崩れた社の陰にぼたんを寝かせるねね。
氷に貫かれたのであろう腹部に応急処置を施し、ねねはラミィの様子を窺う。
(ラミィの意識が戻っていた……それでもあの龍は動き続けていたってことは、あの龍はラミィの意思とは関係なく動き続ける。しかも意識の戻ったラミィにも、あの暴走する龍や自動的に攻撃する氷の棘を制御することはできない)
現状を正確に把握していくねねは、今後の対策について考えを巡らせていく。
「とはいえ、考えたところで1つしかないか」
そうひとり呟き、立ち上がろうとするねねの手を、先程まで意識を失っていたぼたんが掴んだ。
「ね、ねちゃん。どうする気なん……?」
意識の戻ったぼたんに安堵しながらも、ねねは直ぐに視線を氷の龍へ向ける。
「ラミィの意識が戻ってもあの龍や氷の棘は制御出来てなかった。それなら、ラミィが制御できる量まで魔力を減らすしかないでしょ」
「……どう、やって?」
「とにかく魔法を使わせまくる。ラミィの意思は関係ないなら、あの魔力君に敵だと思い込ませて、攻撃させ続けりゃいい」
ねねの作戦を聞いたぼたんは呆れ気味の溜め息を吐くと、無理矢理身体を起こす。
無理すんなよと言いながら、ぼたんの背中を支えるねね。
「いや、無理でしょ。ねねちゃんの唯一の欠点と今のラミちゃんの長所が、相性悪すぎる。あの魔力を擦り減らす前に、ねねちゃんの体力が尽きる。……その光の力がなくてもあの氷の攻撃とやり合えるってんなら、止めないけどさ」
「それは無理ですわ。5秒で殺される自信あり」
うーんと考え込むねねに、ぼたんは遠くに見えるラミィに視線を向けて告げる。
「……ねねちゃん、もう相当消耗してるでしょ」
「……全身に光を纏うのはあと数分が限度かなぁ」
「なら、もう魔法を使わせない方向で動いた方が、いいよね」
ぼたんの提案にねねは首を傾げる。
「魔法を使わせない? でも魔法はラミィの意思とは関係なく発動してるっぽいし、そもそも魔法を使わせないと魔力が減らせないよ」
「魔法を使ってきたら無力化、でも、魔法を出させる前に魔力だけ減らせばいいでしょ」
「そんなチートみたいな方法、どこにあるのさ」
「ある。私は、遠かったからよく見えてなかったけど、ねねちゃんは一番近くで見てたんだから、分かるでしょ?」
「……?」
一瞬、ぼたんが何を言っているのかが分からなかった。
しかし、ぼたんは遠く、ねねは近くで見ていたという指定された情景で、ねねもその場面を思い出した。
「そうか……あの時の」
「あれって多分だけど、ねねちゃんが何かやったわけじゃないんだよね?」
「うん。あれをやったのは……」
ねねは急いで懐から通信札を取り出すと、通話を繋ぐ。
『ねねち!? そっちの様子は?』
すぐに応答があるが、開口一番心配した様子でこちらに声をかけてくるミオへは返答せず、ねねは1人の少女を思い浮かべながら聞きたいことを尋ねた。
「ミオさん! この通信って、みこさんへは繋げられませんか!?」
そう、以前ギャングタウン地方でのholoXとの戦闘時、ラプラス・ダークネスの魔力隕石をさくらみこが全て吸収してしまったのをねねは目の前で目撃している。
『え? みこち? そりゃいつでも通話できるように、みこちにはだいぶ昔に通信札渡してあるけど』
「どうやって繋げばいいですか!?」
「まずい、ねねちゃん……」
「え、なに!?」
「多分、見つかった……」
「……!」
ぼたんの視線の先を追うと、氷の龍と完全に視線が交錯した。
「……っ、ミオさん! 今から言うことをみこさんへ伝えてください! 場所は神鏡山の神社です!」
今からみこへの通信札の繋げ方を聞いて、繋ぎ直してという時間がないと判断したねねは、早口でミオに伝言を伝える。
『は!? 待って、今どういう状態!?』
「ねねちゃん!」
「ちっ! いったん切ります!」
『ちょっ』
通話を無理矢理切ったねねはぼたんを抱えると、一瞬で全身に光を纏い、その場から離脱する。
すると数秒遅れて、先程まで2人がいた場所に氷龍の頭が突っ込んで来た。
「ねねちゃん、最悪、私を囮として置いてっていいからね」
「はいよ! 当然却下ね!」
聞く耳持たずのねねはさらに追撃を仕掛けようと背後から迫る氷龍の顔面に、空中で後ろ回し蹴りを決めると、意表を突かれた氷龍はその勢い耐えきれずに地面に叩き落とされる。
だが、それと同時に着地をしたねねも、全身に纏っていた光が霧散してしまう。
「……くそ」
ハァハァと肩で息をし、光の力も霧散してしまったねねを見て、ぼたんはみこと修行をしていた時のねねを思い出す。
あの頃は全身に光の力を纏うのは5分が限界だった。ぼたんが気を失っている間、ねねはあの氷龍と戦っていたはずだ。そうなると間違いなく5分など優に過ぎている。あの頃より持続時間が増えているとしても、それも微々たるものだろう。
地面に叩き落とされた氷龍が身体を起こし、こちらを見据えている。
「……ししろん。ちょっと激しく揺れるけど、我慢できる? かなり傷に響くと思うけど」
「足手まといにそこまで気を遣うことないよ」
ぼたんの言葉にフッと小さく笑うと、ねねは全身ではなく、両足にのみ光の力を集める。恐らく移動速度に全振りするつもりなのだろうが、ねねが全身に光を纏った時は体幹までもが上昇するのか、物凄いスピードで動いてもあまりその反動などの衝撃を抱えられていても感じることは少ない。だが、脚にしか光の力を纏わないということは、ぼたんを抱える上半身にその反動を何も感じないレベルまで耐えうるほどの力が入らないということだ。
「とにかく、今は時間を稼ぐよ」
「了解。歯、食いしばっとく」
氷龍が動くと同時にねねも足場にクレーターを作って移動する。
全身に光を纏っていない間は動体視力も反射神経も通常に戻る。氷龍の動きを見てからどこに動くか決めていたら間に合わない。それなら、常に動き続けておくしか方法はない。
できる限り直線的な動きは避ける。
ジグザグと予測不能な動きをし続ける。
(大丈夫だ。とにかくこの距離を保ちつつ、時間を稼げば──)
社の屋根だった瓦を足場に氷龍から離れた位置を目掛けて跳ぶ。
空を飛べないねねが、唯一無防備になる瞬間。
「ねねちゃん! 下!!」
「……っ!?」
跳躍中、下から突如伸びてきた氷の棘が空中のねねの右足を貫く。
「ぐっ……!」
そのまま勢いが落ちたねねは予想着地地点よりもだいぶ手前に墜落する。
抱きかかえていたぼたんを守るために、自分の身体がぼたんと地面の間に入るように体勢を変える。背中が地面に衝突し激痛が走る。大した高さではなかったとはいえ、少なくとも背骨にヒビが入った感触を覚える。衝突の衝撃に上手く息ができない中、光の力で右足と背骨を何とか治癒する。
しかし、治癒を完了したと同時に、両足に纏っていた光の力が霧散してしまう。
ゆっくりと上体を起こし、周囲を確認すると、目の前には氷の龍が鎌首をもたげていた。
魔法で生み出された氷の龍。
サイズの割に移動速度もかなり速く、そして強固な氷の鱗を持つ。それは全身に光の力を纏ったねねが手を焼くほどだ。
そんな氷の龍が、ねねとぼたん目掛けて突進を仕掛ける。
もう2人にはこの龍を避ける術はない。
だが、時間は稼いだ。
「てっきり、みこさんが来ると思ってたのに」
「私で悪かったね。ま、ヒーローは遅れて登場するってことで」
2人の前に現れた尾丸ポルカが手に持った御幣で突進する氷龍の鼻先に触れた瞬間、魔力でできた氷龍の鼻先から尾の先までが一気に砕け散った。