することが出来る」
「……一目見ただけ? つまりあの人はさっきラミィをチラッと見たあの一瞬で星詠みをしたって言うんですか?」
星詠みができるラミィだからこそ分かるその異質さ。里では歴代最高峰レベルの星詠みの才能を持つラミィですら、下準備をした上で魔力を大量に消費し、少なくとも30分は時間を要する星詠み。
それを百鬼あやめは一瞬チラ見した程度で可能にしてしまうという。
それはもう、桁違いとかいう言葉もおこがましい、全く別の力だ。
「あの態度の急変。あの一瞬であやめが星詠みをしたのは間違いないと思う。あやめが本気を出せばねねちゃんを殺してからウチらを制圧するのも不可能じゃないはずだから」
だがそれをしなかったのは、本当に気が変わったからなのだろう。そして気が変わった理由がラミィにあった。本当にそれだけだ。
「ウチから言えることは1つ。この子が大切なら1日でも早くこの子の記憶を取り戻して、そして、この子の正体を究明すること。あまり待たせると、痺れを切らしたあやめがまたいつ現れるか分からないから」
ミオはそう言って、懐からタロットカードを取り出す。
「ねねちゃんを起こして。今後のことについて見てあげる。元々このつもりだったんでしょ?」
ミオは真剣な面持ちでタロットカードを畳に並べ始めた。