「かなたさんって、転移魔法使えますよね?」
ポルカは1冊のフィクション小説を抱えながらかなたに尋ねた。
リハビリは順調だ。体重も体型もまだ戻っていないし、筋力も減ったままではあるが、寝たきりで全く身体が言うことを聞かなかった頃に比べたらだいぶ動けるようになった。
この本を読んで、一か所行っておきたい場所があった。
役に立たなければそれでいいし、ただその機会があった時にやっておけば、行っておけばと後悔したくない。
話を聞くところによると、あの2人にはだいぶ苦労を掛けたようだ。
次は自分が2人を、いや、3人を助けたい。
ポルカは行先をかなたに伝えた。
まだリハビリ中なんだけどというかなたの愚痴を聞きながら、準備を整え、転移魔法を使ってもらった。
× × ×
あの日、すぐ横で目の前の巨大な魔力の隕石を自分と同じように見上げていた少女に、ポルカは聞いた。
もし、あの魔力隕石を突然現れたみこが御幣で吸収していなかったり、ねねが破壊することができなかった場合、鷹嶺ルイが代わりにあの魔力隕石を斬るつもりでいた。
『本当にあれが斬れるの?』
『ええ。斬る分には問題なく。ま、ラプに後から文句は言われそうですけど。そんなもんで吾輩の必殺技を斬ったのかーって』
もちろん、鷹嶺ルイ自身にそんな力はない。
だが、それを可能にする方法が、ルイにはあったのだ。
「お久しぶりですね、みこさん」
「そうだね。ラミィちゃんは見つかったの?」
「あ、はい。おかげさまで。今はねねと獅白が後を追ってます」
「……なんか、ぽうぽう痩せた?」
「ま、色々ありまして」
ポリポリと頭を掻きながら、誤魔化すように笑うポルカ。
ポルカがかなたに送ってもらった場所は、出雲の国にある桜神社。
この神社の巫女をしながら、出雲の国の統治もしているさくらみこに会いに来たのだ。いきなり目的の場所に送ってもらっても良かったのだが、みこから話を付けてもらった方がスムーズだと判断したからだ。
「今ギャングタウン地方って、どうなっているんですか?」
以前ここに訪れた際、ラプラス・ダークネス率いる秘密結社holoXがギャングタウン地方を治める森カリオペを殺害した現場に遭遇してしまった。
「とりあえず、今はみこが統治してる。ただ、みこもこう見えてやること多いからねぇ……んで、今日はいきなり何しに来たの? てか、どうやって来たの?」
「ちょっと連れてってほしいところがありまして。ここには天音かなたさんの転移魔法で送ってもらいました」
「かなたん!? 久しぶりに聞いたなぁその名前。唯一すいちゃんの味方をしてくれた天使なんよね」
「味方? 星天戦争ですか?」
「そそ」
懐かしむように頷くみこだったが、ポルカは首を傾げた。
星天戦争はこの星を創った神側天界軍とこの星に生まれた鬼神側地上軍による、星の占有権を賭けた最初で最後の大戦争だ。その戦争は異星からやって来た星街すいせいというどちらの軍にも属さない少女の功績によって終結した。
そんな星街すいせいの味方を天使で天界軍側であるはずのかなたがしたというのがよく分からなかった。
「それで、どこに行くって?」
「あ、そうそう。みこさんに連れてって欲しいんです。ギャングタウン地方の、あの孤児院へ」
× × ×
2人の会話は聞こえていた。
獣人特有の聴力で、恐らく百鬼あやめには聞こえていない2人の会話が、ポルカとぼたんには聞こえていた。
光を纏ったねねと、2体の千手観音を従えたラミィに意識が向いているあやめの視界外で、ポルカはぼたんと視線を合わせた。
ねねのあの言葉は本気だった。
確かに、ねねの言葉にも一理ある。ここであやめを殺しておかないと、結局いずれ修復し、ねねを付け狙う災厄となる。
氷でできた2体の千手観音が、無数の腕であやめに一斉に攻撃を仕掛ける。
それぞれが4本の剣を持ち、計8本の剣と無数の拳、そして隙を突いてねねの光の拳があやめを襲う。
同時に攻撃と言っても、コンマの世界で僅かにあやめに届くまでの時間のズレが存在する。それら全てを一瞬で判別し、優先順位をつけ、確実にいなしていく。
(流石の反応速度だ。だが、お前の腕は2本しかない……!)
千手観音の攻撃に両腕が開いた瞬間を逃すまいと、ねねは一瞬であやめの懐に飛び込む。
「単細胞め!」
懐に飛び込んで来たねねの顔面に、口元を歪ませたあやめが頭突きをかます。
「がはっ!!」
「なはは! 罠だよ! ばぁか!!」
ぐうぅと額を抑えてうずくまるねねに額を赤くしたあやめが楽しそうに笑いながら蹴りで追撃を加える。
顔の前で腕をクロスさせて蹴りを防ぐが、衝撃に吹っ飛ばされる。
「ねね!」
蹴り飛ばされたねねが心配ではあるが、ねねに意識がいったこの隙を逃すわけにはいかない。
ラミィが膝を付いて地面に手を付けると、あやめの足元がぐらぐらと揺れ出し、氷でできた地面が一気に隆起する。
2体の氷の千手観音とあやめを乗せた氷の地面が5メートル程の高さまで盛り上がったところで隆起を止める。
「ねね、大丈夫!?」
ラミィの心配の声に手を挙げて応えるねね。
「相手も相当消耗してる! 一気に決めるよ! いける!?」
「問題ない! 任せたよラミィ」
ラミィが胸の前で手を組むと隆起した氷の地面の横に、巨大な氷像が現れる。
隆起した地面の上で2体の千手観音と戦闘をしているあやめに向けて、巨大な拳が振り下ろされる。
「……!」
千手観音の無数の攻撃を捌いていて両手が塞がっているあやめは、突如現れた巨大な拳に目を見開く。
(これは……流石に避けられん)
あやめと戦う千手観音を巻き込みながら、巨大な氷像の拳があやめを捉える。
正面から氷像の拳を受けたあやめは隆起した地面から高速で落下し、勢いそのまま地面に激突する。
「ねね!」
魔力の枯渇によって頭痛に襲われながらラミィがねねに合図を送る。
ここまでの度重なる修復。あやめもかなり体力を消耗している。その証拠に、今の一撃を正面から喰らったにもかかわらず、そのダメージを修復している様子はない。もしかしたら、もうあれほどのダメージを修復するだけの力が残っていないのかもしれない。
ラミィんの合図を受け取ったねねは光を右手に集め、血を吐きながら地面に倒れ伏すあやめの頭上から拳を掲げる。
「舐めるなよ……桃鈴ねねェ!」
仰向けに倒れたまま頭上に現れたねねに向け、両手の刀を振るってかまいたち状の斬撃を放つ。
「……っ」
ねねは予想していなかった突然の斬撃に虚を突かれ、咄嗟に光の拳で相殺する。
しかし、その相殺によってねねの拳からも光が消えてしまう。
「魔力も光も切れたか……っ! 残念だったな! あと一息だったぞ!」
ふらつきながらも立ち上がるあやめが頭上のねねに向かって吠える。
氷像の一撃に脳震盪を起こしながらも、ぼやけた視界の中、目の前の敵を捉える。
そんな戦況を、ポルカは冷静に分析していた。
(ラミィはねぽらぼの中で唯一、百鬼あやめの身体を斬り付けられる斬撃を持っている分、最も警戒されている。ねねはあのスピードと光の力のパワーで常に奴の意識の中にある。私もここまでの戦闘で何度も奴の懐に入っている)
ポルカは今がラストチャンスだと、短刀と御幣を両手に持ち駆け出す。
(なら、奴の意表を突く人物は1人しかいない)
「……!? またお前か」
「……っ」
無造作に振るったあやめの刀をスライディングの要領で躱したポルカは、そのままあやめの左側を通り過ぎる際にあやめの左アキレス腱を短刀で切りつける。
「ちっ……! ちょこまかと!」
アキレス腱を切りつけられ、再び膝を付いたあやめは、機動力を失うわけにはいかないと流石に修復を試みる。
「……!? 何だこれ?」
しかし、いつまで経っても傷が修復されない。
「サンキュー。お前のなけなしの魔力、もらってくぜ」
「貴様! 何をした!!」
いつの間にか背後で御幣を掲げていたポルカが、最後の1個となった煙玉を地面に投げつける。
(ここに来て目くらまし。さっきの御幣、魔力の吸収と譲渡ができる巫女の御幣……か? まさか、魔力切れのラミィに余の魔力を渡すつもりか!)
アキレス腱を切られたあやめは痛みをこらえながら立ち上がり、ラミィの姿を視野に収めるため両手の刀を振るって煙幕を払う。
(獅白……お前は確かに狙撃の天才で、これまで殺伐とした世界でその銃の腕1本で生き残ってきた。でも、元来ホワイトライオンってのは、その牙と爪を持って気配を消しながら得物に近付き、接近戦で狩りをする猛獣! お前にもその血が流れてんだから、その戦闘方法が向いてないわけがないんだよ)
「……!? 獅白ぼたん、だと!?」
煙幕を晴らしたあやめの目の前には、斬撃ができるラミィでも、光を纏ったねねでも、細かい動きが得意なポルカでもなく、いつも遠距離から敵の隙を狙うスナイパー──獅白ぼたんの姿があった。
(あれは……行方知れずになっていた伝説の宝具!? 何故あの大鎌をこいつらが……!?)
目の前のぼたんが持つ大鎌に気を取られたあやめは左から近付くねねに気付くのが遅れた。
「……っ! 魔力を渡したのはお前か!」
あやめの顔を目掛けたねねの光を纏った拳を、何とか左腕でガードする。
しかし、まともにねねの拳を喰らったあやめの左腕は耐えきれず、骨がひしゃげる音が聞こえた。
ポルカがすぐさまねねとあやめの間に入り、ねねを抱えるようにしてあやめから距離を取る。
(何故こいつらがあの大鎌を持っているかは今はどうでもいい。左腕は使えない、あの鎌は刀では受けられない……!)
魔力切れを起こしているラミィは、頭痛を噛みしめながらも叫ばずにはいられなかった。
「いけっ!! ししろん!!」
(この足で回避もできない。それなら先に、この子の首を落とす)
ねねの拳を左腕で受けた反動を利用して右回りに回転しながら、自身の右から迫る万物を切断する大鎌よりも数瞬速く、右手の刀をぼたんの右側面の首へ向けて放つ。
(余の方が速い……!)
あやめの刀がぼたんの首に届く瞬間、あやめの右手が刀ごと吹き飛んだ。
「え……?」
何が起きたのか分からなかった。
(余の右手が……女王の狙撃? いや、違うだろ。だって女王は目の前にいる)
あやめの視界の端に一瞬、黒い髪を靡かせる少女が映った。
(………………ああ、そうか)
その一瞬で、全てを理解した。
(負けたか。父上……)
単身で父上を負かすとは。余も戦ってみたかったけど。
──残念。余も、負けたよ。父上。
次回、最終回です。