黒と白の翼を広げて、行く手を阻むねねとラミィに突進を仕掛けるかなた。
ねねは両手両足に光を収縮させ、突き飛ばすように突き出していたかなたの両手を掴むと、猛スピードで突っ込んでくるかなたを止める。
「かなたさん……! 邪魔をするとか、そういう事じゃないんです! あいつは、本当に危険なんです。いくら色んな戦場を経験したかなたさんでも、いくらあいつが手負いでも、あのholoXをたった1人で全滅させるような奴なんです!」
「……関係ない。僕は2度もあいつを守ってやれなかった。そんな自分が、許せない……!」
「何回でも言うけど、それで貴女に死なれたらこっちが困るんよ」
ラミィは掴み合いをしているねねとかなたに近づくと、かなたの黒く染った右翼に触れる。すると、一瞬のうちに右の翼だけが氷漬けにされる。
「ぐっ……!」
「ちょっと頭を冷やして──っ!?」
右翼を凍らされて苦悶の表情を浮かべていたかなただが、紅く輝く右目を右隣にいるラミィに向けると、次の瞬間ラミィの身体が吹き飛ばされる。
「ラミィ!?」
(氷の障壁を貫通した……!? 物理的な衝撃じゃない……!)
かなたの右目の視線を受けてまずいと感じたラミィは瞬時に氷の障壁を展開したが、その障壁をすり抜けるように大型獣に突進されたと勘違いするほどの衝撃を受けた。
そのまま海へ落下したラミィも心配だが、この掴んでいる手を離す訳にもいかないねねは光の力を増してかなたを組み伏せようとするが、かなたの体はピクリとも動かない。むしろ握られているねねの手の方が握り潰されそうな勢いだ。
「……さっきから、頭の上でうるさいな」
「「……!」」
いつからだろうか。
少なくとも、ねねとラミィがかなたに追い付いた時にはいなかったはずだ。
だが、今ねねとかなたがいる眼下の海面には、百鬼あやめが両手に刀を持ったまま仁王立ちでこちらに視線を向けていた。
「……お前がアトランティスの天使か。どうやらあの小型生物を抑え込んだのはラミィちゃんみたいだね。アレの危険性を一目見ただけで判断できないとは、天使が聞いて呆れる」
初対面でいきなり毒づくあやめだが、かなたはそんなあやめの言葉を無視すると、あやめの周囲に視線を巡らせる。
そして、しばらくすると、ねねの手を握っていた力がふっと抜けた。
「……お前は、何者だ?」
「そうか、お前にはまだ自己紹介をしていなかったか。百鬼あやめ──この世界の均衡者だよ。余ばかり知ってるのも良くないかもね、あのクソ神のせいで地上に堕とされた哀れな天使さん」
含みのある笑みを浮かべるあやめにかなたのこめかみがピクリと動く。
「……お前があの鬼神の娘か。そんなお前に殺されたってことは、沙花叉はこの星の者じゃなかったのか?」
「いや、holoXの中で異星の奴はラプラス・ダークネスと鷹嶺ルイだけ。その他はこの星の生まれだよ。ただ、邪魔してきたから殺しちゃったけど」
その言葉を聞いた瞬間、ねねの目の前からかなたが姿を消す。光の力を纏ったねねが認識できない速度で眼下のあやめに襲いかかったかなたは魔法で作った光剣をあやめに振り下ろし、あやめもそれに反応し、2本の刀を交差させるようにしてその攻撃を防ぐ。
「それは、お前らの中ではルール違反じゃないのか……!」
「お前達がどんな認識をしているのか知らないが、全くもって規則通りだ。異星の害に手を貸し、余の仕事の邪魔をしたのだから」
「…………」
「それより、余はお前の方が興味あるけどね。星天戦争で天界軍を裏切り、神に堕天使の烙印を押されて天界を追放された哀れな天使の話を是非とも聞いてみたい」
「……!」
あやめの言葉に反応したのは上空に1人残されたねねだった。聞いたことのある単語が出てきたからだろう。
「天界軍を裏切り、と思ったら地上軍側につく訳でも無くただ戦場を荒らし回ったおかげで、天界にも地上にも居場所が無くなり、結果自分だけの世界を創り出して閉じ籠ったっていうおとぎ話はどこまでが本当なんだろう」
「……僕はあの戦争を止めようとしていた異世界人に協力しただけ。別に天界に思い入れがあったわけでもないし、天使の本来の役割を全うしようとしただけだ」
「へぇ……いかにも天使っぽい答えだ」
笑みを消して心底つまらないといった表情になるあやめ。
かなたは魔法の光剣にさらに力を込めながら、その剣を受け止めているあやめの姿を確認する。余裕そうな表情を見せながらも小さく息を切らしている。刀を握る左手の小指は無くなっており、右脇腹からは未だにドクドクと血が流れ、何より左半身に見るだけでこちらに激痛が走りそうな大火傷を負っている。
誰がどう見ても彼女は満身創痍だ。
しかし、百鬼あやめはそんな自分の身体の状態はお構いなしに受け止めているかなたの光剣を弾き飛ばすと、鼻にかかったような笑いを零す。
「ハッ、偉そうに天使を語ってるが、お前はこれまで一体何をしてきたよ。何を守ってきたよ。天界からも地上からも見放された癖に、綺麗ごとばかり語りやがって。これだから、お前ら天界の奴らはあのクソ神も含めて口ばかりで昔から全員大嫌いなんだよ」
やはりholoXとの戦闘で思った以上にダメージを受けて余裕がないのか、それとも因縁でもある神と同じ天界出身のかなたが目の前にいるからか、あやめにしては珍しくハッキリとした苛立ちが表に出ている。
あやめの言葉を受けて俯くかなた。前髪に隠れて表情は見えない。
「……分かってんだよ。あの日からとっくにわかってんだよ。人々を守り、癒すのが役割だって大口叩きながら家族1人守れなかった僕が天使失格だってことも、ただの私怨でお前を殺したいと思っているのが間違ってるってことも……そんなこと、僕が一番知ってんだよ!!」
言い放つかなたから可視化できるほど覇気が放たれる。
流石のあやめもその威圧感に無意識のうちに半歩足を下げる。青く澄んだ色をしていた両目は紅く輝き、唯一白を保っていた左の翼も漆黒に染まっていた。
「……こんなところで戦うことになるとは思ってなかったが、そっちがその気なら生物の祖である鬼神の娘として余も本気で行くぞ」
あやめも身体から蒸気を上げながら赤いオーラを身体に纏わせる。
ラミィの作った氷の足場から身を乗り出して上空から様子を窺っていたねねは、漆黒の翼を大きく広げたかなたと、オーラを纏い、背後に一瞬巨大な鬼が宿るのが見えたあやめに冷や汗を流す。
──今この場に、あの2人を無理矢理止められる者がいるとしたら、それは自分しかいないだろう。
しかし、仮にあの間に入ったとして、無事に済むだろうか。
光の力の治癒能力を持ってしても、死なず殺さずで止められる自信は流石にない。
では、このままあの2人を放っておくか?
だが、少なくともかなたにここで死なれては困るのだ。ここへ来た理由はかなたに用があってのことなのだから。それに、この2人が激突すれば、その二次被害は先程までのあやめとholoXの戦いの比ではないだろう。それも先程までアトランティスに結界を張っていた当の本人が戦っているのだから、間違いなくその余波だけでアトランティスは海の底へと沈むだろう。
(迷ってる暇は、ないか……!)
今にも飛び出しそうな2人にねねは覚悟を決めて氷の足場から飛び降りようと足を端に掛けた時、背後から叫ぶような声が聞こえる。
「かなたん!! もうやめて! これ以上、家族が傷つくとこなんて見たくないよ!!」
ここでこの2人が衝突すれば、間違いなくその余波でアトランティスは海の底へと沈むだろう。
アトランティスの住人は例外なくその被害に飲まれることになる。
そんな危険な力を持つ2人の前に、何の力も持たない1人の少女が自分よりもずっと力を持つ者の心配をして飛び出した。