2本の刀をゆっくりと抜き、赤いオーラを纏う百鬼あやめ。これまで何度か彼女とは対峙してきたが、このオーラはアトランティスで天音かなたを前にした時以来だ。
「異星の者、桃鈴ねね。ホロアースの均衡者であるこの百鬼あやめが、百鬼の名をもって、貴様を排除する」
その宣言とともに、あやめは姿を消す。
同時にねね達の目の前に氷の壁が出現する。
「……!」
あやめは突如現れた氷の壁に右手に持つ刀を振り下ろす。
氷の壁はその衝撃だけで砕け散るが、一瞬あやめの視界を塞いだおかげでコンマ数秒の出遅れを埋める。
氷の壁を壊したことで体勢を崩していたあやめに、ねねは光を集めた拳で殴り掛かる。
「……いいね。良い連携だ」
ねねの拳をクロスに構えた刀で受け止めるあやめ。
普通の刀なら軽々と折れてしまうであろうねねの拳を、あやめの刀はいとも容易く受け止めてしまう。
そのままの流れで数撃打ち合う2人。その間に各自が戦闘態勢を整える。
「ねね!」
背中から聞こえた声に反応したねねは、横っ飛びであやめの目の前からズレる。
するとねねの背後にいたラミィから、あやめに向かって地面から生える氷の剣山が押し寄せる。
「……フッ!」
自分に向かってくる氷の剣山に対し、あやめは2本の刀を振り下ろす。
すると刀からかまいたち状の斬撃が放出され、氷の剣山に穴を開ける。
「……貴様ら、良いのか? 余の狙いはあくまでも桃鈴ねねだ。だが、その邪魔をするなら、貴様らも対象になるんだぞ? holoXの連中と同じ運命を辿るつもりか?」
あやめがラミィやポルカに視線を向けて尋ねる。
確かにholoXの中でも、あやめの目的はラプラスとルイのみだった。しかし、その排除をいろは、クロヱ、こよりが阻止しようと敵対したため、3人も排除対象となった。
「だからねねの命が狙われるのを黙ってみてろって? 冗談じゃないね」
ポルカの言葉にラミィも同意するように頷く。
「……そうか」
ポルカとねねがあやめを挟むように前後から同時に攻撃を仕掛ける。
ねねの拳とポルカの短刀を左右の刀でそれぞれ受け止めるあやめ。そんなあやめの正面からタイミングを合わせるように複数の鋭く尖ったつららが迫る。両手が塞がっていてつららに対応できないと判断したあやめは、ねねとポルカを受け止めている力を一瞬だけ抜き、2人が体勢を崩した隙を見てジャンプでつららを回避する。
瞬時に最適解へ辿り着く判断力と、それを即時実行する決断力。戦闘の経験値がものをいうその2つが百鬼あやめの最も厄介な武器とも言える。
しかし、あやめ程ではないとはいえ、戦闘経験値で言えば4人の中でずば抜けている者がいる。
ねねがあやめと打ち合いをしている最中に崩れた社まで移動していたぼたんが、匍匐の状態でスコープからあやめの行動を予測し、身動きが取れない空中へ回避行動を移す瞬間を見逃さず、完璧なタイミングでライフルを発砲する。
「……ほう」
頭が下になった状態でジャンプしたあやめの目の前に弾丸が迫る。
回避? ──不可。
刀で受ける? ──不可。
「いいじゃないか。百獣の女王」
迫る銃弾と顔の間に左腕を滑り込ませるあやめ。
銃弾が腕にめり込む感覚を感じる。普通の人間ならぼたんのライフルの銃弾を腕で受けたとしても、ほとんど減速せず貫通してそのまま頭を砕いていただろう。
しかし、あやめの腕にめり込んだ銃弾は、そのままあやめの腕の中で勢いを止めた。
「……!?」
スコープであやめの一連の動きを見たぼたんが目を見開く。
あの一瞬で自分の左腕で銃弾を受けるという判断をしたことも、それを実行に移し、そしてしっかりと防いだことも、普通では考えられない。
そのまま空中で何回転かして着地したあやめは、銃弾がめり込んだ逆側から刀を突き刺し、腕の中で止まっていた銃弾を外へと押し出す。
「やるなぁ、ねぽらぼ。良い連携だ。相手の選択肢を1つずつ潰していき、確実に仕留める。即興でできる芸当じゃあない。誰か腕の立つ先生でもいたのかな?」
この4人で戦闘する際のそれぞれの役割や、連携については以前桜神社にいた時にミオ達に訓練を付けてもらった。
しかし、その後すぐにラミィがいなくなったため、その連携を実践で使うのは初めてだった。半年以上ぶりで、ぶっつけ本番の連携だったが、上手く行った方だろう。
それが通用したかどうかは別だが。
「次はそうだな……守りはどうかな?」
あやめはトントンと爪先で地面を叩きながら、それぞれを順番に見定めるように視線を向けていく。
「……やっぱこの中で一番厄介なのは──」
そう言ってあやめは一瞬でラミィの懐に移動する。
「君の魔力だ」
「……っ!?」
ラミィの鳩尾に強烈な蹴りを繰り出すあやめ。
あまりにも一瞬の出来事に全く反応できなかったラミィは、ぼたんのいる社の方へ吹き飛ばされる。
既に崩れていた社に吹き飛ばされて突っ込むラミィ。
「ラミィ!」
「人の心配か。仲間思いだこと」
「……!?」
つい数秒前まで30メートルは離れていたはずのあやめが、今度はポルカの背後に現れる。
(おい、何だこいつのスピードは! 全身フルパワー時のねね並みじゃねーか!)
瞬時に膝を折り、体勢を低くするポルカ。
その上を刀が横凪に通り過ぎていく。
「良い反応だ」
そのまま前方に転がるようにして、あやめと距離を取るポルカ。
その身のこなしに、あやめは素直に賞賛した。
いつの間にか刀は左手1本のみとなっており、右手にあった刀は鞘に納められている。そんなあやめが唐突に首を左に傾けると、そのすぐ右側を光の拳が通り過ぎる。
「コンマ遅いぞ」
(こいつ、後ろに目でもついてんの!?)
背後からあやめの後頭部目掛けて拳を突き出したねねだったが、それをこちらに視線も向けずに最小の動きで回避される。
「……! うおっ!?」
そのまま空いた右手でねねの右手首を掴むと、右腕1本でねねの身体を前方のポルカへ投げ付けた。
ポルカは物凄い勢いで投げつけられたねねを何とか受け止めるも、その勢いに押されて2人して数メートル後方へ吹っ飛ばされる。
「こういう敵の心理的な一瞬の隙を突けるから、殺伐とした世界でも生き残れたんだろうな」
そう呟くとあやめは振り向きざまに左手の刀を突き出す。
するとピンポイントで刀の先端にライフル弾が突き刺さり、弾がそのまま真っ二つに割れると、あやめの左右に別れて横を通り過ぎていく。
「だがな女王、余が生きてきた世界は、お前よりももっと殺伐としてたぞ」
「チッ……!」
ラミィが吹き飛ばされたことで更に崩れた社の陰からの狙撃にも、淡々と対応してくるあやめ。彼女を狙撃するのは簡単なことではなさそうだ。
スコープからあやめを覗く。
するとスコープの先にいるあやめが小さく足を振り上げていた。
「……? ──っ!?」
あやめの方から何かが高速で接近しているのが見えた。
しかし、それを視認した時にはそれがスコープを割り、その奥にあるぼたんの右目を抉っていた。
「ガァッ……!!」
その衝撃で後ろに倒れ、右目を抑えるぼたん。
(何だ……石!? 石を蹴って、あの距離を逆に狙撃してきたのか!? しかも肉眼で、寸分違わずだと……!?)
あやめからの狙撃に右目の視力を奪われたぼたんは、追撃を警戒して右目を抑えながらライフルを拾ってその場を移動しようとする。
しかしあまりの激痛に身体に力が入らず、その場に倒れ込んでしまう。
一方、シュート狙撃を見事に決めたあやめは、ビリビリと肌に感じる膨大な魔力に薄ら笑いを浮かべていた。
「…………数千、下手すりゃ数万年分の魔力は凄いな。それをここまでコントロールしてるんだ。アキちゃん以来の天才か……どちらにせよ、やっぱ一番厄介なのは君だよ、ラミィちゃん」
あやめが見据える先には、氷でできた龍の上に乗り、あやめを見下ろすラミィの姿があった。