あやめがねね達のところへ現れる数十分前。
神鏡山から1000キロ以上離れた地にて、百鬼あやめとその父である鬼神は突然現れた1人の少女と対峙していた。
「……なんだ、こいつ」
目の前にいる黒髪の少女に、あやめは冷や汗を流す。
1本の刀を片手に、あやめと鬼神の攻撃を全て打ち消していく。
受けている訳でも、いなしている訳でもない。
全て打ち消しているのだ。
「……フッ!」
あやめが赤く輝く右手の刀を振るう。
刀からかまいたち状の斬撃が少女に向かって飛ぶ。しかし、その斬撃はまるで埃を払うように振られた刀に当たった瞬間、見る影もなく消え去る。
(魔法を無効化している? 奴が特殊なのか、あの刀が特殊なのか。どちらにせよ、接近戦しかないな)
2本の刀を握る両手に力が入る。
あやめが目の前の少女に飛び出そうとした時、目の前に大きな手が出てくる。横にいる鬼神があやめの突進を制したのだ。
「……何だよ?」
『こいつの相手は我がする』
「何?」
鬼神の突然の言葉に首を傾げるあやめ。
「こいつが父上の言っていたこの星に近付いていた危険、じゃないのか? それなら余達2人でやるべきだろ。そもそもその予定だったはずだ」
『予知を使え』
「は?」
『目の前の危機より先にお前に任せていた仕事があったはずだ。今回はお前の失態だぞ。自分の尻は自分で拭え。我は知らんぞ』
その言葉にあやめは目の前の少女への警戒心を解かないように、両目を紅く光らせる。
「…………」
『奴を生かしていたのはお前がした判断だ。先にそちらを片付けてこい』
あやめは無言で2本の刀を鞘に納め、目の前の少女に背を向ける。
「あれ? そっちの子はどこか行っちゃうの?」
「野暮用ができた。お前の相手は後だ。まぁ、余が戻るまでお前が原形を保っているとも思えないがな」
「ふぅん。そっちの大きいおじさんはそんなに強いのかー。そうは見えないけど」
「言ってろ」
チリンと髪についた鈴を鳴らすと、あやめの姿が霞のように消えた。
× × ×
(ラミィちゃんがどんな手を使っても変わらなかった未来がいきなり変わった。精霊の加護を解呪することが条件だったのか? それとも、もっと別の……? まぁ、今更どちらでも良いか)
目の前の膨大な魔力を前に、小さく笑みを浮かべるあやめ。
「やっぱり余を心の底から楽しませてくれるのは君だ、ラミィちゃん。それは、ミオちゃんにもアキちゃんにもできなかったことだよ。誇っていい」
「……そんなことが誇りになるもんか」
氷で作られた巨大な龍の頭に乗るラミィは、隣にさらに巨大な氷の女騎士を生み出す。
その女騎士の掌には右目を抑え痛みに耐えているぼたんがいた。
「ししろん大丈夫?」
「……右目がやられた。さっきまでみたいな援護は難しいかも」
「そう。ならそこでゆっくりしてて。あいつは、ラミィが倒す」
ぼたんが右頬を伝う血を見て、ラミィの瞳が怒りに燃える。
氷龍が大きく口を開けると、そこに光が集まっていく。
そして、ラミィが右手をあやめに向けて突き出すと、高密度の魔法弾が高速であやめに向けて発射される。
「…………」
魔法弾が着弾すると、爆音と大きな砂煙が舞い上がる。
そんな砂煙の中からあやめが飛び出し、真っ直ぐラミィに向かってくる。
(速い……っ!)
「一撃が重いのは結構だが、無駄が多いな!」
2本の刀を携えながら突っ込むあやめとラミィの間に、全身に光を纏ったねねが現れる。
「だから、ねねがいる!」
「……!」
あやめの振るう刀とねねの拳がぶつかる。
ガキィィンと鈍い音が鳴り、その反動で両者が共に距離を取る。
地面に着地するあやめが、氷龍の頭の上に着地したねねに鋭い視線を向ける。
「流石に速いな。だが軽いぞ、桃鈴ねね。速いだけでは余は倒せない」
「んなもん百も承知だっての」
刀を殴り付けた右手をぶらぶらと振りながら顔を歪めるねね。
光を纏ったねねの本気の拳は隕石をも砕く。
そんな拳を軽いと言うだけの実力が、百鬼あやめには確かにあった。
「だから、仲間がいるんでしょうが」
桃鈴ねねでは、百鬼あやめのパワーを上回るのは厳しい。
雪花ラミィでは、百鬼あやめのスピードには追い付けない。
獅白ぼたんと尾丸ポルカでは、百鬼あやめを正面から打ち破ることはできない。
だが──、
桃鈴ねねなら、百鬼あやめのスピードに追い付くことができる。
雪花ラミィなら、百鬼あやめのパワーを押さえつけることができる。
獅白ぼたんと尾丸ポルカなら、百鬼あやめに一瞬の隙を作ることができる。
「……!」
いつの間にか、あやめの周りを囲うように無数のシャボン玉が宙を漂っていた。
フワフワと漂うシャボン玉の1つがあやめの右肩に当たり、その衝撃で破裂する。
ボンッ!
「……っ!?」
予想外の強い破裂音と衝撃にバランスを崩すあやめ。
「そのシャボン玉には触れない方が良いよ。ちょっとばかし痛いから」
声のした方を振り向くと、プラスチックでできたストローのような筒を咥えたポルカがいた。
「……小賢しい」
そう呟くとあやめは刀を振るい、近くに漂うシャボン玉を片っ端から破裂させていく。
それに伴う小爆発をものともせず、あやめは所々に小さな火傷を負いながらポルカに向かう。
「マジか……!」
傷を負いながら自分に向かってくるあやめにドン引きしながら、ポルカは咄嗟に取り出したピンポン玉サイズの玉を数個地面に向けて投げつける。
玉が破裂し、そこから大量の煙幕が立ち込める。
煙幕でポルカの姿を見失ったあやめは煙の中で足を止める。
「視界を奪い、動きを止める。んでもって──」
あっという間に半径20メートル程まで広がった煙幕全てを覆うほどのサイズ、つまり直径40メートルの氷の塊があやめの頭上から落下する。
「甘いなぁ」
そんな氷の塊をあやめは刀の一振りで一刀両断する。
真ん中から真っ二つに割れた氷の上から、光を右手に集めたねねが突っ込んでくる。
「なるほど、氷は陽動か」
あやめは氷を割った方とは逆の刀でねねの拳を受け止める。
しかし、光の力を右手一点に集中させたねねの拳は先程の攻撃よりも数段重く、あやめは表情を一瞬歪ませる。
「だが、それでもまだ軽い」
重心を下げ、大地を踏みしめるようにして下半身に力を入れたあやめは、頭上からのねねの拳を片手の刀で弾き返し、空中で体勢を崩したねねに空中回し蹴りを入れる。
「ぐっ……!」
蹴り飛ばされるねねには視線を向けずに、あやめは着地と同時に頭を屈める。
そのすぐ上をスナイパーの銃弾が通り過ぎる。
「片目を潰されてもなおその精度か、女王よ」
空中回し蹴り後の着地するあやめのヘッドショットを確実に狙うぼたんを賞賛すると同時に、あやめは背後に忍び寄る気配に向けて振り向きざまに刀を横凪に振り抜く。
「あっぶな!」
「近付く時はもっと気配を消した方がいいぞ、キツネ」
「フェネックだよ!」
迫る刀を屈んで躱すポルカ。
そんなポルカの首を刎ね損ねたあやめの右手にいきなり激痛が走る。
「なに……っ?」
右手の甲から掌に向けて銃弾が貫通し、その際の衝撃と痛みに右手の刀を落とすあやめ。
(尾丸ポルカの首を狙った右手を逆に狙われただと? 女王め……)
「気ぃ取られ過ぎ」
「……!?」
右手に気を取られていたあやめの顔のすぐ左側に何かの液体が入った1つの麻袋が飛んでいた。
その一瞬がスローモーションに感じられるほど、あやめの目にははっきりと映った。
その麻袋を、ぼたんの銃弾が貫くのを。
あやめの右手を撃ち抜いてから1秒と経っていない。
そこまで銃に詳しいわけではないが、スナイパーライフルでコンマ数秒の連射ができないことくらいはあやめも知っていた。
(まさか、余の右手を撃ち抜いたのは……余の着地を狙った時の、跳弾……!?)
だが、あやめの右手がそこにあったのはポルカの首を刎ねようとして空振りをしたからだ。そして、当然最初のヘッドショットを躱した時にはまだ、ポルカの首を刎ねるつもりなどなかった。そもそも、ポルカに攻撃をしたのは、いきなり背後からポルカの気配がしたからで。
(…………おい、いや待て、ありえないだろ)
──近付く時はもっと気配を消した方がいいぞ、キツネ。
(自分を攻撃させるために、わざとあんなにも気配を出して近付いてきたのか……!?)
そして、空振ったあやめの右手に、ぼたんの跳弾が穴を開けた。
それと同時にポルカから放り投げられた油の入った麻袋を、今度こそ、二発目のぼたんのライフルが狙撃し──
あやめの顔のすぐ左側で、常人なら軽く顔が吹き飛ぶ威力の爆発が起こった。