ねぽらぼのね   作:夢寺ゆう

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全滅

(……あぁ、なんでこんな時に、あんな昔のこと思い出してんだろ……)

 

 プカプカと浮力に身を預けた状態で海面に浮かぶクロヱ。

 どうにか身体を動かそうにも、無いものは動かすことができない。

 

(そっか……これが走馬灯ってやつか……)

 

 右腕と右足の切断面から流れ出る血が止まる様子はなく、海面を瞬く間に赤く染め上げていく。

 

(……あれ? 今日ってこんな曇ってたっけ? そういや、あの日もこんな感じの天気だった気がする……そのおかげで、確か、誤魔化せたんだよ……)

 

 数時間前まで晴天だった上空には曇天が広がり、ポツポツと雨が降り始めていた。

 百鬼あやめとラプラス・ダークネスによる爆発的な高エネルギーのぶつかり合いにより空気が急激に暖まり、上昇気流が生まれて、そこから落ちる雨粒がクロヱの頬を打つ。

 

(かなた先輩……AZKi、先輩…………沙花叉、は……)

 

 激しく打ち付ける雨粒が、彼女の頬を伝う水滴を洗い流していく。

 

 秘密結社holoXは──百鬼あやめの前に為す術なく、全滅した。

 

 右腕右足を切断され息絶えた沙花叉クロヱの近くには、博衣こよりの上半身も浮かんでおり、丘の上では喉を一突きされ声を出せないまま絶命していった風真いろはと、残っていた左翼も斬り落とされ、心臓を貫かれた鷹嶺ルイが重なるように倒れている。

 

 そして、秘密結社holoXを束ね、世界征服を目論んだ総帥──ラプラス・ダークネスは、暴走した右腕を自ら切り離し、ロボ子の時と同じように暴発寸前の腕をあやめに投げ付けたことで、あやめの左半身に火傷を負わせることには成功した。

 

 しかし、背骨を砕かれ、左半身に火傷を負わされたは百鬼あやめは、致命傷になるはずの負傷をものともせず、holoXのメンバーを次々に殺害していくと、残ったラプラスの首根っこを掴み持ち上げながら冷ややかな視線を向けていた。

 

「……てめ、ぜってぇ……ころす」

 

「…………」

 

 口の端から血を流し、苦しげにあやめを見下ろすラプラス。

 そんなラプラスの言葉を聞き流しながら、あやめは一度自分が殺したholoXの面々を流し見ていく。

 

「……余の目的はラプラス・ダークネスと鷹嶺ルイの排除のみだった。この星の者でない貴様らがこの星を均衡を乱そうとした。だから、他の3人を殺す必要はなかったんだ」

 

「……なに?」

 

「だが、余の邪魔をするというのであれば、その者達も均衡を壊す者とみなす。つまり、お前があの3人を殺したんだよ」

 

 ぐぐぐとラプラスの首を掴む手の力を強めていく。

 ラプラスのくぐもった声が漏れる。

 

 どこまでも他人事のように、目的以外の3人に同情の視線を向けるあやめ。

 

「てめぇ……てめぇが殺しておいて、何でそんな顔してやがんだ……!」

 

「いや、可哀想だなと思って」

 

「──ッ!」

 

 あやめの言葉に目を見開くラプラス。

 身体を持ち上げられた状態のまま左手に魔力を溜める。

 

「……っ!? ぐあっ!」

 

 しかし、そんなラプラスの左腕を魔力弾が撃たれる前に切り落とすあやめ。

 両腕を失ったラプラスはだらんと体の力を抜く。

 

 その様子を見て諦めたのだと判断したあやめは首を掴んでいた手を放し、ラプラスの身体を海に放る。

 ばしゃっと音を立ててラプラスは海面に浮かぶ。

 

「…………お前さ、桃鈴ねねって知ってるだろ」

 

「……それが?」

 

 唐突にここにはいない人物の話をし出したラプラスにあやめは怪訝な表情を見せる。

 

「あいつはどこからどう見てもこの星の人間じゃない。なんてったって、あんなこの星じゃ見たこともない光を身体に纏わせてんだから……」

 

「…………」

 

「ついでに言うと……吾輩もこの星で生まれたわけじゃないぞ」

 

「さっきから何が言いたい? お前と鷹嶺ルイがこの星の者じゃないことは初めから分かっている。だからこそ、余の標的はお前達2人だけだったんだから」

 

「百鬼あやめ。確かにお前は吾輩がこれまで戦ってきた相手の中で誰よりも強かったよ。それは間違いない……でも、そんなお前にも弱点はある」

 

「……へぇ、面白い。言ってみなよ」

 

「お前は、この星しか知らないってことだよ……」

 

「……ん?」

 

「それが、これまで38の星を征服してきた吾輩と、お前の、違いだ」

 

「どういう……──っ!?」

 

 ラプラスの異変に気が付いた時には既に遅かった。

 

 

「桃鈴ねねがこの星のものでない力を扱えるのに、何故吾輩がこの星のものではない力を扱えないと思った?」

 

 

 あやめは持っていた刀をラプラスの心臓に突き刺す。

 

 しかし──、

 

(──っ、遅かったか!?)

 

 ラプラスは肌のほとんどを着ている服によって隠している。

 それ故に、ラプラスの肌が紫色に変色していることに、その変色が顔にまで現れるまで気が付かなかった。

 

「──侵されろやァ……」

 

 刀で心臓を突き刺しラプラスの生命活動を止めるが、ラプラスの肌の変色は止まる様子がない。

 

 あやめは警戒するようにラプラスから距離を取るが、次の瞬間、ラプラスの身体からどす黒い瘴気のようなものが噴き出す。

 

(瘴気……? いや違う! あれは極小サイズのウイルスに似た生物か!?)

 

 それ1つでは肉眼で見えるかどうか分からないマイクロサイズの生物が、瘴気のような形になって見える程の大群であやめに向かってくる。

 

 あやめは一度二度その極小生物達に刀を振るうが当然手応えはなく、一瞬霧散してもすぐに集結しあやめに襲いかかる。

 

(ぐっ……! かなり吸い込んでしまったぞ……! これはまずい!)

 

 体内に入り込んだ未確認生命体が己の身体にどういう影響を及ぼすか分からない以上、早急に体内から除去するか、死滅させるかが要求される。

 

 あやめは意識的に自身の体温を上昇させる。

 見てみると右手の指先が既に薄紫色に変色し始めていた。そうはさせまいと周りの海水が蒸発を始めるほど体温を上昇させていくと一定の高温で指の変色が止まった。

 

(この温度まで上がらないと死なないのか……っ、これは普通の人間が感染したら1分と持たずに死ぬぞ……!)

 

 戦闘の興奮で無意識のうちに徐々に体温が上昇していくことがあるあやめだがが、今回は無理矢理、それも十数秒で足元の海水が蒸発するほど体温を急上昇させた代償なのか、あやめは息を切らして海面に膝を付く。

 

(あそこまでの急激な温度上昇にギリギリまで耐えて、寄生先を侵食していこうとする生物はこの星にはいない……恐らく超高温地帯に生息する別惑星の生物を召喚したんだ)

 

 気が付けばあやめの周りに超小型生物はいなくなっており、見渡せば再び瘴気のように蠢きながら大群となってアトランティスの方向へ向かって行っていた。恐らく人間の体温に反応し、身体に寄生、そしてそのまま寄生先を蝕んでいくのが習性なのだろう。

 

「……っ、まだ体が……天使、見誤るな! お前の結界で1匹残らず捕獲しないと……! アトランティスを守るだけじゃ、世界が終わるぞ……!」

 

 もしあの超小型生物がアトランティスに侵入すれば、1時間も経たずしてアトランティスの住人は全滅することだろう。そしてアトランティスを滅ぼした超小型生物は人の体温を求めて大陸へと向かうことになる。そうなればもう手立てが無くなってしまう。そうなる前に、ここであの超小型生物を全て捕らえ、殺し尽くす必要がある。

 

 そして、仮にかなたの結界が彼らを捕らえるではなく、侵入を完全に阻むに留まったとしたら、あの超小型生物たちは目の前の得物は諦めて、他の場所へと霧散していくことだろう。そうなっても、ジエンドだ。

 

「気付け……天使!」

 

 

 

        ×  ×  ×

 

 

 

「戦闘の音が止んだ。終わったのかも」

 

 ぼたんが獣耳をピクピク動かしながらアトランティスの外の様子を窺う。クロヱ達が戦場に向かうということで一度結界を解除していたかなたは様子を見に行きたくもあったのだが、またすぐに先程のような戦闘の余波がこの都市を襲わないとも限らないため、簡単には動けずにいた。

 

「ぼたんちゃんは、どうなったかまでは分からないの?」

 

「流石にそこまでは……」

 

 音で判断しているにすぎないぼたんに状況を詳しく把握する術はない。

 アトランティスの外ではどうなっているかを知りたければ、実際に見に行くしか方法がない。

 

「……やっぱり僕ちょっと見てくるよ。あずちゃん達はここに──」

 

「待ってください。何かこっちに向かってきてます!」

 

 そう声に出したのはねねだった。

 先程まで戦闘音がなっていた方向からこちらに向かってくる黒い瘴気を指差して皆に知らせる。

 

「何か……嫌な感じがするね」

 

 ぼたんの言葉に獣人の感覚を信じるかと、かなたは再びアトランティス全域に結界を展開する。

 360度完全に覆い尽くしたかなたの結界は、こちらに向かう瘴気をかけらの1つも侵入を許さない。

 

 しばらく結界に衝突を繰り返すだけだった瘴気は意思を持つように結界の回りを蠢き始める。それはまるで結界の隙間を探すような動きに見える。

 

「何なのか分からないけど、塵1つだって入る隙間はないよ」

 

 絶対防御を誇る天音かなたの結界を前になす術のない瘴気は、しばらく結界の回りを回った後示し合わせるようにアトランティスから離れるような動きを見せる。

 

 その動きに結界の中で見ていた一同はホッと一息つくが、実際は下策も下策であった。

 本来なら、危険を承知であの未確認危険生命体はこの場に留めておく必要があったのだ。

 

 謎の瘴気は一度アトランティスから離れたと思われたが、途中で方向転換をし、再びアトランティスの方へ向けて突進を仕掛けてきた。

 

「何!? 戻って来たよ!?」

 

「……いや、こっちじゃない。結界の上に誰かいる……?」

 

 結界の中からかなたが結界の頂上に視線を向ける。

 そこには確かに白と水色の服に身を包んだ少女が立っていた。

 

「……! ラミィ……!」

 

 ねねの声は結界の外にいる雪花ラミィに届くことはなく、ラミィは目を細めて自分目掛けて飛んで来る瘴気に1つ呆れたような溜め息を吐く。

 

「はぁ、馬鹿かよ。どう見たって意思を持った何かでしょアレ。アレを放置して自分が住む場所だけ守るとか、随分とお気楽な天使だこと」

 

 そう1人ごちるラミィの周りの気温が急激に下がり始める。

 いつの間にかラミィの吐く息は白くなっており、ラミィに近付こうとする瘴気も明らかに動きが鈍くなっている。

 

「……なるほど、高温には強いけど、低温には弱いのね」

 

 それなら、ラミィの敵ではない。

 

 たったのひと吸いで普通の生物なら1分と持たずに死に至らしめる極小危険生物。しかし、雪花ラミィはこの生物にとって天敵であった。

 

 低温に弱いこの生物はラミィに触れることすらできず、近付くだけでボロボロと崩れ落ちていく。

 瘴気が半分ほどのサイズになったころ、流石にまずいと気が付いたのか、再び瘴気がラミィから離れようと方向転換する。

 

 しかし、それを見逃すラミィではない。

 ラミィは自分から離れていく瘴気に向けて右手を伸ばす。するとその手の先から猛烈な冷気が発生し、逃げる瘴気を捉えると丸ごと飲み込むように端から凍らせていく。

 

 そのまま海から伸びる大きな氷の柱を作り上げ、その中に瘴気の全てを閉じ込めてしまう。

 

「はい、おしまい」

 

 1つ間違えれば世界をも滅ぼさん未確認危険生命体の大群を汗1つ流すことなく完全に封じ込めたラミィは、目下のねね達にゆっくりと視線を向けた。

 

 

 

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