先程の攻撃、攻撃そのものに敵意、殺意のようなものは感じられず、ただ無差別に矛が向けられた感覚だった。
(……ただ、あの氷の剣山は、見覚えがあるんよなぁ)
ねねは冷や汗をかきながら小さく口角を上げ、正面のラミィを見据える。
もう既にラミィの意識はそこになく、ただただ強大な魔力がラミィの周りを蠢いている。
「ラミィ。悪いけど……多少手荒くなるから、覚悟してね」
全身に光を纏ったねねは一度グルンと大きく腕を回すと、残像を残してラミィの懐へ一瞬で潜り込む。
ねねの速度に反応出来ている様子は無い。
間髪入れずにラミィの腹部へ拳を叩き込む。
「……っ!?」
しかし、その拳はラミィから四方八方に伸び出た氷の棘に阻まれる。
正面からねねの拳を受けた棘はその威力に耐えきれず砕けるが、それ以外の棘がねねの全身至る所に突き刺さり、肌を掠め、ねねの服を赤く染めていく。
(ねねちゃんのスピードに付いていけない分、氷の棘で全方位をカバーした……! ラミちゃんの意識はないみたいだけど、ねねちゃんとの戦い方を熟知している。ラミちゃんの思考回路は残ってるんだ……!)
ねねの高速連続攻撃を打点ピンポイントではなく、全方位を氷の棘でカバーすることで全て防いでいくラミィを確認したぼたんは、ねね達から距離を取りライフルを構える。スコープを覗きながら観察を続けていく。
(ラミちゃんの氷の再生速度が凄い。ねねちゃんが壊した傍から一瞬でより長く鋭く再生していっている……まずはあの氷を何とかしないと)
いくら高速高火力の拳を連打しようと、ウニのように全方向に伸び、再生までする氷の棘の中に身を隠しているラミィの身体を引っ張り出すのは容易ではない。ラミィの魔力よりも先にねねの体力が切れるというのは目に見えていた。ラミィ相手に消耗戦はあまりにも分が悪い。
離れた位置からこちらの様子を窺っていたぼたんを横目で確認したねねは小さく笑みを浮かべると、動きを今まで以上に直進的に変え、その分スピードをさらに上げる。
それはまるで、ネコ科の獣人であり、百獣の女王と恐れられた獅白ぼたんの動体視力なら、この速度でも捉えられるよなとでも言いたげな挑戦的な動きだった。
何の合図も無しに動きを変えたねねの意図を瞬時に理解したぼたんは、ねねのスピードを完全に見切り、スコープの照準をピンポイントに絞る。
ラミィの氷の棘の強度も再生速度も常軌を逸している。
ねねの腰の入った光の拳でようやく砕くことのできる強度でありながら、乱打するねねの拳が2打目を放つ時には既に完全に新たな氷の棘が生えてきている。それは1秒にも満たない時間だ。
氷の中にいるラミィまで攻撃を届かせるには、氷を破壊できる威力の攻撃をピンポイントで、氷の再生速度を上回る速度で連続で叩き込む必要がある。
(真っすぐ突っ込むから、その場所を予測しろってか。……上等)
舌なめずりしながらスコープを覗くぼたん。
ねねが拳を叩き込もうとしているピンポイントに、そのコンマ数秒前に銃弾で氷を砕けと言っているのだ。
集中するぼたんの視界が一瞬スローに映る。
ねねの駆ける位置、視線の先、一番力の入る拳の高さを加味して、ねねが殴りつけようとしている場所を特定。
ねねが駆ける速度、ラミィまでの距離、氷の目の前たどり着いてから力を込める為の一瞬のタイムラグを加味して、ねねが殴りつけるまでの時間を特定。
そして──、
「そのまま突っ込んで!」
「…………っ!!」
ねねが動きを直線的に変えたことで、全方位に伸ばしていた棘を正面から突っ込んでくるねねにのみ向けるというラミィの対応も加味して、今までの棘よりも長さも太さも増すため、その分の氷の棘までの到達時間を修正。
狙撃における計算は誰よりも得意だ。
正面から命を刈り取る死神と、死角から一瞬で致命傷を与える獅子。そんな二つ名が彼女達にはあった。それはあながち間違っていない。
計算には元となる情報を手に入れるための観察が必要で、その観察自体も得意なのだ。何より──大好きな仲間のことなら、誰よりも観察してきた自信がある。
数瞬前までよりもおよそ3倍の長さになって突っ込んでくるねねに向けて氷の棘が伸びる。
その鋭い先端がねねの眉間に刺さる寸前、ライフルの銃声とともにその棘は根元から折られ、足元にゴトリと音を立てて落ちる。
スピードを緩めないねねはそのまま右手に溜め込んだ光の拳を、根元から折られた氷の断面に向けて殴りつける。
その拳自体はラミィまで届くことはなかったが、その衝撃でラミィの身体は氷の中から弾き出された。
「おら、んなとこに閉じこもってないで、生身でかかって来いよ、ラミィ」
得意げな表情を浮かべながら、指をクイクイと動かして挑発するねね。
ラミィの意識がないのは分かっているが、ナニかがラミィの思考回路を使ってラミィの身体を動かしているのを、ぼたんだけでなくねねも把握していた。
ラミィ自身に聞こえているかどうかは分からないが、言わずにはいられなかった。
”そんな訳の分からんもんの陰に閉じこもっていないで、お前自身の意思でかかってこいよ”、と。
ねねの声がラミィに届いたかどうかは不明だが、ラミィの身体はゆっくりと起き上がると、カッと目を見開き、力強く足で地面を踏み込む。すると、再び地面から氷の剣山がねね達に向かって勢い良く伸び進んでくる。
──最初の攻撃の軽く10倍は超える速度と範囲で。
「「……!?」」
流石のねねとぼたんもこの範囲の攻撃を避けることはできない。
視界を覆い尽くすような氷の大波にねねとぼたんは一瞬で飲み込まれた。
× × ×
冷たい……寒い……暗い……。
体の内側から溢れ出す自分の魔力に飲まれていく感覚。
覚えている最後の記憶は、目の前にねねとぼたんが現れ、あのいつもの生意気な表情を見たところまでだ。
そこからは制御できない魔力に身体の自由を奪われ、次から次へと魔力を魔法に変換していっているにも関わらず、一向に魔力が減っていく様子もない。
もうこのまま自分の魔力に身を預けた方が楽なんじゃないかと思い始めたその時──
「おら、んなとこに閉じこもってないで、生身でかかって来いよ、ラミィ」
──イラッ。
暗闇の向こう側から聞こえてきた聞き馴染みのある声で発せられた言葉。
どのような表情をしているのかすら容易に想像できる。
微かな苛立ちが真っ暗な空間に極小の光を灯す。
こっちが一体どんな想いで……
一言文句を言ってやらねば気が済まない。
小さな小さな光を無理矢理広げ、雪花ラミィは外に出た。
外は──粉雪が舞い、一面が冷たい氷に覆われていた。
ドクンッと心臓が高鳴る。
カタカタと肩が震える。
重なるのだ。
あの日見た映像も、こんな儚い粉雪が舞っていた。
ふと、背後に生き物の気配を感じた。
恐る恐る振り返る。
振り返らなければ、よかった──