はあとから角巻わための情報を聞き、シケ村に向かっていたラミィはかなり目的地まで近付いていた。
見覚えのある風景が現れ始めてからはいつもより歩くスピードも速くなっている。
(天音かなたの居場所は分かってるんだから、そっちへ行ってもよかったんだけど……あんなことがあった後じゃこっちの言うことなんて聞いてくれないよね)
それに……とラミィはエルフの里がある方角を見つめ、小さく呆れた笑みを零した。
(今更戻れるわけもない。あそこには天音かなただけでなく、タル先だっている。あの時フレア先輩に勝てたのだって百鬼あやめがいたからだ。私1人じゃ、あのどちらかにだって勝てやしない……いや──)
かなたやアキロゼだけではない。
1対1で彼女と平地で戦えば、恐らくラミィは勝てない。
だからこそ、彼女達には眠っていてもらいたかった。
(ああ……そういえば、天音かなたがエルフの里に行ったってことは、おまるんも起きたのかな)
当初の目的が全く達成されていないことに焦りを感じる。
もういよいよ時間がない。今回の角巻わためへの訪問が無駄足に終われば、とうとう手がかりはゼロになってしまう。
そんな焦りとは裏腹に、ラミィの足は大きな木の前で歩みを止めた。
「…………」
全てはここから始まった。
ここで彼女と出会い、あの日から全てが変わった気がする。
200年生きてきて、間違いなくこの1年間が最も濃い1年間だった。
エルフの里でノエルとフレアと過ごしていた数年間も確かに濃密な年月だった。それでも自分の足で里の外に出て旅をするというのは、一味違った。
まず初めにぼたんと出会い、意気投合して一緒に旅をするようになった。2人でしていたのんびりとした旅ももちろん悪くはなかった。
ただ、ここで桃鈴ねねと出会ってからはまさに怒涛と言わざるを得ない。
命のやり取りも幾度となく行った。
ポルカが旅の仲間に加わってからは、本当にあっという間だ。
なんなら、4人でいた期間よりも、彼女達の下を去ってからの期間の方が既に長くなっている。それなのに、こんなにもあの1日1日、一瞬一瞬が鮮明に思い出される。
(……本当に、困る)
目的が無ければこんな所に来ることはなかった。
こんなにも覚悟が鈍ることもなかった。
しばらくの間強く目を瞑り、このままじゃダメだと、ラミィは顔を上げると大木に背を向ける。
目的を果たさなければならない。
そのためにここに来たのだ。
ラミィは目的の人物が営む薬屋へと足を向けた。
× × ×
「「シケ村……?」」
フブキから貰った通信札を覗き込みながら、ねねとぼたんは声を揃える。
『そう。何でもその村に解呪の魔法薬を売る薬屋がいるらしいの』
札の向こうから聞こえてくるミオの声に2人は顔を合わせる。
「シケ村って……」
「……あのシケ村だよね?」
『……? 知ってるの?』
札の向こうでミオが首を傾げているのが分かる。それもそのはず。何百、何千年と世界中の神社を何周も巡っているミオとフブキですら、シケ村と言われてハテ? と首を傾げるほどには特徴のない村なのだ。普通にそこに住む村人はいるし、病院も商店もある村で、そこよりも廃れている村は世界中腐るほどあるにもかかわらず、そんな廃村に負けず劣らず外の人には認知されていない謎の村でもある。
そんな村をねねとぼたんが知っていたことに驚いているのだろう。
「……と、とりあえず、シケ村ならここからの方が近いので、ねね達が向かってみます」
『わかった。また何か進展があれば教えて』
「了解です」
そう言って通話を切るねねとぼたん。
そして、一瞬互いを見つめ合うと、同時に吹き出していた。
「あの2人が知らないって、どれだけシケてんのさあの村」
「確かに何か特徴は? って聞かれたら困るけど、そんな無個性な村だったかね」
他の人から見れば無個性で認知度皆無な村でも、2人──いや、3人にとってはきっと忘れることのない村だろう。
「そういえば、あの村には確かに薬屋がいたね。ほら、羊飼いの」
「ああ! そういえば! ねねは直接見てないけど、ねねの退院のときにラミィが色々買ったって言ってた」
ねねはその時入院していたため会っていないが、ぼたんは何度か彼女と顔を合わせているため、特徴も分かっている。
「金髪の女の人で、羊の獣人だった。行けばすぐに分かるはず」
ねねはぼたんの言葉に頷くと、どこか確信めいた真剣な表情をぼたんに向ける。
「もしラミィがこの解呪の魔法薬の情報を手に入れていたら、間違いなく向かうよね。知ってる村と人なんだし、知らない土地よりずっと向かいやすい」
「同感だね。私達も向かおうか」
ミオ達がいる場所よりも今ねね達がいる場所の方がシケ村に近いということもあるが、そこにラミィがいるという可能性があるのなら、ねね達が行った方が良いに決まっている。
ねねとぼたんもシケ村に向けて歩を進めた。
× × ×
魔法薬の情報を聞いてから3日後、ねねとぼたんはシケ村に到着した。
村に着いて早々薬屋を営む羊飼いの下を訪ね、そして目的の人物には会えたのだが──
「数日前に青髪の女の子が同じ物を求めに来た……?」
「うん、エルフの女の子だったよ」
ビンゴだ。だが、少し遅かったらしい。
「その女の子はどこに行ったか分かる!?」
「今はその魔法薬がないって言ったら素材を取ってくるって村を出てったよ」
「村を!? じゃあ急いで追いかけないと──……魔法薬がない?」
「うん。今はね」
羊の獣人──角巻わためによると、現在解呪の魔法薬に必要な素材が不足しており、それをラミィに伝えたところその素材を持ってくるから解呪の魔法薬を作ってほしいと言われたらしい。しかし、何でも解呪の魔法薬は素材が珍しいだけで精製自体は素人でもできるらしく、レシピをラミィに売ってしまったらしい。
「はあちゃまに頼んでた黒タコの触手を何故かその子が持ってきてくれたからそのお礼にね。レシピと解呪の魔法薬の素材になるものでうちにあるものは売ってあげたよ。まぁ、さっきも言った通りうちにある素材は全部じゃなかったから、その足りない素材を取りに行ったみたい。ていうか、はあちゃまは伝説の黒タコの触手なんてどこで手に入れたんだろ。気になるなぁ」
「そ、そんなことより、その足りない素材ってなんなの?」
突然出てきたはあちゃまとかいう謎の人物の話に移りそうだったが、何とか話を戻すねね。
「ん? ああ、あとは龍種の生き血だね」
「龍種の……」
「……生き血?」
ねねとぼたんは互いに顔を見合わせる。
恐らく、同じことを想像したはずだ。そしてそれは、ラミィにも同じことが言えるだろう。
「……ししろん、確かフブキさんってエルフの里にも通信札置いていってたよね」
「アキロゼさんに渡してたはずだよ」
それを聞き、ねねはすぐに通信札を取り出すと、エルフの里にいるアキロゼに通話を掛ける。
『──ねねち? どした? 何か進展あった?』
「アキロゼさん! 今近くにハコスさんいますか?」
『ハコちゃん? いるよー、ちょっと待ってね。おーいハコちゃーん──』
札の向こうでアキロゼがハコスを呼びに行く。
ねねとぼたん、そしてラミィが龍種と言われて一番に思いつくのは1体しかいない。
『ねねさん、どうしました?』
「ハコスさん、レックスって今どこにいるんですか? 今更ですけど、ハコスさんとアトランティス近くの街で再会した時、他の座員さんもいませんでしたよね?」
『んん? いや、あの時他の座員は近くの森で野宿してましたよ。こっちに来る前に一言残してきました』
「あ、そうだったんですか? じゃあレックスもそこに?」
『いや、レックスは今、座長のお父様のところにいます』
「おまるんのお父さん?」
『はい。レックスは元々座長のお父様の相棒だったんですよ。座長がいない間レックスはそちらに預けた方がいいと思って』
そういえば以前ポルカからそんな話を聞いた記憶がある。
ねねはわための相手をしているぼたんにレックスの居場所が分かったとアイコンタクトをし、通信札に向き直る。
「おまるんのお父さんって、今どこにいるか分かります?」
『そりゃ座長のご実家ですよ。ボク達と違って座長のお父様は今や超有名なサーカス団の団長。旅をしたりしてこちらから出向かなくても、ご実家の近くに拠点を構えてても毎日のように違うお客さんが来るぐらいなんですから』
『おいハコ太郎、なんで親父の話なんてしてんだよ』
後ろからポルカの声が聞こえてくるが、今はポルカの文句に付き合っている暇はない。
「それで、おまるんの実家ってどこなの?」
『えっと、どうやって説明したらいいんだろ。今お二人はどちらにいらっしゃるんですか?』
「神鏡山って神社がポツンとある山分かります? そこから2週間くらい歩いたところにあるシケ村ってところなんですけど……」
と説明したところでこんな説明の仕方じゃ分かるはずもないよな、とねねがどうやって説明したものか迷っていると、通信札から意外な反応が返ってきた。
『『え、シケ村?』』
ポルカとハコスの声が重なって聞こえる。いつの間にかハコスがポルカの傍まで移動したようだが、今気になったのはそんなことではなく2人の反応だった。
「え、もしかして知ってる? シケ村」
『知ってるも何も……』
どこか躊躇うようなハコスの言葉をポルカが引き継ぐ。
『その村、うちの実家のご近所さん』
世界は広いようで狭いようだった。