アトランティスでの一件があってから3日。
ねねとぼたんはエルフの里への帰路についていた。
本来の予定ではかなたの転移魔法でエルフの里に戻るはずだったが、AZKiを救うためにかなたには2人だけでエルフの里へ先に転移してもらったため、ねねとぼたんは再び徒歩で戻るしかなくなった。
アトランティスからエルフの里までは長旅になるため、ねねとぼたんは食料等の物資調達のためにとある街へ来ていた。
「そういえば行きはあと少しでアトランティスに着くからってことで、この街はちゃんと見てなかったよね」
ぼたんがキョロキョロと視線を巡らせながら歩いていく。
ねねはそんなぼたんの3歩後ろをムスッとした表情を隠そうともせずついていく。
アトランティスでラミィと再会し、そして激突してから3日間、彼女はずっとこの調子である。
そんなねねの様子にぼたんが苦笑いを浮かべていると、前方に見覚えのある人影が視界に入った。
「……あれ? あの人って、確かおまるんのサーカス団の子じゃない?」
ぼたんの言葉にねねも前方に視線を向ける。
そこにいたのは赤髪の獣人。肉屋の屋台の前で涎を垂らしながら注文した肉が出てくるのを待っている姿が確認できた。
「あ、ハコスさんだ」
そう呟いたねねの声が聞こえたのか、ねずみ耳をピクピクと動かしたハコスはキョロキョロと周囲を見回す。そしてねねとぼたんの姿を見つけると、目を見開いて驚いた表情を見せた。
ハコス・ベールズ。
ポルカが座長を務めていたサーカス団に所属していた座員で、ポルカが抜けている今、そのサーカス団を取りまとめているねずみの獣人である。
「……はっ! お久しぶりですね、桃鈴さん、獅白さん。ボクのこと覚えてますか?」
「もちろんですよハコスさん。でも、何でこんなところに?」
ねねはハコスに近付きながら何故こんなところにいるのかと尋ねる。彼女と初めて出会ったのはポルカと出会った港町だ。ここからはかなり離れたところにあるので、まさかこんなところで再会するとは思っていなかった。
「何でも何も、ボクらは移動式のサーカス団ですよ。色んなところでショーをしてるんです。今はその移動中で、この街にはたまたま立ち寄ったって感じです」
確かに以前ポルカから彼女達のサーカス団は世界中を飛び回っている移動式サーカス団と聞いたことがある。ポルカが抜けている今も、公演はちゃんと続けているらしい。
「でも、本当に奇遇ですね。今はおふたりだけなんです? 座長と雪花さんは?」
ラミィのことも知っているハコスからすれば当然の疑問だろう。しかし、その質問にねねとぼたんは一瞬動きを止めてしまう。
「……今はちょっと別行動中なんですよ。あの2人はこの街には来てないんです」
黙ってしまったねねに代わり、ぼたんが当たり障りのない回答をする。しかし、流石はポルカが留守を任せただけはあり、その微妙な空気を敏感に察知したハコスは、スッと目を細めて真剣な表情に変わる。
「……もしかして、座長に何かあったんで──」
「あっ! いたー!!」
すか? という言葉尻は、後ろから聞こえてきた大声に掻き消された。
「な、なに!?」
ねね達が振り向くと、そこには以前占いや修行でお世話になったラミィの師匠でもある大神ミオが、こちらを指差しながら立っていた。
「ミオさん?」
「ねねち、ぼたん、大丈夫だった!? 占いで3人に良くないことが起こるって出たから……あれ、ポルカは?」
突然現れたミオにも立て続けに尋ねられ、無理に隠し通すのもと思い直したねねとぼたんは互いに視線を交わし、頷き合う。
「おまるんは──」
「うおーい! ねねちゃーん、ぼたんちゃーん、ポルカちゃんが目を覚ましたよー! かなたんから2人を置いてきちゃったって聞いたから迎えに来たよー」
次から次へと……。
今度は虚空からいきなり金色の髪を靡かせながら、アキ・ローゼンタールが登場した。
「おー、ミオちゃんとねねち達見つけられたんだー。やっほー、久しぶりー!」
すると今度はミオのさらに背後から、牛串を両手に持った白上フブキが姿を現す。
「目を覚ましたって、やっぱり座長に何かあったんですね!?」
「え、やっぱりそうだったの!? ポルカは大丈夫なん?」
「いやー、やっぱりかなたんの解呪魔法は凄いね。ちょちょいって感じだもん。ただ、数ヶ月眠っていたってのもあって、まだすぐには身体を動かせそうにはないかな」
「うえぇ!? ポルちゃん数ヶ月も眠ってたの!? 一体何があったのさ!」
「……う、う、う、うるさーーーーい!!!!!!」
四方向からの質問攻めに我慢の限界に達したねねの叫び声が、街中に響き渡った。
× × ×
「ラ、ラミィが……?」
ここまでの出来事をミオ達に包み隠さず説明する。
ラミィが常闇トワをエルフの里に差し向けたこと。迷いの森でエルフに加護を与えている精霊を殺したこと。フレアの記憶を奪ったこと。ラミィが百鬼あやめと行動を共にしていたこと。その百鬼あやめがアトランティスにて秘密結社holoXを全滅させたこと。ラミィもその場に現れ、天使である天音かなたを連れ去り何かをさせようとしていたこと。
結局かなたとAZKiをエルフの里に転移させることには成功したが、その後ねねとぼたんはラミィと戦い、そして追い詰められた形で2人は戦線離脱したこと。
「そんなことが……ラミィは一体何を考えて」
「それはこっちが聞きたいですよ……」
ねね達の説明にラミィの師であるミオが目を見開いて驚く。ラミィが悪魔を使いエルフの里を襲わせたこともそうだが、あの百鬼あやめと行動を共にしているということも驚愕である。
「…………いや待って、かなたんを連れて行こうとしていた?」
「え? はい」
アキロゼが顎に手を添え、何かを考える素振りを見せる。
「……ラミィが森の精霊の首を落とした時の事、細かく覚えてる?」
「細かく?」
「あの時ラミィはアキロゼにこう言った。精霊を殺したことで、『エルフに何かしらの影響はないのか』って。あれって、精霊を殺すことで加護が消えると思ってたってことでしょ。あの時は長寿のことについて言っていたけど、精霊のエルフへの加護は2つある」
「長寿と、自殺のできない身体……?」
「そう。長寿はただ単純に寿命が延びているだけだから、きっとラミィの目的はそっちじゃなくて……」
森の精霊がエルフへ与えた、自殺のできない身体。かつて何よりも仲間を大切にするエルフが、戦争による仲間の死に耐えきれず次々と自殺したことがきっかけで、1人のエルフが精霊に祈った願い。
「え、何!? じゃあラミィは自殺しようとしてるってこと!?」
ミオの驚きの声にアキロゼは「あくまで予想だけど……」と口にしながらも小さく頷く。
「で、でもそれと悪魔を出向かせておまるんやねね達を夢に閉じ込めておこうとしたことや、フレアさんの記憶を消したこと、あと、かなたさんを連れて行こうとしていたのはどういう繋がりがあるんですか?」
「全部は分からないよ。でも、あの常闇トワっていう悪魔は精霊に憎悪を抱いていた。結局自分でやっちゃったけど、あわよくばあの悪魔が精霊を殺してくれればって思ってたんじゃないかな」
「いや、でもそれだけが目的なら常闇トワが来た日付がおかしい。当日も確かに来てたけど、最初に彼女が迷いの森に来たのは精霊祭の前日だった。ラミちゃんから精霊祭の事を聞いていて、本当に精霊を狩ることだけが目的なら精霊祭当日にだけ来ればよかった。あの森にはフレアさん達風の一族が巡回しているのもラミちゃんは知っていたはずだし、わざわざリスクを冒してまで前乗りする必要はない。少なくとも常闇トワが前日に来た時には、目的は精霊狩りではなかったはず。それこそ、ねねちゃんが言う通りうちらを狙っていた可能性が高い」
ぼたんの意見に確かにと再びアキロゼが黙り込む。
するとそれまで傍観を決め込んでいたフブキが、追加で買ってきていたりんご飴を齧りながら手を挙げる。
「ノンノンだねー。ミオ、アキちゃん、ねねち、ししろん、皆ラミィちゃんのことを深く知りすぎてるから、余計な先入観が入っちゃってるんだよ。今の話を聞いて、そこまでラミィちゃんと深い関係でもない白上がラミィちゃんのしてきた行動の要点を時系列順に纏めてあげるよ。ラミィちゃんがそんなことするはずかない! っていう想いは一度排除してね」
1.雪花ラミィは何かが原因で桃鈴ねね達の下を自分の意思で去った。
2.それからの雪花ラミィは恐らく百鬼あやめと行動を共にしていた。
3.精霊祭前日、雪花ラミィは内容は不明だが何かしらの契約を結んでいた悪魔にエルフの里襲撃もしくは、ねね達への襲撃を画策させ、その際に一度はフレア、アキロゼ、ねね、ぼたん、ポルカを夢見の魔法に掛け、ポルカに至ってはつい先程までその魔法に苦しめられていた。
4.精霊祭当日、改めて悪魔に今度は精霊の殺害を画策させ、それ自体はねね達に阻止されてしまったが、その隙に自分の手で精霊を殺害。その際にアキロゼに精霊を殺したことでエルフの加護に変化はないか尋ねる。
5.その後、迷いの森の外でフレアと衝突し、フレアの脳にダメージを与えて記憶を奪い去る。
「6。アトランティスに現れた雪花ラミィは”解呪魔法”を得意とする天使──天音かなたを連れ去ろうとするが、ねねちの機転によりそれに失敗する。そして7」
「……7? まだありますか?」
「……殺す気でこの場に立っていると言っておきながら、体力切れのねねちと、そんなねねちを抱えたししろんが撤退するのを、まだ魔力的には余裕があったはずのラミィちゃんは見逃した」
「「……!」」
確かに、それについてはねねとぼたんも気になっていた。
彼女の殺気は本物だったはずだ。それなのに、その最大のチャンスを彼女は易々と見逃した。単純に考えれば実のところラミィも魔力切れでもう一発の魔法も打てなかったと考えるのが普通なのだろうが、ねねにもぼたんにも、そんなに消耗しているようには到底見えなかった。
「はい。それでは初めましてのハコス君。君も白上と同じくラミィちゃんとはそこまで深く関わっていないはず。今の話を聞いて、どう思いましたか?」
いきなり名指しで当てられ自分を指差しながら驚くハコスだが、うーんと腕を組みながらポツポツと答え始めた。
「……一貫しているのは、自分にある精霊の加護っていうのを消そうとしていること? 精霊を殺したのも、天使様を連れて行こうとしていたのも、それ以外に理由があまり思いつきませんね。あと、理由は分かりませんが、ねねさん達を殺しまではしないけど、行動不能くらいにはするつもり……な感じはします」
ハコスの回答にフブキはニコリと笑みを浮かべ、「同感かな」と頷いた。
「んじゃ次は100年ぶりくらいに会うアキちゃんに聞こうかな。エルフが精霊の加護を消したいと思う時って……どんな時?」
「……そんなの、考えるまでもないでしょ」
わざわざ聞かずとも、ここにいる全員がその理由は予想がついている。
それをあえてハーフエルフであるアキロゼに尋ねることで、その予想はより確かなものになる。
「どうしても、死にたい時だよ」