ねぽらぼのね   作:夢寺ゆう

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海の底へ沈みゆく

「あ。あった」

 

 白衣を丘の上で脱ぎ捨てた博衣こよりは、スカートにノースリーブ姿で切り落とされたルイの翼を探すために海に潜っていた。

 

 クロヱの話ではアトランティスに住んでいるという天使なら、ルイの翼を元通りにできるかもしれないとのこと。だが、その為には切り落とされた方の翼も必要だとのこと。

 

 海の中で呼吸できるのはシャチの獣人であるクロヱと、自分を研究の実験台にしていて薬品に耐性のあるこよりだけ。クロヱは天使と顔見知りらしいので、ルイを回復してもらうよう交渉してもらう必要がある。

 

 また、怪我をしているルイをおぶっていく筋力も体力もこよりにはないため、その役割はいろはに任せることとなった。

 

 上空ではラプラスとあやめが戦闘をしている。

 先程から頭上で爆発が起こっていて恐ろしいのだが、さっさと翼を見つけたことをクロヱに伝える必要がある。

 

 こよりはいったん海面に顔を出し、クロヱにも預けている完全防水のイヤホン型トランシーバーで連絡を取る。

 

『クロたん、ルイ姉の翼を見つけた。海にあるからすぐに来て。座標は──』

 

『こよちゃん!! すぐにそこから離れて!!』

 

 耳元から聞こえてくるクロヱの叫ぶような声に、こよりは上空を見上げた。

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「ひゃはっ! このサイズの魔力弾を一瞬で生み出すとか!」

 

 サイコー! と喜々として2本の刀を紅く光らせながら極大サイズの魔力弾に振り下ろす。

 下から押し上げるように未だ大きくなり続けている魔力弾を──あやめはたった2本の刀で落下するラプラスに向けて打ち返す。

 

「………っ!?」

 

 視界が遮られているため目視はできないが、この魔力弾の向こう側で息を飲む音が確かに聞こえた。

 

 上空に向けて打ち上げられた魔力隕石が重力による自由落下以上の速度でアトランティスのすぐ外側の海面に着弾する。

 

 打ち返された魔力隕石が海面に着弾する前にギリギリ海中に墜落したため、身体への直撃は避けたものの、その衝撃に海底にまで叩きつけられるラプラス。

 

 全身の骨という骨が砕け、内臓という内臓が体内で破裂するのを感じながら、意識が薄れていく。

 

(…………これが、鬼神の娘、か)

 

 これまで38の星を征服してきたラプラス・ダークネスだが、確かにどの星にもいわゆるラスボスと呼べる者達がいた。そいつを倒せば世界征服を完了したも同然と思える奴らがいた。

 

 鬼神が現役を引退したとは昔どこかで聞いたことがある。

 つまり、彼女がこの星におけるラスボスであり、ナンバーワンであるのだろう。

 

(つえぇ……)

 

 その力は最強を名乗るに相応しい。

 海底にバウンドし海面に浮かんでいく。粉々に砕け散った骨も、ぐちゃぐちゃに破裂した内臓も、貫かれた心臓も、ラプラスの意思とは関係なく、気が付けば修復されつつある。

 

(何なんだ、この力は……これがなけりゃもう3回は死んでんぞ……桃鈴ねね、てめぇは一体何者で──)

 

 ラプラスがねねの力に若干の恐怖を覚えながらも、それを抑え込み体内に上手く循環させられているロボ子の右腕に関心をしていると、その世紀の大発明に成功した張本人が視界の端に映った。

 

 

 本来彼女がいるはずのない、海の中で……。

 

 

(は、かせ……? いや、何で……? だってあいつらは幹部の傷を治すために陸に上がって……いや、待て。こより……お前、下半身、どこやった……?)

 

 自分の目の前を腹部から上だけの状態の博衣こよりが流されていく。

 

「がぼぼっ……!!」

 

 魔力隕石の落下によって発生した巨大津波の影響で、強烈な海流に流されるラプラス。

 海面に打ち上げられるラプラスとは逆に海底の方に勢いよく沈んでいくこよりに叫びながら手を伸ばすが、向こうが伸ばし返す気配はなかった。

 

 

「……ぷはっ!! ああー死ぬかと思った! そっか、あんなサイズの魔力弾が落ちたらそりゃこのレベルの高さの津波になるか!」

 

 アトランティスの上空500メートルの位置にいるあやめだが、そのあやめにまで届く巨大津波に飲まれ本気で死にかけたあやめがカッカッカと楽しそうに肩を震わせていた。

 

「水の都、沈んだんじゃないか? ……およ? あれは、結界? あー、そういや、アトランティスって、確か天使が住んでるんだっけ」

 

 アトランティスを巨大津波から守ったドーム状の結界を見て、あやめは一安心する。

 これなら、心置きなく暴れられるなと。

 

 ──と、次の瞬間、本当に一瞬だけ目の前に紫の雷が落ちたと錯覚した。

 

 音も、光も置き去りにした小さな体と大きな角が目の前に現れ、あやめの腹部を抉るように殴りカチ上げた。

 

 姿を視認できず何が起こったのか理解が追い付かないあやめは、逆流する胃液が混ざった大量の血を吐き出す。

 超速で上空1000メートルの高さまでカチ上げられたあやめは、持っていかれそうになった意識を気合で何とか持ちこたえるが、小さな雷がいつの間にか背後を取っていた。

 

「……コロス」

 

 バチバチと漏電するような音を放ち続けている右腕が、あやめの背骨をへし折りながら海面に向けて殴り付ける。

 

 だが、音速を超えて1000メートルの高さから海面に叩きつけられたあやめには目もくれず、ラプラスは己の右腕の異変に苦悶の表情を浮かべていた。

 

「ぐ、があぁ……っ! 力が、抑えきれねぇ……! しっかりしろや……! てめぇは、あの天才発明家の最高傑作だろうが! いいから、あとちょっと耐えやがれぇ!!」

 

 眩い光に包まれながら、ラプラスの叫び声がアトランティス中に響き渡った。

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「あれはまずい!」

 

 超巨大な魔力隕石がアトランティスのすぐ横の海面に着弾したことで発生した500メートル級の津波を見て、かなたは両手を胸の前で組むと天使の羽を広げて魔力を高める。

 

 すると、一瞬でアトランティス全域を覆うようにドーム状の結界が張られ、水の都を飲み込もうとする大津波から都市を完全に守り切った。

 

「こよちゃん! こよちゃん!?」

 

 一瞬の出来事にねね達が安堵していたのも束の間、一緒にいるクロヱから切羽詰まったような声が聞こえてくる。

 

「クロヱ? どうしたでござるか?」

 

「……こよちゃんからの通信が完全に途絶えた。あの魔力隕石が落ちる直前にルイ姉の翼を見つけたって連絡が入ったんだけで、その座標を言う前に通信が切れた……」

 

 クロヱの話によれば、こよりはあの戦闘が起きていた真下の海中で切り落とされたルイの左翼を探していたはずだ。つまり、あの衝撃にもろに巻き込まれた可能性が高い。

 

「……あの津波だ。確実に元の場所からどこかに流されちゃってるよ」

 

「分かってる! かなた先輩、ルイ姉の傷口を治して」

 

「……懸命な判断だ」

 

 クロヱの言葉にかなたはいろはに背負われているルイに近付く。

 

「ま、待ってください……、まだ、待てます。クロヱ、お前なら……」

 

「悪いけどタイムアップだ。これ以上は待てない。目の前で死なれるのも目覚めが悪いし、たとえ沙花叉でも、あの津波に流されたお前の翼を一から探すのは時間的に不可能だ」

 

「でも……」

 

「かなた先輩、やって」

 

「…………」

 

 ルイの意思は無視し、クロヱがかなたに治癒魔法を促す。

 かなたは無言でルイの痛々しい左翼の切断面に手を翳すと、傷口が淡い光に包まれ、徐々に傷口が塞がっていく。

 

 そして、10秒とかからないうちに完全に傷口を塞いだかなたは、治癒魔法を止めるとルイの額に手を当てる。

 

「傷口を塞いだだけだから、失った血は戻ってないよ。貧血状態のはずだから、無理はしないように」

 

 ルイは額に添えられたかなたの手を優しく払いのけると、いろはの背中からふらつきながら降りる。

 

「……ありがとうございました。私達はもう行きます。いろは、私達は丘の上からラプの援護に行くよ。沙花叉は、こよりの捜索をお願い」

 

「おいおい、今僕が言った言葉が──」

 

「私の生き方も、死に方も、私が決めます。怪我を治していただき、本当に助かりました。これで、まだラプの横で戦えます」

 

「……はぁ、あっそ。じゃあ好きにしなさいな。でも、もう治してやんないから」

 

 かなたの呆れたような言葉に、もう十分ですと笑顔で返すルイ。そのままいろはに肩を借りながら戦場に戻っていく。クロヱは海に飛び込むためにそんな2人とは反対の方向へ向くと、肩越しに小さな声で口を開く。

 

「まぁ、助かったよ。ありがと。私ももう行くから」

 

 そんなクロヱの言葉に、一歩前に出たのはAZKiだった。

 

「沙花叉! 本当に、行っちゃうの? 本当は、戻ってきてくれたんじゃないの……?」

 

 AZKiの言葉に事情を知らないねねとぼたんは黙ったまま様子を見守るが、当の呼び止められた本人は天を仰ぎながら呆れたように溜め息をつく。

 

「はぁ……、AZKi先輩さ、相変わらずだね、その脳内お花畑というか、天然ピュアガールなところ」

 

「……?」

 

「あの日、言ったよね? 私はこの海上都市が、そこの天使も、あんたみたいな脳内お花畑も含めて、心の底から大嫌いなんだって。戻ってきた? 逆だよ。私はここに、引導を渡しに来たのさ」

 

 目を見開いて答えるクロヱに、AZKiの目頭から水滴が一滴零れ落ちる。

 

「かなた先輩、AZKi先輩。今はそれどころじゃないから行くね。でも、次会う時は間違いなく、沙花叉クロヱが海上都市アトランティスを滅ぼす時だから。──覚えておけ」

 

 

 両手で顔を覆い膝から崩れ落ちるAZKiを残し、クロヱは海の中へと消えていった。

 

 

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