数秒間、この世界の誰もがその魔力を感じ取った。
それはこの星の全ての生物の祖と言われている鬼神も、例外ではなかった。
(……この感じ、懐かしいな。精霊に封印されていたエルフの魔力を誰かが解いたのか。だが、全てのエルフではなく、1人だけの魔力しか感じなかったということは、個人的に解呪したということだな。……天使族の解呪魔法か、あるいは、どこかの天才が普通ではありえない超万能の魔法薬でも開発したか)
冷たく、膨大で、現代の摂理を無視した魔力。
それを懐かしむように、鬼神は微笑を浮かべた。
解呪の魔法薬を飲んだ瞬間、寿命数千年分の生命力に回されていた魔力が一気に吐き出された。
「──父上、感じたか今の」
『ああ』
沙花叉クロヱに噛みちぎられた左手の小指も綺麗に元通りになっている百鬼あやめが、慌てた様子で鬼神の下までやってくる。
『そうか、お前は封印前のエルフを見たことがないのか』
「は? エルフ?」
何の話だ? と首を傾げるあやめ。
鬼神はそんなあやめを尻目に、魔力を感じた方角に視線を向ける。
『先程の魔力。エルフの魔力だ。恐らくお前が言っていた娘だろう』
「ラミィちゃん? いやいや、あの子はあんな膨大な魔力は持ってないよ。確かにハーフエルフにしたら魔力は多い方だったけど、あんな──」
『エルフが長生きなのは、制御しきれない膨大な魔力を寿命という生命力に回すよう遺伝子に組み込まれているからだ』
「……なに?」
鬼神の言葉に眉を顰めるあやめ。
「何それ。初めて聞いたんだけど?」
『だろうな。それを知っているのは我と実際にその魔法を掛けた精霊だけだ。奴が死んだ今、それを知るのは我だけになったが』
突然告げられる情報に、あやめは腕を組み首を傾げる。
「余が聞いていたのは、エルフが長生きなのと、自殺ができない身体なのは、過去の戦争で1人のエルフが自殺していく仲間達を見ていられなくなり、精霊に願って長寿と自殺が出来なくなる身体を手に入れた。そしてその長寿というのは、森に住む全ての生き物の寿命を少しずつ貰っているから。って話だったけど?」
『そう語り継がれるように、精霊に我が説明させた。本来エルフとは、対神のために我が作り出した戦闘兵器だ。ただ魔力を膨大にすればいいという単純な考えで作り出してしまった失敗作だがな』
全ての生物の祖である鬼神が初めに生み出したいくつかの種族は、全て神と戦うために作られた戦闘特化の種族ばかりだ。エルフもその中の1つだったという。
『魔力と感情というのは密接に繋がっている。故に膨大な魔力を持たせてしまったエルフ族は感情のブレが激しく、特に生と死に敏感になってしまった。かつての戦争で自殺者がエルフばかりだったのもそのせいだ。だから我はある1人の精霊にあの魔力を抑え込む魔法と、決して自死出来ない体になる魔法を掛けさせた。失敗作とは言ったが、戦闘の駒としては優秀だったからな』
そして、エルフの膨大な魔力は長寿という生命活動の方に無自覚に回るように魔法で遺伝子に組み込まれ、エルフが精霊に感謝するよう、あの話を作り出した。
『先程感じた魔力は間違いなく、その精霊の魔法が解かれ、生命活動に回していた制御しきれない膨大な魔力が一気に溢れ出したのだろう』
(……そうか、ラミィちゃんの目的は自殺の出来ない体という呪いを解くことだったけど、一緒に長寿の加護も解呪されたってことか。じゃあ、あの天使を使えたのかな)
先程感じた魔力がラミィのものと分かり、無意識のうちに含みのある笑みが零れる。
「へぇ、流石はこれだけ魔法が発達している星だ。それなりの歴史があるのも頷ける」
『「……!?」』
突然聞こえたその声にあやめが振り向く。
気が付けば黒服達は地に伏せられ、1人の黒髪少女が屈託のない笑顔で立っている。
「うちの星のエルフとは色々違うみたいだね。似てるのは見た目くらいか」
「……誰だ?」
突然現れた少女に両手で2本の刀の柄を握り、警戒を強めるあやめ。少女が声を発するまでその存在に気が付かなかった。間違いなく、只者では無い。
「誰だ、か。私が何者なのかをあなた達に教える義理はない」
少女が片手を前に突き出すと、そこに光の粒子が集まる。それは次第に形になっていき、1本の刀になる。
「でも、あえて言うなら……あなた達の敵、かな」
× × ×
神鏡山。
標高2000メートルを超える山の頂上目前という場所に、派手に破壊された神社が存在する。
入り口に建てられた鳥居からは山の下に広がる絶景が一望でき、しっかりとは整備されていない山道を登り切った者だけがこの景色を見ることが出来る。
1年近く前にはなるが、ねねとぼたんは一度この山を登ったことがあり、その時の比較的登りやすいルートもちゃんと覚えていたため、スムーズにここまでやって来れた。
「……やっぱり、さっきの異質な魔力はラミィだったんだ」
鳥居をくぐると、そこにはいつもの青と白を基調とした服に身を包んだ、水色髪の少女がポツリと立っていた。
「ラミちゃん、いったい何があったん? さっきの魔力は何?」
ねねの言葉にも、ぼたんの言葉にも反応がない。
ただ、その後ろ姿からでも、彼女から放たれている膨大な魔力をビリビリと肌で感じられた。
「…………………………げて」
「……?」
何かを呟いたラミィに上手く聞き取れなかったねねは何だって? と一歩前に踏み出す。
が、それと同時に獣人の聴力でハッキリと聞き取ったぼたんがねねの襟を掴むと、強引な横っ飛びでねねごとその場から離れる。
すると、その数瞬後に先程までねねとぼたんがいた場所目掛けて、氷の剣山がラミィの足元から物凄い勢いで生成される。ぼたんの回避が数秒遅れていたら、完全に氷に貫かれて2人ともお陀仏だっただろう。
「……ああ……なるほど」
ねねはラミィの様子を察し、尻餅状態からゆっくりと立ち上がると、指の関節をポキポキと鳴らす。
銃を構えるぼたんと横並びに立ち、ねねは全身に光を纏うと、子供のような憎たらしい笑みを浮かべる。
「…………にげて、2人とも」
「「やなこった」」
ねねとぼたんの声が重なった。