初めは左肩に衝撃があり、その後すぐに右半身に痛みが走った。
重さ何百キロ、下手すれば千キロも超えるかもしれない物体が頭上から落下したのだ。それが地面に落ちた時に発せられた轟音と地響きは、その場にいた者達には腹の奥底に響くような感覚だった。
地面との接触で痛む右腕を押さえながら、雪花ラミィは上体を起こした。
「…………ねね?」
「…………」
返事は無い。
大氷の下敷きになっているのだ。意識がないのは当たり前だ。
「ねね……ねね!」
慌てて近寄るラミィ。
離れた場所で様子を伺っていたぼたんとポルカも、急いで駆け寄る。
ポルカが御幣で氷に触れると、魔法で出来た氷塊はパリンと消滅した。
そして、その下には右半身が氷によって潰されたねねが、うつ伏せで倒れ込んでいる。霜で引かれた白いカーペットに、真っ赤な血が惨たらしく飛び散っている。
「おまるん! 急いでさっきのポーションを!」
ぼたんが顔の近くに駆け寄り、意識、呼吸の有無を確認する。
意識はないものの、僅かにだが呼吸はある。
氷の津波にやられた際の傷を塞いだ、ポルカから渡されたポーション。あれは回復ポーションだったのだ。
あれがあればまだ間に合うかもしれない。
だが、ポルカは顔を強張らせながら静かに首を横に振った。
「……あれは、あの1本だけだった。シケ村でもらって……」
その言葉にぼたんは苦い顔をしながら急いでねねの応急処置を行う。
「私の……」
「「……?」」
呆然と立ち尽くしていたラミィがポツリと呟く。
「私の……せいだ」
「んなこた、言われんでも分かってる」
「獅白」
ラミィの嘆きにぼたんが厳しい口調で応える。
ポルカがぼたんを窘めるように名前を呼ぶが、ぼたんは応急処置の手を止めずに言葉を続ける。
「何もかんもラミちゃんが何も言わずにいなくなったあの日から始まってる。何で何も言ってくれなかったの? 相談してくれなかったの? そんで勝手に死ぬって? 何なの? 馬鹿なの?」
「違う……だって、私が、みんなを……だから、ラミィが死ねば……」
「その結果が今だろ」
ただ淡々と、事実を突きつけるぼたん。
ラミィがぼたん達を殺してしまうかもしれないという未来なんかより、それに気付いて自死を選んだことよりも、そこまで追い詰められるくらい悩んでいたのに、何の相談もしてくれなかったことに腹が立っていた。
何より、そんなに頼りないのかと、己に腹が立っていた。
その気持ちはポルカも同じだ。
200年生きているラミィからしてみれば長い人生の中の僅かな時間なのかもしれない。それでもぼたんもポルカも、一緒にいたこの1年でかけがえのない仲間になれていたと、そう思っていたから。
「………っ」
ふらふらとおぼつかない足取りでねねに近付くラミィ。
そして足を止めるとドサッと膝を付き、両手で顔を覆いながらねねの顔のすぐ横で嗚咽する。
そんなラミィの額にこつんと何かが当たる。
「……!」
驚くように顔を上げると、そこにはラミィの額をはじくために左手を突き出したねねが、片目を微かに開けていた。
「ねね……!」
仰向けにさせられたねねの足元には御幣を持ったポルカがいた。
御幣の中にあった魔力は全てねねに渡していたはずだが、自身の魔力を御幣に吸わせ、それをねねに渡したのだ。
ラミィの桁違いの魔力とは比べ物にならないが、それでも光の力で一命を取り留めるくらいの回復はできたらしい。
優先的に生命活動に必要な内臓機能の一部を回復させる。潰された右腕、右足まで治癒するにはポルカの魔力では足りなかったようだが、ねねは痛みに堪えながらゆっくりと身体を起こす。
「……言ったでしょ、ねねは、ラミィなんかに殺されないって。ラミィ、ししろんが言ったように、腹割って話そうよ。ねね達には、会話が足りてなかったんだよ。ラミィが、ねね達を殺してしまうかもしれないとか、そんな不確定な未来は横に置いといてさ、ラミィの本当の気持ちを聞かせてよ」
口元に垂れた血もそのままに真っ直ぐラミィの瞳を見つめるねね。
ラミィもそんな真剣な表情をしたねねから視線を逸らすことができなかった。
「本当に、死にたいのか。本当は、死にたくないのか。ねねには、まだ、ラミィが必要だよ? ラミィには、もうねね達は不要なの?」
言うまでもない。
決まり切っている。
「そんなの……」
だからこそ苦しんだ。
それ以外に方法が思いつかない程追い詰められた。
「そんなの……!」
ボロボロと水滴が零れ落ちる。
それでも一切視線は逸らさない。逸らせない。
「そんなの、まだまだ皆と一緒にいたいに決まってる!! 80年でも100年でも、ずっと一緒に!! 死にたくない! 殺したくない! 4人でずっとずっと笑って……っ」
ラミィの嗚咽混じりの告白にねねもぼたんもポルカも呆れたように顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
ねねは全て吐き出し泣き崩れるラミィの頭をポンポンと優しく撫でた。
× × ×
一通り泣き終えたラミィの魔力を使って御幣でねねに魔力を渡したことで、右腕と右足も治癒したねね。
ポルカの魔力では内臓の一部を治癒するのにやっとだったにも関わらず、全て元通りに治せる程の魔力量を渡してくれたラミィに改めて感心する。
「でさ、根本的な解決は?」
ぼたんのその言葉に動きを止めるラミィとポルカ。
ラミィの本音を聞いた。そして、それを叶えるためには星詠みで見た未来を変えなければならない。
「それなら多分、もう解決してるんじゃない?」
しかし、ねねが3人の心配をよそに気楽にそんな言葉を吐く。
「ラミィ。一度ねねのこと、星詠みしてみてよ」
「……!」
確かに、ねねとぼたんは先程のラミィとの戦闘で死ぬと思っていた。以前見た星詠みと状況が似ていたからだ。
だが、2人は今も生きている。もしかしたら、既にあの未来を変えているのではないだろうか。
初めて3人を星詠みしたあの時から、幾度となく3人の死体姿を見てきた。もう見たくないと思っても、それでも今日こそは未来が変わっていないかと毎日毎日見てきた。あの姿は心の底からもう見たくない。
ラミィは緊張した面持ちでねねの手を握り、強く目を瞑って星詠みの魔法を発動させる。
そこには何かを話すねねとぼたんの姿。
ぼたんが何かを伝え、ねねがどこかスッキリした表情で笑っていた。
「……!! 今まで、見たことがなかった未来だ……!」
涙目になりながら、ねね達に向けて顔を上げる。
やはり乗り越えたんだ。あの未来を……!
「で、でも、何で……?」
「多分だけど、あの未来はラミィの暴走した魔力にねね達がやられる未来だったんだと思う。だから、ラミィが自殺するのを止めて、あの魔力を制御できた時点で、未来は変わってたんじゃないかな。きっとラミィがあの魔力に抗うのを諦めてたら、あの未来は現実になっていたんだと思う」
ねねの予想にラミィの表情がパッと明るくなる。
「ししろんとおまるんも!」
2人の未来も見ようと2人の下に駆け寄ろうとするラミィ。
だが、そんな彼女達の背後から、チリンという鈴の音と共に、透き通るような鬼の声が響いた。
「凄いな。未来を変えたか光の子よ」
4人が一斉に振り返る。
そこには赤と黒の和装に身を包んだ少女が1人、ポツリと立っていた。
「百鬼、あやめ……」
この未来は、正直予想していた。
当初、彼女の目的はねねを殺すことだった。
それをここまで見逃してきていたのは、ラミィが星詠みで見ていたラミィによってねねが殺されるという未来をあやめも見ていたからだ。自分が手を下すまでもなくねねが死ぬのなら、わざわざ自分が出向く必要もないと考えていたからだ。
だが、その未来は変わった。
それすなわち、彼女が出向かない理由がなくなったということだ。
「何だかんだ初めてだな、桃鈴ねね。お前の本気を見るのは」
不敵な笑みを浮かべた百鬼あやめが、2本の刀を抜いた。