「□□先輩。もう行くんですか?」
ねねに呼び止められ、□□と呼ばれた少女は静かに振り返る。
「まだ帰ってきてから全然休めてないじゃないですか」
「おぉ、ねねち。やっほー」
「やっほーじゃないですよ。□□先輩一昨日帰ってきたばかりですよね。もう少し休んでいけばいいのに」
「そうも言ってられないよ。ねねちだってそろそろ行くんでしょ?」
「はい。次は□□□□□ってところです」
「□□□□□……? 聞いたことないけど、遠いの?」
「みたいですね。スタッフも少し準備に時間が掛かってるみたいです」
ねねは後ろで忙しそうに走り回っているスタッフを指差して苦笑を浮かべる。
そんなねねを見てか、□□は少し心配そうな表情を浮かべてねねに一歩近付く。
「……大丈夫?」
「……はははー、流石にちょろっと不安ですかねー。スタッフもこの規模の転移は初めてだとか言ってましたし」
「あれ、待って? 1人なの?」
「はい。この距離の複数人転移は難しいみたいで」
「……わたしちょっと□□□□に話して来るよ」
「待った待った。もう既に話は済んでて、ねねも納得してるんで大丈夫ですって」
「むー、じゃあそっちに着いたら連絡して」
「いやいや、□□先輩も忙しいでしょ。自分の役割に集中してくださいよ」
「余計集中できないよー」
まったくこの人は大先輩のくせに時々末っ子のような可愛さを出してきてずるい。
頬を膨らまし、ブー垂れる□□を見て少しだけ肩の力が抜ける。もしこれが狙いでやっていたとしたら恐ろしいところだが、まぁ彼女に限ってそれはないだろう。
「同時が無理でもズラせば行けるんでしょ? ならこっちが片付いたらわたしもそっちに行くよ」
「その頃にはねねも終わらせてますよ」
「じゃあもし帰ってきてなかったら本当に行くからね?」
「はいはい。好きにしてください」
自分が飛ぶ直前まで心配顔を浮かべていた□□に呆れながら、ねねは先輩の出発を見送った。
「あ、起きた?」
柔らかい太ももに頭を乗せモフモフの尻尾を毛布代わりに体の上に軽く被せたこの天国のような状態をもう少し堪能し出来るなら仰向けではなくうつ伏せの状態になってもいいかななどと真面目に思考を巡らせていると、ねねに膝枕をしてくれていたフブキがねねの起床に気が付いた。
「起きてないです。もう少しこのまま」
「いいから起きなさい」
「いでっ」
ベシッと頭をはたかれて心地よい膝枕から強制的に落とされる。天国の堪能を邪魔したラミィに抗議しようと顔を上げると、そこにいた面々は軒並み神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「へ? 何?」
「ねねち、ちょっとこっちに来てもらえる?」
「…………?」
狼耳を生やした黒髪の少女に呼ばれ、ねねは少し違和感を覚えた。
それは初対面の人にいきなりニックネームで呼ばれたからではなく、そのニックネーム自体に違和感を覚えたのだ。
「……あの、すみません。ねね達って以前どこかで会いましたか?」
「んえ? いや、ないと思うけど。ごめんごめん。ねねち呼びはいきなり馴れ馴れしかったかな」
「あ、いえ。それは全然大丈夫なんですけど。ラミィちゃんのお師匠様ですよね」
「うーん、まぁ一応?」
「なんですかその気乗りじゃない感じ!」
ツッコミを入れるラミィをスルーし、ミオはねねに向き直る。
「そうだね、改めて自己紹介しようか。ウチは大神ミオ。この世界を創った神様に仕える狛犬で、神様の力で外見を人の形に変化出来るようにしてもらったの。世界中の神社の様子を見て回っていて、ラミィとはラミィの里近くの神社にいる時に出会ったんだっけ」
「100年くらい前ですよね」
「そうそう。多分そんくらい」
へえ、100年。
「ちなみにラミィちゃんは何歳なん?」
「へ? 210歳だけど?」
「…………」
「…………?」
「おばあちゃんじゃん!!」
「違いますけど!? エルフ界ではまだまだ若輩者ですけど!?」
ハーフエルフの平均寿命がどんなものなのか知らないが、人間の寿命に換算するとまだそんなに歳でもないらしい。
「え、ちなみにししろんは?」
「内緒」
「え?」
「内緒」
「あ、そう」
獣人の平均年齢も後でこっそり調べておこう。願わくば人間と同等のものであっていただきたい。ビックリしちゃうから。
「はいはーい。白上は白上フブキでーす。ミオと一緒で神様に仕えてる狛狐で、ミオとは昔から付き合いがあるけど、ラミィちゃんとは実は初めましてでーす」
「先程は膝枕ありがとうございました」
ふわふわもふもふ膝枕に拝み倒し、願わくばもう一度体験させていただきたいところをぐっと堪え、ねねは改めて皆に向き直る。
「桃鈴ねねです。もう聞いてるかもしれませんが、ラミィちゃん達と出会う以前の記憶がありません」
「……ふむ。じゃああやめに狙われる心当たりもないってことかな?」
「あやめ?」
「さっきねねちの首を締め上げてた鬼の子」
「首……」
そこでようやく先程起きた事を思い出し、自分の首をさする。
「あやめはあの時本気で君を殺そうとしていた。彼女は確かに戦闘狂ではあるけど、無差別で人を殺す奴じゃない。まあ、標的にされた君に言うようなことじゃないかもしれないけどね。ただ、君が記憶を取り戻さない限り、彼女が君を狙う明確な理由は分からない。だから早いとこ記憶を戻すことをおすすめするよ」
「でも、何か方法があるんですか?」
記憶がなく、この後どうすれば良いか分からないのでここまで来たといっても過言ではない。ラミィからは今後の進む道を示してもらえると言われていた。もし記憶を取り戻す方法があるのなら是非とも聞いておきたいところだ。
「いや、申し訳ないけどここに行けば記憶が戻るみたいな正確なアドバイスはできない。ていうか、それはウチにも分からない」
そういえばラミィもそんなことを言っていた。こうすれば吉みたいな助言がもらえるかもしれないと。
「とはいえ、ミオの占いはそんじょそこらの占いとは訳が違うよ。言うことは聞いといた方がいいと思うよー」
フブキの言葉にゴクリと喉を鳴らす一行。畳みに並べられたタロットカードを1枚ずつめくっていき、ミオはねねの目をジッと覗き込む。
「ふむ……そう遠くない未来に転換期が訪れるみたい。そこでの選択を間違えると、一気に運気がだだ下がり。ねねちの目的達成が遠ざかるって出てるね」
「なにそれ怖い。どういう転換期で、どういう選択が正解なの?」
「さあ?」
「さあ!?」
「さっきも言ったけど、具体的なアドバイスはウチにはできないの。ただ、それを頭の隅でいいから覚えておいてもらえると、いざという時に役に立つと思う」
「う、うーん。それは分かるんですけど、あまりにもアドバイスがアバウト過ぎるっていうか……」
「そうだなぁ、ねねちの記憶がない以上、ねねちの目的っていうのも分からないから、その目的に沿って行動するっていうのも難しいし、確かにこれだけじゃ厳しいか」
目的達成が遠ざかると言われても記憶がないということはねねの目的というのがねね本人にも分からない。この目的というのが記憶を取り戻すことだとしたらまだ合点は行くが、それが遠ざかるとしても困るので結局はその転換期というものが分からないと対策のしようがない。
「でも、これだけは言えるのが、自分の信じた道を行くことが大事ってことかな。周りに流される選択をするのはできるだけやめた方が良くて、例え自分以外が全員その選択に反対したとしても、自分がこれだけは譲れないと思うのなら、それを変えることはオススメしない」
「…………」
「ま、簡単に言えば、自分の気持ちに正直に行動するのが吉! ってとこかな?」
こう見えて実は気を遣いやすかったりするのだが、そう言われてしまっては仕方がない。
「つまり……もっとラミィちゃんに甘えていいということ……!?」
「そういう部分ではもう十分自分の気持ちに正直に生きていると思いますけどね!?」
いきなり話が飛んできたラミィが目を見開いて反応するが、関係なしとねねはラミィに擦り寄る。
「ねえねえラミィちゃん、ちょびっとお願いがあるんだけどさぁ~」
「さっそく!? おかしな事は聞かないからね!?」
「ラミィちゃんのこと、呼び捨てとかで呼んでもいい? ししろんはラミィちゃんも呼んでるからいい感じであだ名として呼べてるけど、ラミィちゃんともそろそろ関係の進展を……」
「言い方がキモいな!? そんな事だったら別に全然いいが!?」
「え、いいの!?」
「逆に何でダメだと思ったの!?」
「だって年配の方に失礼かなって……」
「だからエルフ界では全然だっつってんでしょうが! 人間年齢でいったら2人とそんな変わらんわ! その代わりラミィもねねって呼ぶからね!」
「……! ぜひぜひ♪」
冗談めいて軽口のように言ってはいるが、ラミィに呼び捨てで呼ばれて笑顔が零れてしまうねねを見て、ミオとフブキ、そしてぼたんも後方腕組みでうんうんと頷いてしまう。
「あ、ししろんもねねのこと呼び捨てでいいからね」
「あ、ラミィもラミィも」
「ん? あ、私はいいや」
「「なんでよ!?」」
この流れでもマイペースを崩さないぼたんに同時にツッコミを入れるねねとラミィ。そんな2人を見てケタケタと笑うぼたん。
割といいトリオだなこの3人、とじゃれ合う3人を見てニヤつくフブキは最後のカードを見るミオに語りかける。
「どったの?」
「ん? いや、この3人を見てるとあやめの言動が余計不可解で……」
「あー……」
「それと、カードによるとあと1人くらい仲間になるかもだって」
「それは伝えなくていいの?」
「それはいいと思う。それこそ、そのことを伝えると変に意識しちゃって、ねねちが自分では違うかもって人を仲間にしちゃいかねないからね」
「そんなに『ねねちが自分の決めた道』っていうのが大事なんだ」
「そゆこと」
じゃれ合う3人を見ながら、ミオとフブキは真剣な表情を作り気を張る。
「それじゃ、あやめに関しては白上達が動向を窺っておこうか」
「うん。それがいいかも」
人生の先輩として、この笑顔を守るのも自分たちの役目だと2人は静かに頷き合った。